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一難去ってまた一難 5

 巨体な魔物がシェイラのパンによって見事討ち果たされたという知らせは、瞬く間に兵たちに伝わった。


 聖女のパンは魔物たちにとってこれ以上ないほどに危険な毒になる。その証拠に、城壁を超すほどに巨大な魔物ですら、その毒を口にした途端跡形もなく消滅したらしい。


 そんな驚くべき話を耳にした兵たちは、皆一様にわき立った。

 聖女パンさえあれば、どんな魔物でも怖くない。口目掛けてパンを放り込めばイチコロだ、と。


 怯え縮こまった兵たちの心は、みるみる奮い立った。


「よしっ! ならばさっそく俺たちもあとに続くぞっ」

「あぁ! パン礫を魔物たちにじゃんじゃんお見舞いしてやろうっ」

「俺たちにはシェイラ様のパンがある! 行くぞっ、皆!」

「おおおおおぉっ!」


 王都中に、雄々しい兵たちの声が響き渡った。

 その声は、魔物たちの死角でせっせとパンをこねるシェイラにも届いていた。 


 が、その心中は複雑だった。


 魔物に聖力が効くのは当然として、まさか自分の作ったパンがそれほどまでにまずい――、いや、致命的とは。


(でもまぁ、それで王都を守れるならいいのかな? 聖女としては務めを果たしたといえるもんね……?)


 そんなことを思いつつ、シェイラは手を動かし続けた。

 兵たちもそんな聖女から放たれる聖力に負けじと、力強くパン礫を放ち続けた。


 そしてついに、その時は訪れた。


「や……、やった……! 最後の一匹が……倒れたぞ!」

「終わったんだ……。ついに王都を守り切ったんだ……!」

「俺たちの王都を……、守ったんだ……!」


 兵たちの声に、リンドもほっと息を吐き出した。


「おおおおおおおおおおっ!」

「やったぁぁぁぁぁっ!」

「もう王都は安全だぁっ! 魔物たちをやっつけたぞーっ!!」


 兵たちの歓声と雄たけびが、王都の空に響き渡った。

 それにつられて避難していた民たちもわらわらと物陰から姿を現し、涙を流し安堵の笑みをこぼした。


「やったぁ! リンド殿下、ばんざーいっ!」

「聖女様のおかげだっ! 聖女パンのお力だぁっ」

「シェイラ様のパンが、魔物をやっつけたぞー!」

「リンド殿下、聖女シェイラ様! ばんざーいっ!!」


 あんなにまずいとこき下ろされていたパンは、今や絶大な威力を持つ武器に生まれ変わっていた。


 どうにも複雑な思いを抱えつつ、シェイラはパンをこねていた手を止めリンドのもとへと向かった。


「殿下! リンド殿下!」


 ひとつ結びにした尻尾のような髪を揺らし急ぎリンドのもとへと駆け寄れば、リンドが笑みを浮かべて振り向いた。

 

「シェイラ! 君の機転のおかげで、幻影は無事一匹残らず消え去ったよ」

「はいっ! よかったです。もっちーズちゃんも大活躍でしたし、これでもうひと安心ですねっ」


 無事に王都を守り切れた安堵と達成感で、なんだか心が浮き立つ。

 リンドの顔にも、満面の笑みが浮かんでいた。


 魔物たちの消えた王都は、今やお祭り騒ぎだった。

 あれほどの数の魔物の襲撃に遭ったにもかかわらず、大きな被害は城壁の何箇所かと少しの建物が破損しただけ。

 民も皆避難して無事だった。


 ひとりのけが人も出さずに魔物たちを撃退できたのは、奇跡といっても過言ではない。


「きっと皆が心をひとつにして一致団結したおかげですね! なんとしてでも王都を守ってみせる、って思いが、奇跡を呼んだんですよ!」


 そう笑いかければ、リンドがドキリとするような笑顔で自分を見つめたのだった。


 その後、シェイラはもとのサイズに戻ったもっちーズたちとともに急ぎ部屋へと戻った。


 もっちーズの正体を知らない兵や民たちには、大小さまざまなもっちーズたちは対魔物用に新たに開発された兵器だと説明してある。


 でも魔物を無事に倒した今、じっくり見られたらパン種であることがバレかねない。

 それを知られないために、急ぎ身を隠す必要があったのだ。


 部屋に戻ってみれば、そこにはいつもの侍女たちと衛兵たちが勢ぞろいしていた。


「シェイラ様っ! 大変にお疲れ様でございましたっ」

「もっちーズ様たちも、皆大活躍でしたね! お疲れ様っ」

「さぁさ、こちらに座ってお疲れを癒してくださいな! シェイラ様っ」

「今すぐにとっておきのお茶とお菓子を用意いたしますっ!」


 口々にねぎらいの言葉を口にする侍女たちに、パチパチと目を瞬いた。


「なんで皆ここにいるの!? 皆逃げてって言ったのに……」


 もしも魔物たちが城壁を突破したら、王宮と言えども安心はできない。だからこそ皆には安全な場所に逃げるよう言ってあったはず。

 なのになぜ、ひとりも欠けることなく皆ここにいるのか。


 すると、すっとセシリアが歩み出た。


「ふふっ。私どもは皆シェイラ様付きのお役目に誇りを持っております。シェイラ様が戦っている間、逃げるだなどあり得ません」


 その言葉に、他の侍女や衛兵たちもこくこくとうなずいた。


「シェイラ様が大変な時こそ、おそばにいるのが私どもの約目です」

「そうですわ。皆でここからシェイラ様に懸命に念を送っておりました!」

「シェイラ様の勇姿、しかと目に焼き付けさせていただきましたわっ。感激いたしました!」


 皆の眼差しが優しい。さっきまでの激しい戦いとは対照的な穏やかさに、思わずふっと力が抜けた。


「皆さん……。ありがとう……ございます。すごく嬉しい……です」


 皆のあたたかさに、どうにかしなければという責任感と不安に強張っていた体の力がふわりと抜けていく。


「皆さんの励ましのおかげで、どうにか魔物たちを追い払う……ことが、でき……」


 なぜか言葉がうまく出てこない。体がふにゃふにゃとして、力も入らない。


(あれ……? おかしいな。私の体、どうしちゃったんだろう……?)


 そうこうしている間にゆらゆらと視界が揺れて、霞んでいく。

 異変に気がついた侍女たちが、眉をひそめ近づいてきた。


「シェイラ様っ⁉ 大丈夫でございますかっ? なんだかお顔の色が……」

「シェイラ様? ご気分でも……?」


 侍女たちの声が、どんどん遠ざかっていく。


「あれ……? 私……なんだか……」


 みるみる冷たくなっていく指先が、まるで自分のものではないようで変な気分だった。


(私……どうしちゃったの……? もう体も頭もふわふわで……もう何も考えられ……な……)


「大変っ! すぐにリンド殿下に知らせ……」


 誰かが遠くで叫んでいるのが聞こえたけれど、もう目は開かなかった。


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