もう恋なんてしないわ絶対
私の名前はカミーラ・ドラクル。
えっ、吸血鬼みたいな名前だって?
大当たり、吸血鬼なのよ。
さて、そんなどこにでもいる普通の吸血鬼の私なんだけど、他と吸血鬼とはちょっとだけ違う点がある。
「お嬢様、本日のお召し物、こちらの新作はいかがですか。念のために五色候補を用意してございますが」
「ああ、うん。それでいいわ、ありがとう……」
それは、よくできた従者がいること。
「ねえ、セバス。前にもいったけど、私のためにそんなに散財しなくてもいいのよ?少し昔の服なら沢山あるし」
「20年以上も前のデザインは、人間基準だと古くてダサいのでダメです」
そして、従者が人間と言うことである。
なんでこんなことになっているかと言うと、話は5年ほど前に遡る。
吸血鬼が人の生き血を飲むとか、そういうのは全部ウソぴょん嘘っぱちだ。あと、人を軽く脅かせることは多々あるが、殺したりみたいなことはめったにしない。
なぜなら妖魔というのは全て、人々の幻想や恐怖心を糧に生きているから。
畏怖してくれる人間がその地にいないと妖魔は力を失いやがて存在も消滅する。だから人間を減らすような真似はナンセンスなのだ。人命を大切にしなくてはならない。
だだし、何事にも例外と言うのはある。
例えば強盗集団。てめーらはダメだ。
あいつら、割と怖いもの知らずな上に他の人間を襲って殺すからね。すると他の人間も「一番怖いのは同じ人間」ってなるし、土地からも流出するの。こちらとしては冗談じゃないわよって感じ。
それで、立派な馬車を強盗集団が襲っているところに出くわしたので皆殺しにしたんだけど、襲われた側の唯一の生き残りが「役に立ちますので、どうか貴女にお仕えさせてください」なんて言い出して、強引についてきてしまった。それがセバス。
どうやら行く当てがなかったらしい。それに恩返しの気持ちと私の外見が好みだったのもあるとか。何か企んでいるのかと疑い『魅了』の魔法をかけてみたが嘘は言っていないらしい。変わった子供だというのが第一印象だった。
当時、セバスは私よりも背の低いちんちくりんで、正直なにも期待してはいなかったんだけど、まあ優秀だった。
彼は盗賊たちの遺品を売り払い、そのお金を元手に根城にしていた廃城をリフォームして、調度品も整えてくれた。以前はオンボロ棺桶で寝てたのに、おかげで今はふかふかベッド、実に快適である。
人間社会についてはよくわかんないけど、そういえばあの年であんな立派な馬車に乗っていたのは結構凄いことなのか?
まあセバスの過去のことはいいや、話したくなったら向こうから話すでしょうし。
さて、そんな生活も早5年。セバスは高身長の美丈夫となっている。
私が起きている時間は基本的に、執事の様に私の左隣に付き従っており、寝ている時間は廃城の図書室に残っていた蔵書で色々と学んでいるようだ。
魔法も使えるようになり、時々ふらっと何処かに出て外貨を稼いできたりもする。
しかも、行く先々で色々と私にとって得になるような噂まで流しているらしい。あと、最近は私のカリスマ性を高めるとか言って服装のプロデュース的なことまでしてくるようになった。
ちょっと優秀すぎやしないかしら……
おそらく人間基準では『三顧の礼で夫に迎えたいスパダリ』ってやつなんでしょうね、この男。
え、惚れたのかって?ないない。
惚れた腫れたなんて言うのは、つがいで子孫を残す短命種における話だ。私には関係ないわね。
吸血鬼は恋なんてしないの。
◇
気が付けばそれから20年が経過していた。
その間、ヴァンパイアハンターに襲撃されたり、その雇い主だった悪徳新興宗教をぶっ潰したりした。
とはいえそれ以外に大きなイベントは……なくもなかったけど……まあ終わってみれば、あっという間の20年だった。
そしてその間、セバスはずっと私の左隣にいて、行動を共にしていたわ。
20年前、若い美しい獣みたいだった彼は現在、貫禄のあるイケオジって感じの風貌になっており、燕尾服とマントが実によく似合う。
王族に仕える執事長みたいだ、いや執事の服装ってそう言うものなのかよく知らんけど。
しかしまあ、飽きずによくやるわね。
「ねえ、貴方って他にしたいことはないの?」
「お嬢様の傍にいて尽くすことが今の私のしたいことですよ」
へえ、ほお、ふぅーん……
