3. 落第少女達
「戦闘態勢!」
「はい!」
「はい!」
「…………」
「びゃああああああああああああああああ!」
ミモニー隊長の合図を機にシエンとマルが彼女の腕を離したのだが、その瞬間にミモニーが物凄い勢いで下方に落下してしまった。
「気にせずげいげきいいいいいいいいいい!」
残された彼女達は、無線機から聞こえた隊長の指示を忠実に守り彼女を追わずに目の前の敵と相対する。
「ひゅー!子猫ちゃんばかりだぜ!」
「当たりだああああ!」
「絶対に生かして捉えろ!」
敵はまるでチンピラのような装いの男達。その中の三人が彼女達を見て露骨に舌なめずりする。
今にも襲い掛かってきそうな男達だが、少し後方で離れた所を飛ぶ男が彼らを窘める。
「おい馬鹿。油断するなよ。こいつらが例の女の可能性もあるからな」
「わーってますって。だからこうして仕掛けて無いじゃないッスか」
「でも隊長、あいつらド素人感満載っすよ。あんなにビビってますし、飛び方もなんか慣れてない感じがしますし」
「少しガキだがまぁまぁ上玉だし、隊長の誘いに乗ってこっそり抜け出して来てマジで良かった!」
シエン達が軍人教育をまともに受けていないほぼ素人であることを即座に見抜いた男達は、彼女達を警戒しながらも余裕の態度である。相手が何であれ戦場で気を抜くなどあり得ないのだが、やってしまっているということは彼らは問題児に属するタイプなのかもしれない。
シエン達は体を震わせながらそんな彼らの様子を伺っていた。
『皆、落ち着いて。冷静に練習通りにやりなさい』
オペレータのランドリーが彼女達に声をかけるが、果たして聞こえているのだろうか。
「うおおおおおおお!死ねええええええええ!」
開戦の火ぶたを切ったのはシエンだった。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」
手の平から無数の小さな魔力弾を発射し、敵の目の間に弾幕を張った。
『ダメ!シエン止めなさい!』
「どうして止めるんだ!先手必勝だろ!」
『闇雲に攻撃しても魔力の無駄遣いになるだけ!」
男達はシエンの攻撃に驚くことなく、むしろ嘲け笑いながら弾幕を大きく迂回するように回避した。
『弾幕は相手の移動に制限をかけるために使うの。今みたいに相手の動きが止まっている時は効果が薄いわ!』
「そうだぜ威勢の良い姉ちゃん!」
「きゃあ!」
無線を敵に聞かれているのだろう。ランベリーに同意しながら敵の男の一人がシエンに突っ込んで来た。
慌ててシエンは体を捻りながら飛ぶことで回避したが、もう少しで捕まってしまうところだった。
「あ~あ、惜しかったな。おい!こいつは俺がもらうぞ!」
「くっ、まだ来るの!?」
どうやらその男はシエンに狙いを定めた様子で、またしても突撃してシエンを無理矢理捕まえようとする。
「ほらほらほらほら、さっさと逃げないと捕まっちまうぜ」
空中鬼ごっこが開始され、シエンは必死になって逃げ続ける。左右に上下にと高速で飛翔して撒こうとするが、相手は冷静に背後を取り続け逃がさない。
「舐め……るなぁ!」
だがこれは戦闘機による戦闘ではない。
空を飛ぶ人間同士の戦いなのだ。
つまり背後を取られたからといって、それが必ずしも致命的とは限らない。
シエンは体を前後反転させ、後ろ向きに飛ぶようにして体の前面を男の方に向ける。
「死ねえええええええ!死ね!死ね!死ね!死ね!」
そして彼女を追う男に向けて再び両手から魔力弾による弾幕を生成した。
「ば~か、来ると分かってたら避けるのなんて簡単だぜ」
だが男はそれらを大きく旋回して躱し、サイドからシエンに突撃して来た。
「きゃああああ!」
男の手がシエンの腕に向かって伸び、その肌に触れてしまった。
「くっそ~、もうちょっとだったか~」
だが男の飛翔の精度が悪く、ギリギリ掠める程度で通過した。
「よ~し、次こそは捕まえちゃうぞ~」
「い……いや……」
男の好色な目線に鳥肌が立ったシエンは慌ててまた男から逃げ出した。
「いやいやいやいやあ!」
『シエン落ち着いて!魔力が切れてしまうわ!』
このままでは捕まってしまうと本能が察してしまったのか、パニックになりかけて無茶苦茶な方向に弾幕を張りながら逃げるシエン。だが飛翔に弾幕にと魔力を一気に使いまくってしまっては、魔力切れによって墜落してしまう。その瞬間、男に捕まってしまいゲームオーバーだ。
