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一難去ってまた一難 2

 その頃、王宮の一角ではゲルダン侯爵とその息子ミルトンが急ぎ馬車に乗り込もうとしていた。


「急げっ! 一刻も早く王都を離れるのだっ。我々まで幻影の餌食になってはたまらんっ」


 焦った様子でゲルダンがミルトンをせっつくも、その動きは鈍い。


「なぜお前はそうノロノロしているのだっ! 急いで乗り込まんかっ」


 怒りを露わにした父親に、ミルトンがうんざりしたようにため息を吐き出した。


「まったくあいつら……何を考えてるんだ? 王都にだけは幻影を近づけるなとあれほど言っておいたのに……」


 つい先日も、ミルトンが呪術者たちのもとを訪れくれぐれも王都には害を及ぼすなと念を押していたはずだった。ただでさえ最近は、普通の魔物が王都の外れにまで近づいてきていた。

 おそらくは聖女が幻影の増加により、退治の手が回っていないせいだろうが。


「父上ももっとあいつらにきつくものを言えばいいんですよ! 甘い顔をするからこんな命令に背くような真似をするんです」


 ミルトンにしてみれば、この王都にある何もかもがいずれは自分の手中に入るはずだった。玉座はもちろん、王宮も民さえも。

 それを魔物、それもたかが呪術者たちが作りだした幻影ごときに台無しにされてはたまらない。

 そう思っていた。


 不服そうな息子を見やり、ゲルダンはあきれた表情を浮かべた。


「お前は本当にあいつらが、我々の言いなりになるつもりで手を貸したと考えているのか? まったくなんと単純な……」

「は……? それはどういう意味です?」


 ミルトンが間の抜けた顔でゲルダンを見やった。


「あいつらの本当の目的は、金でも地位でもない。そんなもの、あの者たちにとっては何の価値もないだろうさ」

「なら何のために?」


 ゲルダンが呪術者たちを見つけたのは、ほんの偶然だった。ちょうどリンドから玉座を奪い取る方法を探していた時に、あちらから接触してきたのだ。


『呪術を使えば、簡単に第一王子を排除することができますよ? 本物の魔物と見紛うほど精巧な紛いもので国中を恐怖のどん底に陥れ、その責をすべて王子に押しつけてしまえばよいのです』


 そんな甘言につい飛びついたのは、少々早計だったかもしれない。男たちの目的が決して目先の金や地位などでないことは、すぐにわかった。けれどもはや引き返すには遅かった。

 すでに国中に幻影の魔物がはびこり、もしも裏切るようなことがあればすぐさま幻影をお前のところに送り込む、と脅されていたのだから。


 もっともそれをミルトンに明かすわけにはいかなかった。小心者の息子のことだ。そんなことを知れば、後先も考えず一目散に尻尾を巻いて逃げ出すのは目に見えていたから。

 

 苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、ゲルダンは息子を見やった。


「いいからさっさと馬車に乗れ! 王都はまもなく魔物に蹂躙される。お前が死んでしまっては、私の野心もこれまでの計画も労力もすべて水の泡になるのだからなっ!」


 ミルトンを強引に馬車の中に押し込むと、御者に全速力で王都を離れるよう命じた。

 そしてふたりを乗せた馬車は、全速力で王宮を離れていくのだった。



 ◇ ◇ ◇


 馬車が王宮を離れたのと同じ頃、王都の外れにある呪術者たちのアジトでは――。


「ふっふっふっふっふっ……! いよいよだ……」

「あぁ、ようやく念願の時がきたな……」


 暗い色のローブで全身をすっぽりと覆い隠した長身の男が、なんとも不気味な笑い声を上げた。

 その隣で太めな体格の男がこくこくとうなずきながら、宙にぽかりと浮いた術の上に手をかざした。


 ぽうっ……!


 太めな男の口から何やら呪文めいた文言がぶつぶつとこぼれ落ちた瞬間、術がひと際青白く発光した。

 昼間でも薄暗い小さな窓がひとつあるきりのボロ屋に、青い不気味な光が満ちる。


 それを満足げに見やり、長身の男が部屋の隅で震えあがっているふたりの男に視線を向けた。


「お前たち、何をぼんやりしているのだっ! さっさと手伝わないかっ」


 その鋭い命令に、ふたりの男は顔を引きつらせ慌てて同じ文言を唱えはじめた。

 

 ぼうっ……! ぶわりっ……。


 呪文が唱えられるごとに青い光はどんどん強さを増し、術全体から漂う禍々しさが満ちていく。


「まずは手はじめだ……。なぁに、今回はまだただの幻影だ。ほんのお遊びに過ぎん……」


 長身の男がつぶやけば、太めの男がくくくくっ、と実に嫌な笑い声を上げうなずいた。


「そうだそうだ。本当のお楽しみはまだお預けだ。だが、その前に王都の民への贈り物といこう」


 笑い合うふたりをちらと見やり、残るふたりの呪術者は顔を見合わせすくみ上がった。


 このふたりにちょっとした呪術実験をやるから手伝え、と言われてほいほいついてきてしまったことを今では心の底から後悔していた。

 実験などと言われて、ちょっとばかりの研究欲と小遣い稼ぎの誘惑についうなずいてしまったのが運の尽き。


 まさかこのふたりの呪術者たちの目的が、ゲルダンとかいう貴族と結託してちょっとした欲を満たすためではなくこの国を滅茶苦茶にする悪魔のような実験が目的だったとは思いもしなかったのだ。


 もしもこれが国にバレたら、間違いなく命はない。しばり首になるのは目に見えていた。


 いくら呪術者は恐ろしいことを研究する者たちだと忌み嫌われる存在とはいえ、いくらなんても国を恐怖のどん底に叩き落したいだなんて願いは持っていない。

 ちょっとばかりあやしげな世界が好きなだけなのだ。


 なのに自分の首を差し出すこんな恐ろしい企みの片棒を担がされる羽目になるなど――。


 けれどもはや後戻りなどできるはずもなかった。ぶるぶると震える手を陣にかざし、言われるがまま呪文を唱え続けたのだった。



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