9. 悪夢の主、撃滅のピンカーヴィー
「な、なんだこの量は!?」
「空が人だらけよ!」
ソースノ島西部。
この島の奪還に向けて上空に飛び立ったミモニー達が見たのは、大量の敵兵だった。
『どうやら南北の空軍を呼び寄せて、ほぼ全ての戦力を中央に集結させたみたいね』
何故敵がこのような配置変更をしたのか、ミモニーはその理由を推測した。
「何か重要な施設があるのでしょうか?」
もしそうだとすると、最優先でその施設を破壊か占拠すべきである。
『いえ、そういう情報は入ってません。それに敵の配置は何かを守るというより……』
「いうより?」
『なんとしても迎撃したいという意思を感じます』
「え?」
つまり敵の目的は、攻撃側の殲滅。
南北を捨ててでも、必ずここでミモニー達を撃破するという宣言。
『四〇四隊が危険だと判断されたようね』
戦闘が開始されてからそう時間は経っていない。しかも相手は攻撃側に大した実力者は居ないと思い込んでいた。それなのにすぐに危険な敵がいると思い直して作戦を変更させられるということは、相手に優秀な指揮官がいるということだろう。思い込みというものは、どれだけ訓練しても中々簡単に払しょく出来ないものなのだから。
「びゃああああ!あんなの無理ですよ!」
これでは死にに行くようなものだと怯えるミモニー。
だが彼女の腕を掴んでいる二人はそうでもない様子だった。
「敵兵の数はどのくらいだ?」
『およそ百ですね』
「なんだ、なら平気だな」
「シエンちゃん!?」
「そうだね。隊長がいるから問題無いよ」
「マルちゃん!?」
「…………ん」
「トサインちゃんまで!?」
どうやらピンチだと思っているのはミモニーだけだった。
『南北の部隊は地上軍に足止めされて、直ぐにはこっちにこれません。それでも行けますか?』
「余裕だぜ」
「いけるいける」
「無理無理無理無理無理ぃ!」
何故そんなにも信頼されているのか。
どうしてミモニーなら出来ると思われているのか。
「あの日の隊長の姿。あたしは一生忘れません」
「私もシエンも、あなたに憧れてここにいるんです」
『それは非戦闘員の私達も同じこと。ミモニーが居なければ、私達は立ち上がることも出来なかったでしょう』
「うう……うううう……」
とてつもない期待を背負わされて、プレッシャーで吐きそうになる。
どうして自分がと嘆きそうになる。
自分なんかには出来ないと否定しそうになる。
「わ、分かりました。やってみます」
だがミモニーは彼女達の想いを受け入れた。
それは彼女が己の実力を理解しているから、ではない。
「どうせやるしかないわけですし」
どれだけ怖くとも、どれだけ辛くとも、彼女には退く選択肢はない。
彼女には戦う理由がある。
「よぉ~し、そうと決まれば行くぜ!」
「フォローはお任せください」
『敵はミモニーのことを『悪夢の主』と呼んでいるようです。それなら再びその悪夢を見せてやりましょう』
気合十分。百の敵にも臆することは無い。
後に『悪魔の到来』と呼ばれることになる、ソースノ島奪回戦最後の戦いが始まった。
--------
「トサインちゃんは全員を守って! シエンちゃんとマルちゃんは地上部隊のフォロー!」
「はい!」
「はい!」
「…………ん」
ミモニーの指示と同時に、四人は敵に向かって突撃する。
「いっけええええええええ!」
「ええええええええええい!」
シエンとマルがミモニーの腕を掴んで前方に思いっきり投げる。
するとミモニーの身体は何故か急上昇する。
「びゃああああああああ!」
『追え!囲め!止まったらやられるぞ!』
『他は無視しろ!ピンクだけを狙え!』
『死んでもあいつだけは落とせ!』
敵の狙いはミモニー。
シエンとマルが地上部隊の侵攻に合わせて後方に陣取っているため、突出したミモニーは狙われやすい。
『おいおい、単騎で向かわせて大丈夫なのか?』
『無茶苦茶よ!』
『こっちは良いから二人も……きゃあ!』
「全く良くないだろ、ってな。ふぅ、隊長のことを知らない人も結構いるんだな」
民家の屋上から地上部隊に魔法銃による攻撃が降り注ぎ、シエンとマルが手分けして上空から排除する。もちろん敵地上部隊もただやられっぱなしということはなく、対空魔法銃による反撃を試みるが、かなりのスピードで飛行するシエンとマルには全く当たる気配が無い。
運良く当たりそうになったとしても、トサインが魔法弾を当てて消滅させて来る。
『おいおい、あいつらの動きもおかしいだろ!』
『なんであんな奴らが残ってるんだ!素人しか残ってないはずじゃなかったのか!?』
装備が乏しく、実力も足りない。
そんな地上部隊を迎撃することなど容易いはずだった。
だがシエンとマルの上空支援がその難易度を激増させる。
「隊長についていく練習ばかりしてたから、飛ぶことだけは自信があるんだぜ」
「これでもまだまだなのよ」
