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起こりはじめた異変 2

 

「では、聖女シェイラよ。今後もより一層魔物退治に励んでもらいたい。何かあればリンドに言うがいい」

「は、はいっ! 頑張りますっ」


 うっかり口を滑らせて冷や汗をかいた以外は、どうにか無事に謁見が終わった。

 やれやれと胸をなで下ろし、謁見室をあとにしようとしたその時だった。


「シェイラ! ちょっといいか?」

「リンド殿下、何ですか?」


 どこか心配そうな顔で声をかけられ、首を傾げた。


「しばらく私はそちらに行けないかもしれない。ちょっと色々立て込んでいて……」

「あ、はい。わかりました。公務がお忙しいんなら仕方ないですね!」


 もしや自分のいぬ間にまた無理をするのではと懸念しているのかと思い至り、慌てて付け加えた。


「大丈夫ですよ? ちゃんと言いつけは守って無茶せず夜も寝ますし、魔物退治にもバリバリ励みますから! なんたってもっちーズがついてくれてますし、もう無理はしませんっ」

「あ、あぁ。それはわかっているんだが……」


 どうやらその心配ではなかったらしい。

 首を傾げ次の言葉を待っていると、リンドは一瞬ためらったのち続けた。


「詳しくは話せないが、もしも君にゲルダン侯爵とその息子のミルトンから接触があるようなことがあれば、すぐに知らせてくれ」

「え……? ゲルダンさん、と……ミルトンさん、ですか?」


 リンドは目に険しさをのぞかせ、こくりとうなずいた。


「もしふたりから何かもらったり呼び出されたとしても、決して口にしたり言いなりになったりせず、私に先に話を通してほしい。……いいね?」

「は、はぁ……」


 そのふたりが何者なのか、なぜ気をつけてなくてはいけないのかさっぱりわからない。けれど、リンドの有無を言わさぬ強い物言いに黙ってうなずくしかなかった。


 けれどその数日後、リンドの言っていたゲルダンとミルトンと思いがけず接触することになった。


「やぁやぁ、これはこれは聖女殿ではありませんか! ご機嫌はいかがかな?」


 神官たちに用がありたまたま王宮内を歩いていたら、でっぷりと太ったお腹を揺らしながら中年の男が話しかけてきた。


「へ? あ、はい。元気……ですけど……」


 見れば隣にリンドとそう年の違わなそうな青年が立っていた。顔立ちからいって、おそらくこのふたりは親子なのだろうと見て取れた。


「私はゲルダンと申します。この国の次期王位継承権を持つ侯爵家の当主をしております。で、こちらが息子のミルトンでございます」

「あ……!」


 うっかり大きな声を出しそうになって、慌てて取り繕った。


「えっと……はじめまして。シェイラです」


 できるだけ警戒心を悟られないように、引きつりつつも笑みを浮かべてみせた。するとゲルダンが不意に、じっとりとした目でつま先から頭のてっぺんまでを見つめてきた。


 そのなんとも嫌な視線に、背中がぞわぞわする。


(うーん……。なんでリンド殿下がこのふたりに気をつけろって言ったのかはわからないけど、なんだか嫌な感じだなぁ。ミルトンって人もなんだかずっとニヤニヤしてるし)


 初対面の相手をじろじろとなめ回すように見るのも、ニヤニヤ薄笑いを浮かべて見るのもどうかと思う。はじめて会った時から穏やかで感じのよかったリンドとは大違いだ。


「ふぅん……。君が噂の聖女か。いかにも凡庸なパン屋の娘って感じだな。で、魔物退治は進んでいるのか? 過去の聖女たちに比べてあまり出来がよくないと聞いているが」


 ミルトンの言葉で、完全に敵認定が決定した。


(凡庸で悪かったわね! パン屋の娘らしくって何よ。パン屋の娘だっていいじゃないの! 失礼ねっ)


 心の中で悪態をつき、どうにか言葉を返した。


「確かにちょっと前まで魔物の数の減りはいまいちでしたけど、今は順調です! 近いうちにきっと魔物を一掃してみせますっ」


 啖呵を切るなんて自分らしくない。本当はそんな自信なんてちっともないくせに。

 でもなんだか腹が立った。何も知らないくせに、まるで魔物退治をさぼってるみたいに言われるのは頭にくる。


 するとミルトンが眉をピクリと上げ、鼻で笑った。


「ふんっ! 生意気な女だな。聖女とは言え、ただの平民が」


 さすがにあからさま過ぎると思ったのだろう。ゲルダンがミルトンをたしなめた。


「そんなことを言うものではない。ミルトン。聖女殿だって、毎日こうしてせっせとパンを作って務めを果たそうとしているのだ。それもこれも神託あってのこと」

「……」

「ですが、聖女殿」

 

 ゲルダンの目がじっと注がれた。その奥に何やら不穏なものを感じ取り、眉をひそめた。


「……なんでしょうか?」

「くれぐれも励むことですな。思いもよらぬ事態というのは、ある日突然にやってくるものですからな……」 

「え? それってどういう……」


 なんともはっきりしない物言いに、嫌な予感がした。

 けれどゲルダンは何も答えずに、薄笑いを残しミルトンとともに去っていったのだった。


 翌日、大事件が持ち上がった。


「大変ですっ! シェイラ様っ」

「どうしたんですかっ!? そんなに慌てて……?」


 血相を変えて部屋に飛び込んできた衛兵の姿に、思わず持っていためん棒を取り落としそうになった。

 すると衛兵は、真っ青な顔で告げた。


「大変なんです……。西の町で……一度は魔物がいなくなったはずの町で、町人が魔物に襲われけがをしたと知らせが……!」

「ええええっ! そんな……、まさかそんな……どうしてっ!?」


 その知らせに、全身から一気に血の気が引いた。


「でもあの町は、ついこの間魔物を一匹残らず一掃したはず。清浄化したから、もう魔物は現れないはずなのに、どうして、なんで……」


 聞けば人的被害はそう多くはなかったものの、一時に魔物が何体も現れたせいで町はひどい有り様らしい。唯一の救いは、人的被害とは言っても魔物にやられたものではなく逃げる途中で転んで腰を打った程度で済んだことくらい。

 

 一体何が起きているのかわからず呆然としていると、続けざまに知らせが飛び込んできた。


「聖女様っ、シェイラ様! た、大変です……! モンクル村に魔物が現れて……、子どもが! 七歳になる男の子が魔物にやられて……‼」


 モンクル村と聞いて、思わず知らせを持ってきた兵に駆け寄った。


「まさかその男の子って……、トルクって名前じゃ⁉」


 兵はその名前を聞き、はっとした顔で問い返した。


「なぜ……その名前をご存じなのですか? シェイラ様」


 その瞬間、時が止まった。


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