驚きの真実 4
「リンド殿下! 私、絶対にその人たちのこと、許せませんっ! 今すぐぶっ飛ばしにいきましょうっ。じゃないと腹の虫が治まりませんっ」
「ちょ……、シェイラ!? お、落ち着くんだっ。だからまだ何の証拠も……」
「でも……だからってこのまま手をこまねいて見てるわけには……!」
このままじゃ、また同じ悲劇が繰り返される恐れがある。トルクのように魔物に幻影魔物に襲われ、今度は命を落とす人だって出るかもしれない。けれどそれを聖女である自分がどうにもできないなんて、あまりに悔し過ぎる。
「せめて聖力を放つ以外に、幻影を倒す方法があったらいいのに……。そうしたら私にだってもっと他に何か……」
いつものように聖力を放つだけでは、幻影は倒せない。本物の魔物は倒せても、幻影には効かないのだから。
ならばどうしたらいいのか。
本物の魔物と幻影は見分けがつかない。となれば民はきっと、魔物がちっとも減らないどころかどんどん浄化したはずの地にも魔物が再出現するのは無力な聖女のせいだと責め立てるだろう。そしてその聖女の肩を持つリンドだって、悪く言われかねない。
そんなことになったら、悪者たちの思う壺だ。そんなことは、絶対に避けないと。
興奮して思わずベッドから身を起こした自分を、リンドが慌ててなだめた。
「君の気持ちはわかる。トルクが味わった痛みと恐怖を思えばいても立ってもいられないのは、わかる! だが今は軽率に動くわけにはいかないんだ。証拠をつかむまでは、まだ……」
「……」
「呪術者たちの居所もつかめていない今動くのは、時期尚早だ。確実にやつらの悪事をつかんでから、絶対に言い逃れできない状況を作ってからじゃないと逃げられる恐れがある」
「確かにそれはそう……だけど、ならどうしたら……?」
見た目は魔物でも中身は空っぽの幻影には、聖力がまったく効かないというわけではないけれど倒すのにとても時間がかかる。それは実際にやってみてよくわかった。
それがなんとも悔しい。
「正直、幻影との効果的な戦い方に関してはまだ手探りだ……。聖力と対魔物用の物理攻撃で少しずつ力を削るしか……」
リンドの顔に悔しげな色が走った。
「せめて遠隔攻撃の種類を増やして、こちらの防御力をもっと上げることができれば、長期戦でもどうにかなるんだが……」
近接攻撃となると、やはり兵たちの身が危険にさらされる。かといって対魔物用の矢や礫には限りもあるし、射手の数の問題もある。
「……? ならいつもの聖力の放ち方では無理でも、他の方法で聖力を使って遠隔攻撃ができれば幻影を倒せるかもしれないってことですか?」
リンドがこくりとうなずいた。
「やつらにまったく聖力が効かないわけじゃない。ただ本物の魔物とは違って、聖力と物理攻撃との組み合わせでなければあまりダメージを与えられないらしい」
「聖力と……物理攻撃の組み合わせ? うーん……。聖力で遠隔攻撃……。物理的な力も必要……かぁ……。そんな方法って……」
ぐるぐると考えてはみたけれど、これといってパッとは思い浮かばない。
「とにかく、ここのところの魔物の異変は決して君の責任じゃない。それだけは覚えておいてくれ。また君にもしものことがあれば……」
リンドの辛そうな表情に、はっとした。
「そうですよね……。聖女の私が倒れて使い物にならなかったら、いざという時にもっと大変なことになるんだし……」
トルクのことで頭がいっぱいで、そこまで考えられていなかった。自分への苛立ちと心配とで感情がかき乱されていたから。
けれど聖女としてきちんと責任を果たすには、もっと冷静にならなくてはならなかった。
「ごめんなさい。殿下……。今度からは絶対に倒れたりしません。ちゃんと自分の役目を果たせるように、気をつけます……」
「い、いや……、まぁそういう意味もないわけじゃないが、そうじゃなくて。私はただ君のことが……」
「え……?」
なぜだか赤い顔でもごもごと口ごもるリンドを、首を傾げ見やった。
「そうじゃない……。私はただ、君にこんな辛い重荷を背負わせてしまったことが……自分が情けなくて……。君を幸せにしたくて、今までずっと頑張ってきたはずなのにこんな……」
「へ……? 今なんて?」
はっとしたようにリンドは口をつぐんだ。
よくはわからないけれど、どうやらリンドは聖女としての重責に潰れそうになっている自分を心配してくれているらしかった。
そんなリンドの相変わらずの優しさと心遣いに、じんわりと胸があたたかくなった。加えて、こんなに心配をかけてしまったことに胸が痛んだ。
「殿下……。あの……私は聖女なので、ちょっとやそっとのことじゃ負けたりしません。王宮に上がった時に、そう決めたので」
「……シェイラ」
「でも殿下にも心配をかけたくはないです。だから……その、気をつけます。もうこんな無茶はしないって約束します。その上で精一杯頑張ります」
リンドを真っすぐに見つめ、にっこりと微笑んだ。
「だって私、いつかリンド殿下にこの国の王様になってほしいんです。リンド殿下ならきっと、この国をもっともっと幸せな国にしてくれるって思えるから。だからそのためにも、今この国を守りたいんです。聖女としても、ひとりの民としても」
「……!」
気のせいだろうか。一瞬リンドの目が薄っすらと潤んだように見えた。きっと光の加減でそう見えただけなんだろうけど。
「だから、一緒に戦わせてください! きっと……きっと本物の魔物も、幻影とやらも必ず一掃してみせるから!」
今はわからないことだらけで手探りでも、そのうちきっと打開策は見つかるはずだ。
その時がくるまで、今はしばし辛抱するしかない。じりじりとでもくじけずに腐らずに戦っている方が、ただ手をこまねいて見ているよりはずっといい。
「……ありがとう。シェイラ。これ以上なく嬉しい励ましだ。あぁ……、一緒にこの国を守るため戦おう。シェイラ……」
「はいっ……!」
決意を新たに胸に刻み、ふたり強くうなずき合った。
けれどそれから数日して、またしても新たな幻影魔物が人里近くに現われたのだった。しかも見たこともない、巨大な魔物が――。




