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今日も元気にパンをこねる 3

 


 こねこねこねこね……。

 ポスンッ! ペチンッ!


 トコトコトコトコ……。

 てくてくてくてく……。


 こねこねこねこねこねこねこねこね……。

 ベチンッ! バチンッ!


 ぴょこんっ! 

 てくてくてくてく……。


「はいっ。これで一件目の依頼は終了っと! えーと、次は……」

「シェイラ様! お次の依頼は、北の山岳地帯です。隣国との国境沿いに現われた魔物たちを片付けてほしいそうですわ。それが終わったら、一旦休憩にいたしましょう」

「はーいっ!」


 あいも変わらずパンをこね続ける日々。けれどもっちーズの登場で、生活は一変した。


「さて、じゃあ小麦粉を用意して……っと、あれ? もう用意してくれてたの? ありがとう! もっちーズちゃんたちっ」


 台の上にはすでに、必要な量の小麦粉がきちんと量った状態で置いてあった。 

 さすがはもっちーズ、段取りも完璧だ。


 かわいくも頼もしい助っ人たちににっこりと笑いかければ、嬉しそうにぴょこんっ、ぴょこんっ、と跳ねながら台から降りていった。


(うーん! かわいいっ。この子たちが現れてくれてよかったなぁ。ひとりじゃないって目に見えて思えるし、なんといっても癒されるっ!) 


 衛兵や侍女たちの助けに加え、この子たちまでこんなに一生懸命支えてくれるとなれば、パンこねにもさらに力が入るというものだ。


 魔物たちの数も緩やかではあるけれど少しずつ数も減ってきているし、退治依頼もそう緊迫したものは少なくなってきたように思う。

 このままいけば、あとひと月後くらいにはこの国から魔物がいなくなるかもしれない。そんな淡い期待を抱きはじめていた。


「さぁ、シェイラ様! そろそろ十時の休憩の時間でございますよ。お手を洗ってきてくださいませ」

「本日のお菓子は、料理長自慢のレモンタルトだそうでございます。お飲み物は、先日お気に召したとおっしゃってた茶葉にいたしましたわ」


 テキパキと侍女たちが、休憩のための用意を整えていく。その傍らでは、もっちーズたちがいそいそとパンこね道具一式を片付けてくれる。おかげで手を洗うこと以外することがないくらいだ。


(本当にこの子たち、よく働くなぁ……。何かご褒美におやつでもげられればいいんだけど、何も食べないしなぁ……)


 体がパンでできているからか、どうやらこの子たちは食べ物も飲み物も必要としないらしい。聖力とともにぽんっと現れて、懸命にお手伝いをして夜になると自然に消えていく。毎日がその繰り返しだ。


 会話はできないけど、時々「ふにゅっ!」とか「ふみっ!」、「にっ!」といった声がもれることもある。それがまた一生懸命さを醸し出していてかわいらしい。


「さぁ、シェイラ様。どうぞ」


 すっかり用意の整ったテーブルに案内され湯気を立てるお茶を口にすれば、一気に疲れが解けていく。


 作業台のそばにはもっちーズたち専用のクッションやブランケットが置かれており、すでに皆すやすやと寝息を立てていた。

 その姿に心底癒され、ふわりと微笑んだ。


「さぁ、たーんと召し上がれ! 料理長のレモンタルト、すっごく人気があるんですよ。疲れに効くって評判なんです」 

「うわぁっ。嬉しい! ありがとうございますっ。ではさっそくいただきますっ」


 爽やかなレモンのスライスが美しく並べられたタルトは、なんとも見た目も涼やかで食欲をそそる。

 ぱくり、とパクつけば、口の中いっぱいに甘さと酸味が広がった。


「んーっ! おいひいっ。本当にすっごくおいしいっ。疲れも一気に吹っ飛んでいっちゃいます!」


 思わず歓喜の声がもれた。


「ふふっ! おかわりもございますからね。シェイラ様」

「料理長にも喜んでらしたって伝えておきますわ!」


 カイルをはじめとした衛兵と侍女たちが、嬉しそうに顔を見合わせ笑った。


(あぁ……幸せ。私にはもったいないくらい、幸せだ……。こうなったら一日も早く頑張って魔物たちの脅威から国の皆を解放してあげなくちゃ!)


 こうして皆が自分を支え助けてくれリンドも気遣ってくれるおかげで、今では深夜に自室でこっそりパンをこねることもなくなった。セシリアの安眠ルーティンもすっかり板について、毎晩ぐっすり安眠もできている。

 庶民中の庶民、ただのしがないパン屋の娘の私がこんなにも皆によくしてもらって、感謝しかない。


 その上もっちーズたちの助けで、パンをこねるのも随分と楽になった。


 リンドももっちーズたちの登場で、またひとりで頑張り過ぎてはいないかという不安が少しは払拭されたらしい。そのせいか、一緒に食事をとる機会は以前よりは少しだけ減った。

 けれど今も時間を見つけては、会いにきてくれる。


 一緒に食事しながら、リンドがかつて公務で訪れた珍しい他国の話や最近読んだおもしろい本の話なんかを聞かせてくれる。難し過ぎて時々わからなきこともあるけれど、リンドとの会話はいつも楽しい。

 見たことも聞いたこともない世界をのぞき見れるような気がして、わくわくするから。


 おかげで今ではすっかりリンドがやってくるのを、楽しみに待つようになった。


(まさかしがないパン屋の娘の私が、王子と一緒に食事だなんて……。今でも信じられないな。ふふっ)


 またそのうち会いにきてくれると思えば、たとえ会えない日が続いてもやる気はなくならない。


 聖女としてこの国から魔物を一掃することは、いつかリンドが国王になるこの国を守ることにもつながるのだから。この国に生きる人たち皆が平穏に安心して暮らせるように、聖女としてできる限りのことをしたい。

 自然とそんな気持ちがわいてきていた。


「よしっ! 午後も頑張るぞっ」


 リンドのことを考えていたら、やる気がむくむくとわき上がってきた。

 そのやる気に突き動かされるように、タルトの最後の一口を頬張り意気揚々と午後の仕事に取りかかったのだった。

 


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