今日も元気にパンをこねる 5
「ふんふーんっ! ふふふーんっ! さぁ、できたわよっ。もっちーズちゃんたち! 運んでちょうだいっ」
できたばかりのパン種の入った入れ物を、もっちーズたちに手渡した。
「ふんっ!」
「ふへっ!」
なかなかの重量があるのだけれど、もっちーズたちはそれをものともせずよいしょと持ち上げ、言われた場所へととことこと運んでいく。
声とも息ともつかない掛け声が、なんともかわいい。
「よろしくね! さて、と次は……!」
一件、また一件と魔物退治依頼を順調に片づけていく。
もっちーズたちが手伝ってくれるせいか、ここのところ魔物の出現も大分落ち着きを見せていた。
「シェイラ様、先日退治した村の人たちから感謝の印にって贈り物が届いてますよ! 立派なかぼちゃだそうで、料理長が今日はかぼちゃ三昧のお料理を作るって張り切ってましたわ」
「シェイラ様のおかげで、魔物の襲来に怯えることなく畑仕事ができるって皆大喜びだそうですよ」
嬉しい知らせに、思わず顔が綻ぶ。
「ならよかった! 皆さんのおかげですっ。ありがとうございます!」
照れながらもどこか誇らしい気持ちで、思わずはにかんだ。
庭園でのお茶会以来、リンドとは会えていない。よってあの時感じたおかしな胸の痛みについては、深く考えずに済んでいる。
むしろリンドが過労で倒れなきゃいいな、なんてこちらが心配する余裕すらあるくらいだ。
「そう言えばカイルさんを最近見かけませんけど、殿下のお仕事が忙しいからなんですかね?」
「そうですね。ちょっと今上がごたついているというか、きな臭いというか……。でもシェイラ様はそのようなことを気になさることはありませんわ」
「そうですわ。いざとなれば私たちが一丸となって、シェイラ様をお守りいたしますので」
カイルが本当はリンドの補佐で、衛兵姿は仮のものだと知らされた時は驚いた。けれどさらに驚いたことに、実はここにいる人たちは皆本来はもっと上の仕事を担うすごい人たちばかりであるらしい。
侍女たちの中には、兵士顔負けのものすごい戦闘力を持つ人もいるとかいないとか。
それもこれも、皆リンドが聖女の名声にあやかって一儲けしようとか、取り入ろうとする人たちから自分を守るために臨時に配置したらしい。
(いくらなんでも過保護過ぎる気もするけど、一応は国でたったひとりの聖女なんだもんね……。何かあったらリンド殿下も困っちゃうのかもなぁ……)
とは言え、リンドの方がよほど忙しくて助けが必要そうに見えるのは気のせいだろうか。
「きな臭いって……、リンド殿下、大丈夫なんですか? 無理をしてなきゃいいんですけど……」
侍女たちの言葉になんとなく引っ掛かるものを覚えて、眉を下げた。
リンドがおかしなことに巻き込まれているようなら、力になりたいと思った。自分に何ができるかなんてまるでわからないけど。いつもいつも守られてばかりじゃ、なんだか申し訳ないし。
けれど侍女たちはにっこりと笑って、首を横に振った。
「い、いいえ! ご心配には及びませんわ」
「え、えぇ。その通りです。さ、シェイラ様! 少しお早いですが、そろそろ休憩になさっては?」
「それか、ちょっとだけもっちーズの皆様と遊んで気分転換などいかがでしょう?」
どうも歯切れが悪い気がする。嫌な予感に胸がざわついた。
けれどそうこうしている間に、その日の仕事は終わり夜を迎えたのだった。
「さて、と……これで安眠ルーティンも全部終わりっと! あぁーっ、今日もよくこねたぁ! でもセシリアさんに教えてもらったツボ押しで、体もすっきり!」
うんと伸びをしながらにっこり笑いかければ、セシリアが小さく笑った。
「お役に立てているようで、きっと父も喜びますわ。……あ、そう言えばシェイラ様。明日は月に一度の陛下への謁見ですので、午後の時間は空けておいてくださいませ」
「あ……、そうだった。すっかり忘れてた……」
はた、と伸びをしていた手をしゅるしゅると引っ込めた。
これは大昔からの習わしらしいのだけれど、聖女となった者は月に一度、国王に謁見し進捗状況を報告する取り決めになっているのだ。
明日はその日だった。
(国王陛下ってなんだかすごく強そうで、緊張しちゃうんだよなぁ……。苦手ってわけじゃないんだけど、なんかこう……お腹がひゅっとなるっていうか……)
高い位置にある玉座から見下ろされるせいもあるのかもしれない。顔立ち自体凛々しいし、全身から威厳を漂わせているけれど、性格はとても情に篤くて素晴らしい方だと聞いている。
リンドもとても尊敬していると言っていたし。
(リンドのお父さんなんだもの……。怖がる必要なんてないわよね。うんと深呼吸してのぞめば、きっとちゃんと話ができるはず……)
幸いここのところ、魔物たちの動きは大分鈍くなっている。神官たちも聖力が各地に放たれた結果大地が清浄化しつつあるのだろう、と言っていた。
となれば、陛下からもそう厳しい言葉を向けられることはないに違いない。
「明日こそちゃんと陛下の目を見て、おどおどせずにお話ができるように頑張りますっ!」
そう力強く宣言すれば、なぜかセシリアの表情がちらと曇った気がした。
「どうかしたの? セシリアさん」
「……いいえ。なんでもございません。さ、シェイラ様。もうおやすみください」
「……うん。じゃあ、おやすみなさい。セシリアさん」
セシリアの何か言いたげな様子が気にはなった。けれどきっと気のせいだろう、といつものようにすやすやと眠りについたのだった。