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起こりはじめた異変 1

 

 ギィィィィッ……!


 ゆっくりと謁見室の扉が開き、国王が入ってくる気配に頭を下げたままぎゅっと目をつぶった。

 

(大丈夫……。落ち着くのよ、シェイラ。国王陛下はリンドのお父さん、お父さん、お父さん……)


 そう必死に心の中で唱えつつ、頭を下げ続けた。


「……さて、聖女シェイラよ」


 国王の低く威厳のある声に、思わず弾かれたように顔を上げとっさに言葉が口からこぼれた。


「はいっ! お父さんっ」

「……ん? 今なんと?」

「はっ……! す、すすすすすすみませんっ。今のはちょっと口が滑って……」


 うっかり心の中で唱えていた言葉が、まさか口からもれてしまった。よりにもよって一国の国王に『お父さん』呼ばわりしてしまうとは。


(絶対怒られる……。絶対不敬だって言われちゃうっ。それどころか牢に入れられちゃうかも!? どどどど、どうしよう……!)


 おそるおそる顔を上げてみれば、顔面蒼白の大臣たちと顔を背け肩を震わせるリンドの姿が見えた。


(もしかしてリンド殿下、笑ってる!? もうっ、全然笑いごとなんかじゃないのに……!)


 けれど今気にするべきはリンドじゃない。問題は、まさかのお父さん呼びをされた国王陛下その人だった。


「……」


 そっと玉座を仰ぎ見れば、そこには――。


「ぶふっ……!」

「へ?」


 今上の方から、おかしな声が聞こえたような気がする。笑うのを必死でこらえているような、今にも噴き出しそうな声が。

 まさか、と思いながらもう一度玉座にいる国王を見やった。


 なぜか国王の肩がぷるぷると震えている。隣に座る王妃にいたっては、扇で口元を隠し何やら堪えているような。

 ふたりのいつもとは違う様子に、首を傾げていると。


「……ゴ、ゴホンッ!」


 国王は何かをごまかすかのように大きく咳ばらいをすると、表情を引き締めた。


「さて、聖女シェイラ。ここのところの働きについて詳しく報告せよ」

「は、はい!」


 さてはよく聞こえなかったのだろう、ならば不敬だと牢に入れられる心配はいらないに違いないと安堵して口を開いた。


「えーと……、少し前までは魔物たちを退治しても退治してもなかなか数が減らない気がしていたんですが、近頃はもっちーズちゃんたちの助けもあって順調に退治が進んでいるかと……」

「もっちー……?」


 国王の眉間にしわが寄った。


「あ……、そうでした。実はもっちーズというのは……」


 そうだったとばかりにもっちーズたちの説明をすれば、国王だけでなく居並ぶ大臣や神官たちが一斉にどよめいた。


「それは本当か……? パン種が……人形のように動き出した、と?」

「そんな話、聞いたことがないが……」

「よもや魔物の類ではなかろうな。いや、しかし聖女がすぐそばにいて魔物が現れるはずもないか」

「しかしなんとも奇怪な……」


 ざわつく大臣たちを目で静かにするよう制し、国王がたずねた。


「これまでの聖女となった者たちに、そのような記録はあるか? 聖女の一助となるようなものが、聖力によって出現するといった現象は?」


 神官たちはしばし顔を見合わせ、首を横に振った。


「そのような話、聞いたことがございません。おそらくはるか昔の文献までさかのぼっても、そのような記録は出てこないかと……」


 神官たちの顔には、ありありと驚きと困惑の色が浮かんでいた。

 どうやら相当に珍しい現象であるらしい。


(なんか皆すごい驚いてる……。いや、まぁ私だって最初に見た時は相当驚いたけど……)


 正直言えば、今となってはいるのが当たり前になっていた。なんなら以前からずっと一緒にいたような気さえする。自分の聖力から生まれたせいで、親近感を感じているのかもしれないけれど。


 国王の視線が再び自分に向いたのに気づき、はっと姿勢を正した。


「聖女シェイラよ。それは誠に害のない生き物なのだな? そなたの聖力とともに生まれ、パンをこねるのを手伝ってくれると?」


 国王の言葉にしっかりとうなずいた。


「はい! 本当です。毎日懸命に手伝いをしてくれているおかげで魔物退治もはかどっていますし、なんなら魔物の大体の居場所や数も教えてくれますし」

「そうか……。なるほどなんとも不思議なこともあったものだ」


 国王のどこか信じがたい視線に、なんならこの場でもっちーズたちを見せてあげられたらいいのになんて思ったりする。もっともあの部屋からは出さないように、とリンドに言われている以上連れてくるわけにはいかないんだけど。


 ならばはじめて聖力を放出してみせたあの日の再現をして、あの子たちを皆に見せるべきかどうか逡巡していると。


「そのことについてですが、陛下にお願いの儀がございます!」


 リンドが凛とした声で国王に告げた。


「それらの存在については、聖女自身にも民にも何の危険もないことは私の目で確認しております。よってご心配には及びません」

「ほぅ。それで願いとは何だ? リンド」


 父でもある国王の問いかけに、リンドは毅然とした様子で願い出た。


「その存在につきましては、聖女に仕える者たちとここにいる者以外には固く伏しておかれますようお願い申し上げます!」


 その言葉に、謁見室がしばし沈黙に包まれた。


(え? つまりもっちーズちゃんたちの存在自体、皆には内緒にするってこと? なんで?)


 なぜ突然リンドがそんなことを言い出したのかわからず、目を瞬いた。

 何の害もないあの子たちを、あえて隠しておく必要なんてない気がするのだけれど。


 けれどリンドは真剣な表情で真っすぐに国王を見上げ、続けたのだった。


「例の者たちに、近頃あやしい動きが見られるとの報告を受けております。もしもあの者たちにもこのことが知れれば、よからぬことに利用されぬとも限りません。そうでなくとも聖女はその身を狙われやすく、その安全を図るためにも――」


 言いかけたリンドの言葉を、国王がさえぎった。


「その辺りでよい。そなたの考えはもう十分にわかった。そなたの判断に任せよう。リンド」

「はっ。感謝いたします」


 どうやらふたりの間では、今のやりとりで話が通じたらしい。けれどこちらはさっぱりだ。


(例の者って……誰? え? 私って……狙われてるの? 誰に?)


 確かに聖女を利用してお金儲けや利権を狙う人たちが存在する、とは聞いていた。けれどそれは命がどうのといった物騒な話ではなかったはず。

 けれど今のやりとりは、いかにも物理的な身の危険があるといわんばかりなような――。


 ふとここのところの皆のおかしな態度がよみがえった。リンドも何か自分に隠していることがあるみたいだし、侍女たちも何か知っていて言わずにいることがある気配がする。


(もしかして……、私の知らないところで何かが起きてる? だからリンドはあんな態度を……。それか、私だけじゃなくこの国自体に悪いことが起きようとしてるんだとしたら……)


 ざわり、と自分を取り巻く空気が不穏にざわついた気がした。 


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