プロローグ
「おーい!ちょっとこれ運ぶの手伝ってくれよ。職員室まで持ってかなくちゃいけなくて。」
昼休みの時間、月野 優希はトイレから出たところを同じクラスの男子に呼び止められた。その手にはドッサリとプリントが積まれている。
「ああ、いいぞ。」
弁当も食べた後だったし、特に予定もないので二つ返事で了承する。
「サンキュー!やっぱお前がいると助かるわ!」
「なんだよそれ・・・まあこれくらいなら大丈夫だけど。」
「マジありがとな!あ、そういえば・・・」
職員室に向かう道中も昨晩のテレビの話や最近彼女と別れたことなど延々と話しかけてくる。自分があまり口の回る方ではないので素直に感心するが、1階移動するだけなのであっという間に到着した。
「あら、月野。」
背後から突然声をかけられた。こちらを見下しているような冷たい声。その声の主にはよく心当たりがある。
「香奈。お前も何か用事か?」
天野 香奈。腰の辺りまで伸びた綺麗な銀髪が特徴的な美少女で成績も良いため憧れる男子は多い。まさに物語の中から出てきたような人物だ。一応俺とは家が近所で幼稚園からの幼馴染だが、中学生くらいから次第に距離を取られるようになった。
「私は生徒会の書類を届けに来ただけ。あなたは・・・」
山積みのプリントを見ると、心底呆れたようにため息をつく。
「なるほど、本当にお人好しね。今後ともみんなのために頑張って。」
悪態をつきながら香奈は廊下を曲がり、その姿は見えなくなっていく。
「・・・なあ、天野って普段から人当たりがいい方じゃないけどさ、何したらここまで嫌われんの?」
「いやー。サッパリわからん。」
嘘を吐いた。本当は香奈が俺を嫌うようになった原因はわかる。しかし、『それ』をやめるわけにはいかない。
「っと、じゃあ俺は先に教室帰っとくよ。」
「おう!ありがとな、あとでジュース奢るぜ!」
「いや、大丈夫だよマジで。」
男子生徒と別れ、1人で教室の自分の席に帰ると直に授業開始のチャイムが鳴り響く。昼食後の日本史は若干の睡魔に襲われるがなんとか堪えていると、いつの間にか授業も終わって放課後を迎えた。
「ようやく終わった〜。翔はこれからサッカーとか大変だな。」
「まあな。でも楽しいし、お前も部活やればいいのに。」
へらへらした笑顔を見せた、少し天パの長身の男。彼の名前は星川 翔。もう1人の俺の幼馴染で、高校2年生にしてうちの強豪サッカー部のエースストライカーを務めており、普段はおっとりしてるがセンスに溢れたいろいろと凄いやつだ。
「遠慮しとく。それに言っただろ?最近バイト始めたんだ。ここから近いファミレスだから知り合いも結構来て恥ずいけど。」
「あーそんなこと言ってたな。あヤバ、部活始まるから行かないと。」
「もうそんな時間か!?俺もバイト急がないと。」
じゃあな、と短く言葉を交わした後、小走りでファミレスまで駆け出す。幸いバイトには無事間に合い、3時間ほどのシフトも何事もなく終えることができた。
「う〜ん、流石にちょっと疲れたな。」
独り言を呟きながら帰路に着こうとすると、見知った人物が歩いてきた。
「香奈じゃん。生徒会、今終わったのか?お疲れ様。」
一瞬驚いたような顔をするものの、返事をすることはなくそのまま先ほどまで働いていた店へ入って行った。
「無視って・・・そういえば香奈が家以外で食べるの珍しいな。」
気になりはしたが後を追って質問しても嫌な顔をされるだけだ。さっさと家に帰るとしよう。
「ただいまー。」
玄関のドアを開け、軽く伸びをしながら帰宅する。すると、キッチンとリビングからほとんど同時にお帰りと返ってくる。
「父さん?今日は早いんだな。」
父は警察官であり、日頃から帰宅時間は遅い。日によっては泊まり込みで仕事をすることもある。俺がお人好しになったのも正義感の強い父の影響が大きいだろう。
「おう。2人と一緒に晩飯食べれるのもえらく久しぶりな気がするな。ところでバイトはもう慣れたか?」
「みんないい人だし思ったより早く馴染めたよ。まあ、流石に疲れたしご飯できるまでちょっと横になってる。」
階段を上がり自室に戻ると、力無くベッドに飛び込み、スマートフォンをいじり始める。丁度そのタイミングで通知が一件届いた。
「星座か・・・」
時期は8月上旬、最近はテレビニュースでも夏の大三角がどうたらこうたら、という内容をよく耳にする。何気なくベッドのすぐそばの窓から空を見上げてみた。もっとも、星座の知識なんて全くないのだが・・・
案の定、夜空に輝く星は綺麗だと思うが不規則に並んでいるようにしか見えない。キッチンの方から母の呼ぶ声も聞こえてきた。大人しくご飯を食べようと思ったその時、
「・・・流れ星?」
突然だった。まるで夜空の星々の間を引き裂くように一筋の光が降ってきた。すぐに消えてしまうと思っていたが、数秒経った後も変わらず残り続けている。ついにそれは家から数キロほど離れた郊外の山に落ちた。
「優希?ご飯だぞ?」
中々降りてこない自分を心配したのか、父が部屋まで呼びに来たが、
「ご、ごめん!ちょっと出かけてくる!」
「おわっ、どうした!?」
ドアの前に立った父の脇を通り抜けると、庭に置いてあった自転車を引っ張り出し、一目散に山へ走り出した。
「ハァハァ。」
最近はあまり運動をしていなかったせいですっかり息が上がってしまうが、関係ない。久しぶりになった自転車は碌に整備されておらず、ペダルを漕ぐたびに錆びついたギィという嫌な音を立てるが、これも関係ない。一刻も早く流れ星の正体を突き止めたい。この好奇心を解決する他に今の優希を止める手段はないのだ。
麓の駐輪場に着くと自転車を立てかけ、登山道を登って行く。遠目からだったが落ちたのは中腹の辺りに見えた。それほど高い山ではないのですぐに辿り着き、周辺を見回す。しかし、それらしき物は見つからない。ここで嫌な予感が浮かんでしまう。
「気のせい・・・じゃないよな?」
元々疲れていたのも合わさり、見間違えたのではないか。そもそも、本当に流れ星が落ちてきたのならもっと大きな騒ぎになっているはずだ。そう考えると、途端に気が抜けてくる。ここに来るまでにそれなりの距離を走ったため、既に肩で息をしている状態も相まって崖になっているのも気づかないほど。
「うわあぁぁ!」
高さにして2メートル程度だろうか。昨晩降った雨で泥濘んだ地面に滑り、頭を打ちつけるかに思われた。しかし、誰かが咄嗟に手を掴み、支えてくれたのだ。無我夢中で這い上がり、ようやく助けてくれた人物を見上げた時に驚愕した。まだ10歳にも満たないかに見える男性から女性かの区別もつかない、中性的な外見をした子供。無表情でこちらの目をじっと見つめてくる。
「えっと・・・君が助けてくれたんだよね?ありがとう。もしかして君も流れ星を探しに・・・」
ここでその子はクスっと笑い、ようやく口を開く。
「あれは流れ星ではないよ。」
「え、それじゃあ一体?」
すると、深々とお辞儀をしながら子供とは思えない丁寧な口調で挨拶をした。
「初めまして、僕はソラ。突然で申し訳ないけどぜひ、君の知る人の在り方を教えてほしい。」