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もっちーズ、偵察する 1

「さて、リンド。聖女シェイラよ。あったことをすべて、仔細漏らさず報告せよ」


 戦いを終え王都へと戻ってすぐ、国王との謁見に臨んだ。その場にいたのは要職にある国王の信の篤いごく限られた者だけで、当然のことながらゲルダンとミルトンはいない。

 国王も大臣たちも皆、すでにゲルダンとミルトンとが裏で何かを企んでいることを知っていたためだ。


「はい。もちろんです」


 国王の問いかけに、リンドは真っ直ぐに玉座を見上げうなずいた。


「まずは此度の騒動のはじまりについてだが、聖女シェイラよ。そなたはそなたの生み出したもっちーズとやらが、北方での異変に気づいたことで巨大な幻影の出現を知ったのだな?」

「は、はいっ! その通りです。もっちーズちゃんたちが急に騒ぎ出して、思念が流れ込んできたんです。北のトラン地方の近くで、見たこともないくらい大きな幻影が暴れてるって……」

 

 話を振られ、たどたどしくも懸命に答えた。


「ふむ……。して、幻影とわかったのはなぜだ? 普通の魔物とは少々感じ方が違った、ということか?」

「えーと……」


 確かにあの時、最初はただの魔物だと思った。現れた地点がすでに浄化済みの地かどうかまでは、はっきりとはわからなかったし。

 ならなぜ現れたのが、幻影だとわかったんだろう。少なくとももっちーズたちは幻影とは言わなかったはずだ。


「それは……なんとなく、でしょうか?」

「聖女の勘、ということか?」

「……多分」


 いまいち自信はないけれど、おそらくはそういうことなのだろう。普通の魔物の気配とは何かが違う。それを感じ取ったに違いない。


 国王は何とも言えない顔をして、今度はリンドに視線を向けた。


「幻影と戦ってみて、何か新たにわかったことはあったか? リンドよ」


 リンドはこくりとうなずき、起きたことすべてを話した。


 もっちーズたちが北方に巨大な存在を感知して向かった先には、これまでこの国に現われたことのないほど巨大な魔物であったこと。けれど実際に攻撃をしてみて、それが幻影であることは確かだったと。


「幻影には、聖女の聖力もさほど効きません。とすれば、できるだけ物理的な遠隔攻撃でじわじわと攻めるしかありませせん。ですがもっちーズたちが合体し巨大化したことで、局面が変わりました」

「ほぅ……? もっちーズたちが……巨大化したと?」


 幻影に匹敵するほどの大きさに合体したもっちーズは幻影からの攻撃をものともせず魔物の注意を引きつけ、その間に兵と聖女による遠隔攻撃を続けた結果、幻影の力が弱りはじめたのだ、とリンドは続けた。


「なるほど……。なんともけったいな生き物だな。そのもっちーズとやらは……」

「それだけではございません。もっちーズがいよいよ力尽きつつあった幻影に力強い攻撃を繰り出し、結果幻影は無事消滅いたしました」

 

 その報告に、国王はもちろん大臣たちからも大きなどよめきが上がった。


「なぜ突然にもっちーズがそのような変化を遂げたのかはわかりませんが、おそらくはシェイラの思いに応える形でもっちーズたちが新たな力に目覚めたのではないか、と……」


 うまく説明はできないけれど、きっとそういうことなのだろうと思う。


 自分がパンをこねて放つ聖力は、ひとつひとつはそれほどの威力を持たない。それでも、普通の魔物であれば十分だ。けれど、幻影を倒すには足りない。

 そんな焦りと不安にかられつつも、どうしてもこの国を守らなければという強い思いにあの子たちが奮起してくれたのだろう。


(幻影との戦いを終えてから、もっちーズちゃんたちの思念がより強く感じられるようになった気もするし、なんだか絆も強くなった気がするんだよね。きっともっちーズちゃんたちが私を助けようと頑張ってくれてるんだわ……!)


