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幻影よ、こんにちは 5

 幻影とは到底思えない鋭い爪が、もっちーズの体をかすめていく。けれどその爪はもっちーズの体に届くことはない。


 決して細身とは言えないもっちーズの体は、なんと変幻自在だった。幻影の繰り出す攻撃に合わせて体のフォルムを器用に変えながら、幻影の攻撃をどんどんかわしていく。

 空を切ってばかりの攻撃に、幻影の苛立ちがピークに達しようとしていた。


 グギャァァァァァァッ‼


 ビリビリと鼓膜を震わせる幻影の咆哮には、明らかに一向に白い体にダメージを与えられないことへの焦りがにじんでいた。


 けれどもっちーズは基本防衛一方で、自ら幻影に向けて攻撃を繰り出すことはなかった。だからてっきり、攻撃には不適なのだろうとその場にいた誰もが思っていた。

 そのぽよんとした強さの欠片もない見た目のせいもある。


 けれどそれはただの思い込みだったことを、直後にその場にいた全員が知ることになった。


「……うにーっっっ‼」


 突如ビリビリと空気を震わせるほどの大きな声を上げ叫んだもっちーズに、はっと顔を上げた。


「もっちーズちゃんっ⁉ どうしたのっ?」


 まさかもっちーズに何事かが起きたのかと、馬車の中から焦って窓から頭を突き出した。


「へ……?」


 けれどそこで見たのは、驚きの光景だった。


「うににににににっ‼」


 もっちーズの決して長いとは言えない腕が、幻影に向かって振り出される。スローモーションのようにも見えたその動きは、決して俊敏とは言えず強そうとも思えなかった。

 けれど体全体の重量感を余さず利用した渾身のパンチは、ゆっくりとけれど確実に幻影の腹へと打ち込まれた。


 グッ……!


 もっちーズのパンチが打ち込まれた瞬間、幻影の口からくぐもった声がこぼれた。そのただならぬ声に、リンドも兵たちもはっと動きを止めもっちーズと対峙する幻影を見やった。


 ガ……、ガ……グググッ……! 


 幻影の口から、苦しげなうめき声がもれた。その巨体がゆっくりと傾ぎ、そして――。


 ずしぃぃぃぃぃんっ‼

 ドオォォォォォンッ‼


 皆が見つめる先で、仰ぎ見るほど大きな幻影の体がゆっくりと崩れ落ちていく。足元からすべての力が抜け落ちたように、ずるりと。

 そしてついにその体は地面へと完全に倒れ込み、二度ほどビクビクッ、と痙攣したかと思うとそのまま動かなくなったのだった。


「え……?」

「は……?」

「……な、何が……?」

「どう……なったんだ……?」


 兵たちの呆然とした声が落ちた。

 リンドも地面に倒れ込んだ幻影の体を見つめ、口を開いている。


「え……? もしかして……やったの!? もっちーズちゃんが……ついに、幻影を……倒し、た……!?」


 動かなくなった幻影を見つめながら、ゆっくりと馬車から出た。そして雄々しく夕日を浴びて立ち尽くしたままのもっちーズと、その足元に倒れた幻影のもとへとゆっくりと近づいていく。


 サラサラ……、サラサラサラサラ……。


 いつの間にかすっかり日が傾いていた大地に照らされた、巨大な幻影の体。それがゆっくりと蒸発するかのように消えていく。砂のように、はじめからそこには何もなかったかのようにサラサラと消えて、そして跡形もなく消えたのだった。


「体が、消えた……」

「死んだ……のか……」

「俺たちが……勝った……?」


 兵たちが信じられないといった表情を浮かべ、顔を見合わせた。リンドは幻影がいたはずの今は何の痕跡も残されていない地面を見つめ、立ち尽くしていた。


「もっちーズちゃん……」


 シェイラはもっちーズの頼もしい後ろ姿を見つめ、思った。きっとこの幻影との戦いをきっかけに、事は大きく変わっていくと。


 新たに現れた幻影と、国を揺るがすゲルダンたちの企み。そして今もどこかで次々と幻影を生み出し続けているであろう呪術者たち。

 今日この瞬間までは、戦い方もわからないままどうやって幻影相手を倒せばいいのかと不安だった。またトルクのような被害が出てしまったら、果たして心折れずに聖女の務めを果たせるだろうかと恐怖だってあった。


 二度とあんな思いはしたくない。大切な人が奪われるかもしれないあんな思いは、絶対に。

 でも――。


 いつの間にか隣にいたリンドに、ぽつりと告げた。


「リンド殿下……。きっと私たち、勝てます。幻影も本物の魔物も倒して、きっと平穏な国をちゃんと取り戻せます」


 それはもっちーズたちの進化のせいだけじゃない。直にこの目で見て戦ってみてわかったのだ。幻影も所詮は本物の魔物から生み出されたものに過ぎないと。

 戦い方はきっとある。今はまだはっきりとはしていなくても、きっと見つけられる。


「もっちーズちゃんたちが進化したみたいに、そして幻影を倒したみたいに……、きっと私だってもっと別の戦い方ができるって思えたんです。私だってきっと進化できるはずって」


 きっと過去の歴代聖女たちだって怖かったはずだ。ある日突然君が聖女だ、なんて言われて困惑したに決まってる。中には自分の肩の上にある日ずっしりとのしかかった重さに耐え兼ねて、逃げ出そうとした人たちだっていただろう。

 でもきっと最後には立ち上がって、国を守ったのだ。


 ならきっと自分にだってできる。きっとできる。難しくても今は戦い方がわからなくても、きっとこの国から魔物も幻影も、ついでにこの国を脅かす悪者たちだってやっつけてきれいに浄化できるはず。

 その先には平穏な毎日が再びやってくる。


「だから私、あきらめません……! 絶対に幻影も魔物も一匹残らず退治してこの国をきれいにしてみせますっ! ついでに結果的にトルクをあんな目に遭わせた呪術者たちもゲルダンとか言う人たちも皆、やっつけてみせますっ」

「あぁ……。そうだな。きっとこの国は守れる。薄汚い欲のために国を滅茶苦茶にしようとする輩からも、魔物からも……」


 夕日を浴びて立つもっちーズの雄々しい後ろ姿をふたり並んで見つめながら、兵たちの歓喜の声を聞いていた。確かな未来への確信を胸に感じながら。 



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