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一難去ってまた一難 3

 

 その頃、王都をぐるりと取り囲む城壁の正門付近ではリンドが大きな声を張り上げていた。


「皆、守備はどうだっ!」


 その声に応えて、兵たちが次々に声を上げる。


「殿下! 西側の民の避難は完了しましたっ」

「こちらもあと数人を残すのみで完了ですっ!」


 王都の城壁まであとわずかといったところまで迫った魔物の大群をちらを見やり、リンドは民への避難指示と兵たちへの指示に追われていた。


 頑丈な城壁に囲まれているとは言え、相手は魔物だ。それが幻影であれ本物であれ、それがもたらす風や炎の被害は甚大だ。

 どうあっても、王壁内部にまで魔物たちの侵略を許すわけにはいかなかった。


 けれど今や魔物の群れはいくつかにわかれ、城壁に到達する寸前だった。


「もっちーズ! 北門の防護は済んでいるかっ?」

「みーっ!」


 正門前に張り付いているもっちーズたちの群れに声をかければ、おそらくは肯定の意味であろう返答が返ってきた。


 シェイラのように意思の疎通ができるわけではないから、推測に過ぎない。それが少々心配ではあるがおそらく間違ってはいないはずだ。


 ぐるりと一帯を見渡し、ぐっと奥歯を噛み締めた。


(にしても、ゲルダンとミルトンがいち早く王都から逃げ出してくれたのは幸いだった。もっちーズたちの存在を、今はまだあいつらに知られるわけにはいかないからな)


 もっちーズたちは見た目はなんとも小さなぬいぐるみのようでかわいらしいが、対魔物だけでなく対幻影用の秘策としてこの上なく肝となる存在だった。

 なぜシェイラがこんな生き物を生み出せたのかは謎でしかないが、もっちーズたちがいるといないとではおそらくまったく結果は異なるに違いない。


 となれば、今はゲルダンたちにも呪術者たちにももっちーズの真の底力を知られるわけにはいかなかった。


(だが、さすがにこの間のようにはいかないだろうな……。いくらもっちーズたちがまた巨大化してくれても、これほど多くの幻影たち相手では……)


 人の目にはごく普通の魔物にしか見えないが、おそらくすべて幻影であるのだろう。なぜこのタイミングでこれだけの幻影の大群が押し寄せたのかはわからない。

 が、きっとゲルダンが呪術者たちに命じてなんらかの理由で王都に呼び寄せたと考えるのが自然だ。


(一体何の狙いが……? 王都を滅茶苦茶にして、その責任を私に押しつけ王位継承争いから追い落とす気なのか……? だが、そんなことをしたところで自分たちの身もあやしくなるだけだが……)


 いくら幻影と言えども、魔物を自分の手先のように操れるとは思えない。これまで王都に一匹の幻影も現れていないのが、その証拠だと考えていたのだったが――。


 ゲルダンたちの狙いがどうにもわからない。眉根を寄せ、首を傾げたその時だった。


「殿下! もっちーズたちの配置も終わりましたっ。各城門の守りはこれで完璧です。それで魔物たちの様子は……⁉」

「シェイラ!」


 駆け寄ってきたシェイラに答える代わりに、正門からのぞく空を指さした。


「……っ!」


 暗雲のようにも見えるのは、数えきれないほどの魔物たちの大群だった。

 そのあまりの数に、シェイラが息をのんだのがわかった。


 言葉もなくシェイラがこちらを見た。その顔にはありありと不安の色がのぞいている。


「リンド殿下……」


 次第に大きくなる地響きと魔物たちの咆哮に、ふたり呆然と空を見やった。


 先日巨大な幻影を倒すことに成功したとは言え、あの時は一匹のみ。しかももっちーズたちが進化したおかげで、どうにか勝てたに過ぎない。

 けれど今度は――。


 リンドはぐっと拳を強く握りしめた。


 たとえ敵が戦い方のいまだよくわからぬ相手だったとしても、王都にはたくさんの民がいるのだ。どうにかして守り切るしかない。

 シェイラもまたくっと顔を上げ、強い眼差しで迫りくる幻影たちの群れをにらみつけた。


 そしてしばし黙り込み、ぽん、と手を打った。


「なんだ? シェイラ」


 シェイラの目がキラキラと輝いている。どうやら何か妙案を考えついたらしい。


「殿下! 実は私に考えがあるんですっ。ダメ元で、王都中にあるカチカチになったパンを礫代わりに使ってみるのはどうでしょうっ!?」


 意味がわからず、思わず目を瞬いた。


「カチカチになったって……、乾燥して倉庫にしまわれているあれか?」

 

 その問いかけに、シェイラはこくリとうなずいた。


「幻影をやっつけるための新しい秘策はないかって、ずっと考えていたんです。なら、聖力入りの固くなったパンはどうかなって!」


 対魔物用の矢や礫と同じように、遠隔で聖力入りのパンを投げつければ、少しはダメージが蓄積されるのではないか。


 シェイラはそう告げたのだった。


「聖力がまったく効かないわけじゃないんだし、それに皆があんなに敬遠するくらいまずいなら、幻影だって嫌がるかもしれないから! それにあんなにカチカチなら物理的にも多少は痛そうだし」


 王都で消費できなかった聖女パンは、そのほとんどが倉庫などに保管されていた。なんでも聖女が作ったパンを捨てるのはなんだか罰当たりだから、という理由かららしい。

 もはやどうすることもできないそれを武器として使ってみるのは、あながち悪い手ではないように思われた。


 リンドはこくりとうなずいた。


「わかった。兵たちに命じて、礫代わりに使ってみることにしよう!」

「はいっ! じゃあ私はできるだけ幻影たちの視覚に入らない場所で、ひたすらパンをこねることにしますっ」


 シェイラの顔に、メラメラと闘志がみなぎっていた。

 絶対に一匹たりとも幻影を王都に立ち入らせない。そんな強い決意のにじむ表情に、リンドの腹の底からもやる気がわき上がる。


「わかった。では私は兵たちの指揮を取りにいく! 君はできるだけ魔物たちの死角に入れよ。決して無茶だけはするなっ」

「はいっ! わかってます。殿下もご武運をっ」


 シェイラと視線が絡み合った。


「きっと守りきって見せましょうねっ。リンド殿下! 私たちの手で、必ず……!」


 シェイラの言葉に、リンドの口元にも笑みが浮かんだ。


「……あぁ。では行こう! シェイラ」

「はい!」


 こうして息をつく間もなく、今度は幻影の大群から王都を守るべく新たな戦いがはじまったのだった。


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