 さすがはもっちーズちゃんたちである。かわいくて最強だなんて、あまりに素敵な相棒過ぎる。心の底からもっちーズちゃんたちが現れてくれて、本当によかったとしみじみうなずいていると。


「聖女シェイラよ。よくぞやってくれた。国を治める者として心から感謝する。もっちーズとやらたちも、十分に労ってやってくれ」


 国王からのねぎらいの言葉に、慌てて緩んだ口元をぴっと引き締め頭を下げた。


「は、はいっ……! わかりましたっ。ありがとうございますっ!」


 そして国王は、今度はすっと厳しい表情で傍らにいた大臣を見やった。


「……して、大臣。あの者たちの動きはどうなっておる? 呪術者たちの居所はまだつかめぬのか?」


 大臣の額に、一気に玉のような汗が噴き出した。


「はっ……。ゲルダン侯爵はいくつかの会合に出席した以外は特に目立った動きはございません。ミルトンは数回夜遅くに出かけるのを追跡しましたが、その度に行く手に現われる幻影に妨害され行先はつかめぬまま……」


 国王の口から、苦々しい嘆息がこぼれ落ちた。


「ゲルダンとミルトンを長らく監視しておるが、なかなか尻尾を出さぬのだ。おそらくは呪術者たちが自分たちの居所を知られぬように、と幻影に妨害させているのだろうが……」


 ゲルダンとミルトンの監視は、もう随分と続いているらしい。いくつかの悪事に関してはある程度の証拠がつかめつつあるものの、肝心の呪術者たちとのつながりを押さえるまでには至っていない。

 もしもゲルダンたちの悪事の詳細がわからなくても呪術者たちの居所を突き止め術を止めさせることがきでれば、少なくとも幻影の脅威は去る。


「そのもっちーズとやらならば幻影相手を倒すこともできようが、監視についている兵たちが遠隔攻撃などすれば、ゲルダンらに監視が悟られてしまう。そうすれば、より一層悪事を暴くのは難しくなるだろう。さて、どうしたものか……。」 


 国王も大臣も、皆一様に渋い顔で首をひねり合っていた。


(ゲルダンたちに監視してることが気づかれないように幻影を倒して、呪術者たちの居所を突き止める方法かぁ……。うーん……)


 その時ふとあることを思いつき、おずおずと手を挙げた。


「あのー……」

「何だ? シェイラよ。なんでも申してみよ」

「ええとですね、もしかしたらもっちーズちゃんならできるかもしれません。それ」

「なんだと? 詳しく申してみよ。シェイラよ」


 キラリと目を光らせ、国王が身を乗り出した。


「わかりやすい攻撃が相手にばれてだめなら、もっちーズちゃんたちが幻影の注意を引きつければどうにか時間稼ぎくらいはできるんじゃないかと……」


 その提案に、リンドがはっと反応した。


「だがシェイラ、あれらは君が同行しなくても指示通り動けるものなのか……?」


 リンドの問いかけに、こくりとうなずき返した。


 実際普段の生活でも自分たちがいなくても侍女たちの仕事を勝手にお手伝いしていたりするし、疲れたら好きにぐでん、と休憩を取っていたりもする。

 多分それはいつも、自分があの子たちに伝えておいているから。『大変そうだったら、皆のお手伝いをしてあげてね』とか、『疲れたら好きに休んでいいからね』とか。


 そう話して聞かせれば、場にいた皆が驚いた顔で目をみはった。


「そうか。言われてみれば、いつも勝手気ままに行動している気もするな。つまりは君の指示さえあれば、時には臨機応変に対応することだって可能、ということか……」

 

 リンドが感心したようにつぶやいた。


 どうやら皆もっちーズたちの賢さに驚いたらしい。なんだか生み出した者としては誇らしい。

 思わず嬉しさに緩む口元をどうにか引き締め、国王の反応を待った。


「そうか。ならば試してみる価値はあるな……。では聖女シェイラ。そなたからもっちーズらに大臣の手助けをして幻影を奴らにそうとは気づかれず追い払ってくれるよう、頼んでくれるか?」

「はいっ! もちろんですっ」


 満面の笑みでうなずけば、大臣が目を潤ませがっちりと握手を求めてきた。

 よほどこれまで煮え湯をのまされてきたのだろう。その顔にはこれまで何度追跡を試みても尻尾をつかめなかった悔しさが、ありありとにじんでいた。


「よろしくお願いしますっ。シェイラ様っ! そのもっちーズとやらの助力があれば、きっと今度こそゲルダンらが呪術者らと接触する決定的な瞬間を押さえられますっ」

「あ、えっと……、はいっ! きっともっちーズちゃんたちならうまくやってくれると思いますっ!」


 こうして、今度はゲルダンたちに加担している呪術者たちの居場所をつかむべく偵察に協力することになったのだった。



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