幼馴染のプリズナー【CERO Z】
昔の作品を少し簡潔に改稿しました。
彼女が泣いていた。
――けれど、それは“僕の彼女”ではない。
幼なじみの、沙樹だった。
理由は分かっている。
彼氏に、振られたのだ。
「……他に、好きな子ができたからって……」
かすれた声が、夜の静けさに沈む。
典型的すぎる別れの言葉。けれど、その残酷さは、彼女の表情がすべて物語っていた。
◇
思えば沙樹は、いつも彼に合わせて生きていた。
髪型も、服装も。
「彼が好きだから」と言いながら、無理をして笑っていた。
――だから、報われてほしかった。
「沙樹は頑張ったよ。無理してでも彼に合わせようとした。それだけで十分だ。……だから次は、疲れない相手を探せばいい」
言葉は拙い。けれど、今の僕にできる精一杯だった。
沙樹は涙を拭き、かすかに微笑んだ。
「……君って、本当に優しいよね。……好きになっちゃうかも」
一瞬、時間が止まった。
胸が高鳴る。けれど、その響きは恐怖に似ていた。
――これは、ただのリバウンドだ。
僕は代用品にはなれない。
それでも、彼女の目はまっすぐで。
揺れる想いを、逃げ場なく突きつけてきた。
「もし、私が君を好きだって言ったら……どうする?」
◇
既視感に襲われる。
あの夏の日。まだ幼かった頃。
同じ問いを、彼女は一度だけ投げかけてきた。
その時、僕は照れ隠しで言ったのだ。
「そんなわけないだろ」――と。
あの時の彼女の沈んだ瞳を、僕は今も忘れられない。
「私は……ずっと、君のこと……」
「やめろ」
思わず声が荒くなる。
「俺は……代わりになんて、なりたくない」
「ちがう。代わりじゃ――」
「じゃあ、どうしてだ! なんで先輩と付き合った! ……俺だって……ずっと、好きだったのに!」
夜に響いた叫びは、答えを奪った。
沙樹の視線が揺れ、沈黙が落ちる。
その瞬間、分かってしまった。
――もう戻れない。
高校三年の冬。僕と彼女は、取り返しのつかない決裂を迎えた。
◇
五年が過ぎた。
大学に進み、社会人になった。
平凡に見える日常の裏で、ただひとつだけ異常があった。
――沙樹を、忘れられなかった。
奇跡の再会を夢想し続ける。
愚かしいと知りながらも。
届いたのは、一枚の年賀状だった。
『私たち、結婚しました』
白いドレスに身を包んだ沙樹の笑顔と、隣に立つ知らない男。
添えられた手書きの文字。
――今でも、君が好きでした。
――でも、私は幸せです。
――あなたにも、素敵な人が見つかりますように。
視界がにじむ。
泣いていると気づくのに、時間がかかった。
◇
「……どうだった? 新作のゲーム」
フルフェイス型VRを外した僕に、白衣の男が問いかける。
「……最低だ。なんで“救えない幼なじみ”なんて題材にしたんだ」
「はは。俺なりの最高の恋愛シミュレーションを目指したんだけどな」
「俺がNTR嫌いなの知っててやったんだろ。同級生だからって、許せる話じゃない」
「でも……162周も繰り返したんだろ? 君は結局、その世界から逃げられなかった」
胸が痛んだ。
確かに、そうだった。
「夢を応用したシステムだ。過去の記憶をもとに世界を構築するから、違和感なく没入できる。本来は医療用に開発したんだ」
白衣の男の声は、真剣だった。
「君は“やり直したい”と言った。けれど162回ループしても、結末は変わらなかった。つまり――後悔してないんだろう?」
「……ああ」
目を閉じる。
本当は今でも考える。
もし、あの時「俺も好きだ」と答えていたら――と。
けれど、それはもう叶わない。
人は後悔を抱きながら生きていく。
それもまた、真実の終わり方だ。
「感想は?」
白衣の男が笑みを浮かべる。
僕は静かに答えた。
「――これが、俺のトゥルーエンドだ」
作品の感想など頂けると今後の執筆の励みになります。