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驚きの真実 1

 リンドは、目を閉じ安らかな寝息を立てはじめたシェイラの頭をもう一度なでた。


「……」


 胸に強い後悔が押し寄せる。なぜもっと早くにシェイラにすべてを打ち明けようとしなかったのか、と。


 一度は確実に浄化したはずの地に魔物が現れはじめているという話は、兵たちから聞いていた。

 最初は一匹、二匹。そのうちに少しずつ増えはじめ近頃では凶暴さも増していた。


 こんな事態は、過去の歴史を紐解いてみても異例だった。


 なぜ清浄化された魔物たちが現れないはずの地に、再び魔物たちが現れ暴れはじめたのか。

 その原因をここのところ、必死になって探っていたのだ。


 しかも、おかしなことは他にもある。

 それら再出現した魔物には、なぜか聖力がほぼ効かないのだ。まったく効かないというわけではないが、むしろ物理攻撃の方がましという状態だった。


 魔物である以上、そんなことはあり得るはずがなかった。


 けれど現実に、シェイラの放つ聖力は普通の魔物には変わらず効いていたが、再出現した魔物はほとんど弱らせることができていなかった。


 果たしてこれは何を意味するのか。


 すぐさまありとあらゆる側面から調査をはじめた。そしてある事実にようやくたどり着いた。


 今回の騒ぎが起きたのは、そんな矢先だった。


「あれはただの魔物ではなく、呪術者が作り出した魔物の幻影だと……もっと早くにシェイラに伝えていれば、こんなに追い詰めることには……」


 ぐっと拳を握りしめ、自分の甘さを恥じた。


 シェイラに負担をかけたくなくて、必死に頑張っていたつもりだった。

 少しでも心安らかに聖女の務めを果たせるように、辛くないようにと心配りしてきたはずだった。


 けれど、それは薄っぺらな行動に過ぎなかったことをここにきて思い知らされていた。


 これまで聖女となった者たちの多くは、皆すんなりと役目を受け入れたわけじゃない。


 聖女の肩にのしかかる責任の重さに耐えかね、ある者は王宮から逃げ出そうとした。

 またある者は、心身の調子を崩し魔物退治もままならないまま、しばらく時を要した。


 もちろん口の聞けない赤子などの場合は、少々事情は異なる。けれど大抵は、本人の負担を懸念して親たちがどうにか勘弁してくれないか、と懇願してきたこともある。


 当然だ。ただ日々を穏やかに暮らしていた民が、急に国の命運を左右するような重責を負わされて平気なはずがない。

 王族が国の未来の責を負うのとは、わけが違うのだから。


 なのに、シェイラは違った。


 王宮に連れてこられてからただの一度も、愚痴も不平も漏らしたことはない。帰りたいと口にしたことも、耐えられないと嘆いたことも。


 それがどんなに大変なことか。

 心の強さと責任感が強くなければ、とても無理な話だ。


 ある日突然ご神託が下りたから王宮にこいと呼ばれ、皆が見ている前で使ったこともない聖力を放ってみせよ、と命じられ、どんなに心細かったか。


 けれどシェイラは見事やってのけたのだ。皆が見ている前で、見事聖力を放ってみせた。


 そして、自分の運命を粛々と受け入れた。大好きな家族からもパン屋からも離れ、たったひとりで。


 そんなシェイラだからこそ、絶対に苦しめ悲しませてはいけなかったのに。


(ずっと……ずっと不安だったに違いないんだ。でもまわりに迷惑や心配をかけてはならないと我慢をしていたんだ……。わかっていたのに……、なのにここまで追い込んでしまった……。私の責任だ)


 自分を殴りつけたい気持ちでいっぱいだった。


 もっと他にシェイラの心を砕かずに済むやりようがあったはず。なのに、その大事な判断を誤ったのだ。

 

 涙の筋のあとが残る頬を、そっと指先で拭った。


「ごめん……。本当にごめん。シェイラ。君を守りたくて……あの日の君の優しさに報いたくてこれまで必死に頑張ってきたのに、こんな肝心な時にやりようを誤るなんて……」


 後悔の思いがこんこんとわいて出た。

 けれどシェイラをこれ以上苦しめないためにも、気持ちを切り替える必要があった。


「こうなったらすべてを打ち明けて、どうにか対策を考えるしかない……。うまくいくかどうかはわからないが、何もせずに手をこまねいているよりはましだ……」


 聖力がほとんど効かない幻影魔物に立ち向かう方法、それはいまだはっきりとわかってはいなかった。今のところは、じわじわと幻影の力を削いでいくしか対抗手段がないのが現状だった。

 そしてこれらの幻影を生み出している呪術者たちが誰に雇われ、どこに潜伏しているのかも。


 が、当たりはついている。


「ゲルダン……、ミルトン……。お前たちの思い通りにはさせない。必ず悪事の証拠をつかんで、幻影を一匹残らず消してやる……!」


 おそらくこの幻影を国中に放つよう呪術者たちを雇い命じたのは、次期国王の座を狙うゲルダン侯爵とその息子ミルトンだと察しはついていた。


 が雇った呪術者たち。王位継承権を持つ息子、ミルトンを次代の玉座に据えるために、ゲルダンが企んだ悪事だった。

 が、まだ確信はない。証拠が何ひとつつかめていない以上、下手に動くわけにはいかなかった。だからこそシェイラに伝えるのを迷っていたのだ。


 けれどもう迷っている暇はない。


(シェイラの目が覚めたら、すべてを話そう。この国で起きている何もかもを。そしてともにこの国を守ろう……)


 シェイラは見た目のほんわかとした雰囲気に反して、芯の強い女性だ。ある日突然聖女になれと言われても、皆が苦しんでいるからという理由で日々懸命にパンをこね続けるような、そんな人間だ。


 もう一度、そっとシェイラの頭をなでた。やわらかな髪の感触に、たまらなく心が動く。

 

「おやすみ……。シェイラ」


 そう口にして、結局は一口も手をつけられないまま冷めてしまったスープを手にそっと足音を忍ばせて部屋を出たのだった。



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