まあ悪い気はしないわよね。
気が付けばそれからさらに20年が経過していた。
その間、廃城の近くで戦が起こったり、両国の責任者をぶん殴って止めさせたりした。
とはいえそれ以外には大きなイベントは……なくもなかったけど……終わってみれば、あっという間の20年だった。
そしてその間セバスは、やはりずっと私と行動を共にしていた。
20年前イケオジだった彼は現在、カイゼル髯にモノクロって風貌になっており百戦錬磨の老執事って感じの風貌だ。
「お嬢様、今よろしいでしょうか」
左隣はもうコイツの特等席だ。
でかくて見晴らしが悪いけど、それにも慣れた。
「あら、もうドレスの新調の時期?面倒くさいわねぇ……」
「いえ、そろそろお暇を頂きたく、そのご相談です」
ふむふむ……はい?
◇
やめる、とはいったいどういうことか。
そう問うと、セバスは2つ理由があるのだと言った。
「一つは老いです。これから私は少しずつ、できない事が増えていくことでしょう。その無様を貴女にだけは見せたくない。」
セバスの背筋はピンと伸びており、衰えた感じは一切ない。
しかしそうか、人間とは、もう『そういう時期』に差し掛かってくるのか。
私は別に気にしない……といったらウソになるな。
セバスが老いても失望はしないだろうが、動揺はするかもしれない。それに吸血鬼も矜持を大切にする種族なので、眼前の男の気持ちもなんとなく分かった。
「あとは、傍にお仕えするのとは別の『やりたいこと』が見つかりまして。後悔しないよう、今のうちに世界を巡りながら挑戦をしてみたいなと」
「あら、それは何?」
「秘密です。でも、旅先から手紙を送りますよ」
「そう……いいわ、暇を与える。」
「いままでありがとうございました。」
まあ、この男は今や魔術の達人だし経験も豊富だ。どこに行っても上手くやるだろう。
命の恩などとっくに返し終えている。ならば、後は好きに生きてくれればいい。
本心から、そう思った。
「いままでよくやってくれたわね。余生を楽しみなさい」
「お嬢さま、どうぞお元気で。」
「どちらかと言うとそれ、私のセリフだけどね」
数日後、私たちはそういってあっさりと分かれ、それが今生の別れとなった。
◇
とはいえ、なんとなくセバスは死ぬまで私と一緒にいるものだと思っていたので、あの日以来、急に見晴らしがよくなった左にすこし戸惑っている。
吸血鬼は食事を必要としないが、戯れにセバスが淹れた紅茶を嗜んだりもしていたので、そういった無駄が無くなった日々が少し味気なくも感じる。
それでふと、自分でも紅茶を入れてみようかと思いついたときは、久しぶりにちょっとだけ心が踊った。
湯を沸かした後で茶葉のありかが分からなかったときは、思わず苦笑してしまったけれど。
あと、淹れ方が良くなかったのか、あまり美味しくなかった。
セバスからの手紙はきっちり月に一回届いている。あと、流行のドレスも。
どうやら、人助けをしながら世界中を旅しているようで、手紙は読み物としてもなかなか面白かった。
ちなみに先月は、自らと同じような境遇にあったエルフの少女を助けて弟子にしたとのこと。……なんかムカつくわね。
そして、つい先ほど届いた手紙では、実はそのエルフは少年で、実年齢は自分と5つ程しか変わらなかった旨がバツの悪そうな筆致でかかれていた。ウケる。
そんな日々が続き、左の見晴らしのよさに戸惑いを感じなくなってきた頃、セバスからまた手紙が届いた。
そこには、こう書かれていた。
『老いと病で長くありません。これが最後のお手紙になります』
気が付けば、セバスと別れてから20年が経過していた。
人は大体70から80年程度で死ぬ。分かっていたことだ。
そして、全然分かっていなかった。
今まで届いた手紙を一通目から全て読み返し、もう一度読み返し——気付けば、天涯付きベッドの中は手紙で溢れかえっていた。膝を抱えて、たかだか60年ほどしか一緒に暮らしていない人間に随分と執着したものだと思う。
そんな時、城に来訪者が来た。
ヴァンパイアハンターの襲撃だった。
こういった場合、ハンターの雇い主はだいたいが箔付けをしたい悪徳新興宗教だ。そうか、前の奴らを潰してからもう50年くらい経ったのか。その手の悪徳商売は定期的に復活するんだよな。とっとと潰さなきゃ。
あーめんどくさ、またこれやるのか……一体いつまで?
