天使だって、つらいんだよ 少年と母の愛の物語
こういうのは、やるつもりではなかった。
定番は嫌い
「う……あぁあ」
とりあえず、図工室には来てみた。だけど、そこに瀕死の状態で倒れていたのは老いぼれた理科教師ではなく、小学二年生倉に見受けられる少年だった。あぁ、もうまた間違えちゃったよ。今度こそ天使首になっちゃうかな……。まぁ、そんな私のことは置いといて死因は老衰ではなく……うーんなんなんだろう? 血が出てるのは分かるんだけどな。
いつもなら、普通に図工室に入ってさっさと用事を済ませちゃうよ。だけどね、今は図工室のドアの陰に隠れてタイミングを見計らっていた。何故なら、もう一人中に人がいるから。女の図工教師がね。え? 天使の姿なら忘れてもらえるんだから堂々と中に入れって? ――そんなの出来るわけないじゃん。
図工教師、その倒れて血をふき出している少年を見て泣きそうになってる。しかも、謝りながら。
「ゴメンね。翔ちゃん。助けられなくて。こんな私でゴメンね。私が全て悪いんだよね。ゴメンね、ゴメンね。……ごめんなさい」
とね。ここからぎりぎり見える彼女の横顔はとても暗くて、いつもの気丈な図工教師を思い起こさせないほどだ。何て考えている間に図工教師は少年(翔ちゃんっていうのかな?)に抱き、顔をうずめる。もう少しで死体になる少年に。
「私が……私が、助けられなくて。私が駄目な子で。駄目な母親で。母親失格だよね。あはっぁぁ」
無理やり笑っている図工教師の顔を見るのが辛くてそっぽを向きたくなる。でも、私は天使。そっぽなんて向けない。
今、ここからでていって仕事をしよう。それなら羽を開くべきだ。
―― 羽よ開け ――
バサバサッッ
羽はいつものように音を立てて開く。その音に驚いてこっちを向く図工教師。私はゆっくりと図工室の中に入って行く。開いた窓から時折雨粒が入ってくる。カーテンはゆらゆらと動いている。彼女、その図工教師が動きを止めても、ほらこんなに世界は動いてる。
「天使……様」
「そう、私は天使」
「お願いです! 私はどんなことでもしますからこの子を、この子をお願いだから助けてください! このこはまだ、七歳なんです。なのに死ぬなんて、あんまりです! お願いです。お願いです」
「それは……できません」
「なぜ! 天使様!」
つらいよ。最後に私の姿を見てこんな勘違いして必死に命乞いをする人を見るのは辛いよ。うんざりだよ。でも、天使さまは……定めを守らなければならない。感情を介入させてはならない。
「私は何も出来ません。それに、それが定めなのです。この子が死ぬのは運命なんです。逆らえないのです。逆らったとしても、彼はその時には生きていないでしょう。生きていても今のように戻れないでしょう」
「でも! 私この子にまだ謝ってないんです」
「引き止めないでください。彼が無事に天国にいけません」
もちろんはったり。つまり嘘。天国なんてない。地獄がないならば。唯一光の国と闇の国、そしてその上のほうに三大神の国がなんとなく存在してるだけ。
でも、人間にはやっぱり天国という言葉は効く。
「だけど……」
あきらめきれなそうだけど。
でも、もうあきらめるしかないよ。死神が鋸持ってやってきちゃったし。いま、記憶と魂取り出しちゃったし。光る玉が二個中に浮いてるし。
「大丈夫、きっとまた生まれ変わってきますから」
私は少年のために取っておいた笑顔で言う。人を最後に幸せに出来る笑顔で。人間にしか出来ない笑顔で。
「あぁぁぁっ」
今まで泣かないように我慢していたのだろう。だけど、限界にきちゃったみたい。私、天使の前で涙を流し始めた。




