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お目付け役は王子様 3

 翌日、リンドは昼食の時間きっかりにやってきた。


「さぁ、シェイラ。午前の仕事はもう終わりだ。食事の時間だから、手を洗っておいで」


 ちらと時計を見れば、確かにもう昼休憩のタイミングではある。


「あ……はい!」


 手元には、すでに次のパン種をこねるための小麦粉の山が積まれていた。けれど王子がきてしまった以上、務めを続けるわけにもいかない。


 急いで手を洗い、席に着いた。


(本当は、もうちょっとやりたかったんだけどな……。今日は朝からは三件も退治依頼が入ってたし。でも……仕方ないか)


 そんなことを思いながら、そろそろと目の前に置かれた熱々のグラタンを頬張った。


「んっ……はふっ!」


 思わず目を大きく見開いた。


 いつも王宮の食事は最高においしい。食材だってひとつひとつ吟味されているし、味付けは上品で。けれど今日の料理は一段と格別だった。


(王子が一緒に食事をとることになったからかなぁ? これまでも最高だったけど、今日はもっともっとおいしいっ!)


 目の前に置かれた料理がみるみる口の中に消えていく。


 なにしろパンこねはとても体力を使う。腕の力だけでやっているとすぐに体のあちこちが痛くなってしまうけど、全身の力をうまく使うと上手にこねられる。

 もっとも自分の場合は、それがちっとも味には反映しないんだけど。


 とにかく、パンこねはお腹がすく。よって散々パンをこねた腹ペコの状態で、こんなにおいしいお料理が並んでいたら夢中になるのは当然だった。


 はっと気がつけば、テーブルの向こうに座るリンドがくすくすとおかしそうに笑っていた。


「ふふっ。シェイラはとてもおいしそうに食べるんだね。見ていてとても気持ちがいいよ」

「あ……」


 そうだった。リンドがいたんだった。すっかり忘れてた。


 食べることに夢中でリンドの存在をきれいさっぱり忘れていた自分に愕然とし、途端に恥ずかしくなる。


「あ、あの……えっと、お腹がすいていたものでつい……。すみません……」


 きっといつもの調子で、大口を開けて食べていたに違いない。とんでもない失態だ。


(お行儀悪いってあきれられてないかしら……。恥ずかしい! だってあんまりにもおいしいんだものっ)


 思わずナプキンで顔を覆えば、リンドがやわらかな声で言った。


「ふふっ。いや、おいしいのなら何よりだ。ちゃんと三食しっかり食べてもらわないと、君の体が持たないからね。食べたいものがあったら、私から料理長に言っておくよ。何がいい?」

「イエ……。スキキライハトクニナイノデ、ナンデモオイシクイタダキマス……」


 消え入りそうな声で答えれば、リンドが楽しそうに声を上げて笑った。


「元気そうで安心したよ。この間は目の下にくまを作っていたようだったし、なんだか元気がなさそうだったから心配してたんだ。やっぱりきてよかった」

「あ……」


 そう言えばこの間、ここにリンドが顔を出したことがあった。一言二言話して帰っていってしまったけど、言われてみればあの時リンドはちょっと心配そうな顔をしていた気もする。

 もしかすると、町歩きに同行してくれたのは自分を心配してのことだったのかもしれない。


 なんだか胸がじんとする。リンドも侍女たちも皆、なんて優しいんだろうって。


「ご心配をおかけしました。お気遣いいただいて、ありがとうございます。昨夜の安眠ルーティンも最高でした!」


 セシリアによる安眠ルーティンは、実にすごかった。


 セシリアの父親が眠りの専門家とかで、昔ある医者に快眠にまつわるありとあらゆる健康術を教わったことがあるらしい。それをもとに、今では王族相手にも快眠指導を行うほどすごい人なんだとか。


『シェイラ様、眠りというのは健康の肝なのです。そのためには夜は決まった時間にきちんと寝支度をしてベッドに入ることが肝要です』

『は、はいっ』

『そして心地よくスムーズに入眠するためには、その日一日にたまった疲労をほぐす必要があるのです』

『疲労を……ほぐす?』


 セシリアは手取り足取り、心身の疲れをほぐす方法を教えてくれた。

 たとえば体のこの部分を優しくマッサージしてあげると、体の中の老廃物が流れて寝ている間に回復しやすくなる、とか。

 ツボと呼ばれる体のあちこちにある部位を押すと、さまざまな効果を得られるとか。


『セシリアさんって……、すごいです! 本当に体が軽くなった気がしますっ』


 王宮に上がって以来、ふかふかのベッドはとても心地よいのだけれど慣れない生活で目には見えない疲労がたまっていた。けれどこんなに贅沢な暮らしをさせてもらっているのに、不平なんて口にできない。

 だから知らず知らずのみ込んでいたのだ。


『こんなことならもっと早く、セシリアさんにご相談すればよかったです! そうすればもっと魔物を倒せたかもしれないのに……』


 なかなか魔物退治が進まないのは、もしかしたら自分に努力や工夫が足りなかったせいかもしれない。そんな思いで苦笑すれば、セシリアは乱れた髪を優しく梳きながら首を横に振った。


『それは違います。シェイラ様はこれ以上ないほどに熱心に務めに励んでおられます。これ以上の頑張りは、毒ですよ』

『そう……かなぁ?』

『きっとそのうちうまくいきます。あまりご自分を追い詰めず、私たちや殿下を頼りにしてはいかがでしょうか。シェイラ様が明るく笑っていてくださると、私たちも嬉しいのですから』

『セシリアさん……』


 自分ひとりで魔物と対峙している気になっていたけれど、きっと違う。自分を支えてくれるたくさんの人と一緒に、国の危機に立ち向かえばいいのだ。

 すとん、とそんな気持ちが胸に落ちた。


『ありがとう……! セシリアさん。これからはもっと皆さんを頼ることにしますっ。ひとりでどうにかしようとしないで、皆で一緒に頑張ればいいんですもんねっ!』

『はい。シェイラ様!』


 その夜、王宮に上がって以来朝まで目を一度も覚ますことなくぐっすりと穏やかに安眠できたのだった。


「そうか。ならよかった。セシリアは私たち王族も世話になっているんだよ」


 カイルといいセシリアといい、聖女付きの衛兵や侍女があまりに有能過ぎる。いくら国を守る聖女だからってこんなに厚待遇でいいのか、なんて恐縮してしまう。


 けれどリンドは満足そうにうなずいた。


「セシリアもご苦労だった。今後もシェイラをよろしく頼む」


 セシリアが優雅に膝を折り、優しく微笑む。


「本当に何から何までありがとうございます……。殿下も、セシリアさんも、皆さんも!」


 ぐるりと部屋の中を見渡し、居並ぶ面々にぺこりと頭を下げれば皆がくすぐったそうに微笑んだ。


 その日から、公務の合間にリンドと過ごす時間が一気に増えたのだった。


 

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