「ははは、やった吸血鬼を捕らえたぞ」
「でも、噂とは違い女の吸血鬼だったな……まあいいか、後は心臓に銀製の杭を打ち込むだけだ」
全然モチベーションが上がらず、ダラダラ戦っているうちに気が付いたら結界魔法に捕らえられていた。まだ頑張れば脱出できるかもしれないけど……なんかもういいや、全てがめんどくさい。
迫る死を受け入れて目をつぶり、脳裏に浮かんだのはセバスの顔だった。
……あら、なかなか衝撃が来ないわね。
それとももう死んで、死後の世界なのかしら?そんなものが本当にあるかは知らないのだけれど。
そうして目を開けると、ヴァンパイアハンターたちが昏倒していた。これは……セバスが得意だった催眠魔法?
「ああ、よかった。いきなり死にかけているんで驚きましたよ。」
「へっ?」
「吸血鬼のカミーラ・ドラクルさんですよね。僕の名前はシルフィ、師匠の——セバス・ドラクルからの紹介でやってきました。現在身寄りがないので、よかったらこちらで雇っていただけませんか?」
それから三日後。
シルフィの従者ぶりはというと……なかなかにポンコツだ。
仕方がないので、現在は私が家事のほとんどを行っている。しゃーなしやぞ。
「あなた、こんなんで今までどうやって生活してきたのよ」
「家事は最近までは師匠が全部やってくれていましたね!それに甘えているうちに、すっかり腕が鈍ってしまいました」
あっはっはと満面の笑みでの返答に思わず脱力する。そういえば、あいつは何でもできるしやるから、人を堕落させるところがあったわね。悪魔よりも悪魔らしいわ……
「ねえ、お嬢様。師匠の若い頃ってどんなだったんですか?」
「ん、そうねぇ。人間にしては……素敵な人だったわよ。」
「おお!もしかして種族差を超えたラブロマンスとかありました?」
目をらんらんとさせて詰めてくるシルフィ。
それに苦笑しつつ、ふと思う。この子のような長命種を私の元によこすのが、あいつの『最後にやりたいこと』だった……というのは考え過ぎかしら。
いや、でもあの男なら企画しかねないな。
こちらがアッと驚く、そんなサプライズが大好きな男だったし。
だってほら、惚れた腫れたのあの頃だって——
「語ると長くなるわよ。」
「どんとこいです!」
ああ、あの時は楽しかった。
驚きだらけのびっくり箱のような毎日……本当に楽しかったな。
そう思いながらふと左を見る。
視界は広く、スッキリとしていた。
だから、私はきっと——もう恋なんてしないわ。
「はい今日の話はここまで。それよりもシルフィ、はやく仕事できるようになりなさい。いつまでも主人を働かせるんじゃなくて。」
「とか言いながら、ゴスロリメイド服着てるし。というか、お嬢様の部屋にある服って『その系統』ばかりですよね、趣味なんですか?」
えっ!?
服は昔から、セバスが『流行りのドレス』を選んでいたはずなんだけど……