限られた練習時間で、二人が何を磨いたのか。
それは、コンビネーションによる攻撃と飛翔技術。
ミモニーと共に戦うためには、ミモニーについていけなければならない。攻撃が上手かろうが、防御が上手かろうが、隣にいなければ宝の持ち腐れ。
ゆえにひたすら飛ぶ訓練を続けた。
不規則で予想が出来ないミモニーに必死に喰らいつき、飛んで飛んで飛びまくった。その結果、多少ではあるがミモニーらしい動きが出来るようになり、狙いを定められにくくなったのだ。
『す、凄い……じゃなくて、彼女のフォローをしなければ!』
『そうだ。せめて一人だけでも向こうに行って下さい!』
「あれを見てもそう思うのか?」
「流石隊長。私達も負けてられないよ」
『え?』
『え?』
地上部隊が空を見上げると、そこには大量のパラシュートの群れ。
それはミモニーが無双している証であった。
『なんでだ!なんで当たらないんだよ!』
『来るな!来るな来るな来るな来るな!』
『逃げるな!囲め!囲んで動きを止めろ!』
『ダメです!どんなに包囲を狭めても強引に突破してきます!』
『だったら肉壁にでもなって強引にでも止めろおおおお!』
『ぎゃああああ!』
『うわああああ!』
『きゃああああ!』
『身体で止めようとした三人が体当たりを喰らって吹き飛びました!』
『なんだとぉおおおお!?』
そこは地獄の様相を呈していた。
「死いいいいいいいいねええええええええ!」
どれだけ狙いを定めようとも当たらない。
密度の高い弾幕を張ろうとも突破される。
それなのにミモニーの攻撃は面白いようによく当たる。
『また曲がって……うおおおお!』
避けたと思ったら追尾するかのように曲がって来る。
『壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ!ぎゃああああ!なんでええええ!』
攻撃を破壊しようと何度も当てたのに、壊れることなく貫いて来る。
『取った!きゃあ!』
背後を取ったかと思ったら、ノールックで後ろに魔力弾を飛ばして来る。
殺意に溢れたピンク色の少女が、百発百中に近い精度で次々と敵を屠って行く。
しかも超高速で気持ち悪さすら感じられる不規則な挙動で迫って来る。
あまりの恐ろしさで、たとえ生き延びたとしても新兵は二度と戦場に立てなくなるに違いない。
「殺す!殺す!殺す殺す殺す殺す!」
実力者だろうが新兵だろうが、等しく潰してゆく。
そこに容赦も慈悲も無く、ただひたすらに破壊の限りを尽くす。
『あ、ああ、悪夢は本当だったんだ。主は存在していたんだ』
『あれが悪夢だって!? ふざけるな! 俺達は夢なんか見ていない! ここは現実だ!』
『だったらあれはなんだっていうんだよ!俺達は何を相手にしてるんだ!』
一夜にして百の兵を撃墜させた悪夢の主。
敵軍の中にまことしやかにささやかれていた噂は、あくまでも噂でしか無いはずだった。ただの夢物語でしかないはずだった。
しかしその夢が醒めようとしている。
あるいは現実へと侵食しようとしている。
『ピンカーヴィー』
ふと、誰かがつぶやいた。
『あれは、撃滅のピンカーヴィーだ。ピンクの悪魔が、俺達を滅ぼしに来た』
それはこの世界に広く伝わる子供向けのおとぎ話。
悪いことをしていると、ピンク色の悪魔が全てを破壊しにやってくる。
その名を、撃滅のピンカーヴィー。
宣戦布告も無しに急襲し、制圧し、人々を苦しめる彼らを滅ぼすために悪魔がやってきた。
『いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!俺はまだ死にたくない!』
『助けてお母さん!もう悪いことしないから!』
『な、な、何がピンカーヴィーだ!あんなのただの伝承で……ぎゃああああ!』
視界が優れない夜。
百人の実力者が謎の存在に敗れた。
それは当初悪夢の主として噂され、秘匿され、歴史に残らず消える筈だった。
しかし今、ソレが撃滅せんと再び姿を現す。
同じ百でも実力が遥かに劣る百では相手にもならない。
集められた全ての兵力が、たった一人に倒される。
「撃滅のピンカーヴィー。隊長に相応しい名前だな」
「同感よ。でもいつかは、私達もセットでそう呼ばれるようになりたいね」
敵軍が恐慌に陥り、順調に制圧が進む中、仲間達はミモニーのことを誇らしく思うのであった。
result
四〇四隊の活躍のおかげで、ソースノ島の奪還は成功した。我々の被害は軽微であり、敵の被害は甚大だ。四〇四隊という脅威があると知らしめたことで、敵軍はソースノ島の再奪還に慎重になるに違いない。その間にこの島を大陸攻略の拠点とすべく準備を進める。
攻略開始の時期はそう遠くは無いだろう。各自備えると共に次も生き延びられるよう、しっかりと英気を養ってくれたまえ。
ピンク色の悪魔。もちろんモチーフは何でも吸い込むアレです。性質は全く違いますが。