「う~ん、ランダムだと流石に近づき辛いわ。でもいつまで魔力が保つかな?」
男はシエンを捕まえるのを諦め、彼女が魔力切れになるのを待つことにしたようだ。シエンは敗北を待つだけとなってしまった。
「お兄さん、私と遊びましょう」
「ヘイ、シスター。俺とベッドの中で遊んでくれるのかい?」
シエンが男の一人と鬼ごっこを始めた直後のこと、マルは別の男に狙いを定めて接敵した。
「うふふ、どうやって遊びたいのかな?」
妖艶な笑みを浮かべながら、彼女は長いローブの裾を持ち、太ももが露出するくらい思いっきりたくし上げた。
「なんて罰当たりなシスターなんだ。俺好みだぜ」
男は唐突なマルの行動に驚きつつも、太ももに目が釘付けだ。
それが罠とも知らずに。
「えい」
マルは男の視線を誘導して油断させたところで、高速な魔力弾を放った。
「ぬおおおお!危ねええええ!」
だが精度が甘く、男の脇腹を掠っただけだった。
「あちゃ~。まだまだ練習不足かぁ」
スピードが遅ければ当てる自信があるのだが、スピードを速くすると精度が極端に落ちるのがマルの弱点の一つだった。
「そのローブの下はあとで沢山堪能させてもらうわ。もう油断はしないぜ」
「あらそう?」
念のためふくよかな胸を持ち上げるようにしてみたが、男の視線がそちらに向かうことは無かった。
「それなら真面目にやるしかないね」
マルは突然男に向かって突撃しながら魔力弾を放つ。接近したからか、それともしっかりと狙いを定めたからか、今度は男の身体の中心に向かって真っすぐ飛んで行く。
「うおおおお!」
男はそれを回避して距離を取ろうとするが、マルは臆することなく追撃して攻撃を続ける。
「ぐっ……こいつ強い!」
ミモニーやシエンとは違い、マルは飛び方が上手く魔力弾の精度も高い。戦闘の素人であることには間違いないが、相手の男にとっては十分に脅威となる相手だった。
「一気に行くよ!」
逃げる相手を猛スピードで追いかけ、魔力弾を放つ。一撃でも当たれば撃破可能なのだが、男は必死の形相で何度も掠りながらギリギリで逃げ続ける。
「くっ……どうして!」
『マル!落ち着いて狙って!あなたなら出来るわ!』
何度攻撃しても当たらないことに焦りを覚えるマル。
マルの実力であれば男を撃破するなど容易いことだろう。だが戦闘経験の無さと、初めて人を攻撃することに無意識で躊躇してしまっているのか、本来の実力が出ない。
そして焦っているのは単に男を倒せないことだけが理由ではない。
「こうなったらもっと近づいて…………今!」
相手からのカウンターを喰らう覚悟でよりスピードを上げて接近し、狙いを定めた一撃を放とうとしたしたその時。
「っ!?ケホッ!ケホッ!」
突然の咳により魔力が霧散し、男はマルから一気に距離を取った。
「ケホッ!ケホッ!ケホッ!」
しかもマルの咳は一向に治まる気配が無い。
「おやおやぁ。辛そうだねぇ。どうしたのかなぁ?」
マルの突然の体調不良に、男はにやけながら形勢逆転を確信する。
『マル!逃げて!』
「ケホッ!も、もう魔力……が……!ケホッ!」
マルは優秀なのだが、身体が弱く魔力が少ないという欠点がある。
本来であれば訓練で自分の限界を知り、少ない魔力を駆使した戦い方を作り上げるべきなのだが、いきなり全力の戦闘を仕掛けてしまったため身体が耐えられなくなってしまったのだ。
「よくもやってくれたな。このおかえしは、ベッドの中でたっぷり味わってもらうからな」
勝利を確信した男がマルにゆっくりと近づいて行く。ゆっくりなのは咳がマルの演技かもしれないとまだ疑っているから。
男が彼女の元へと辿り着いた瞬間、マルの戦いは最悪な終わりを迎えてしまうだろう。
「…………」
「お前みたいな幼女が戦場に出て来るとは、反乱軍にはもうまともな戦力が残されていないってことだな」
四〇四隊最後の一人、トサインもまた別の男と相対していた。
「だが悪いな。俺はたとえ相手がガキだろうが油断はしない」
「…………」
しっかりと警戒する男に対し、トサインは明後日の方向を見てぼぉっとしたままだった。
「まぁ安心しな。命を取ることはしないさ。何しろ俺はお前のような女が大好物だからな!」
「…………」
ロリコンをカミングアウトした男が目の前に居ても尚、トサインは無反応。
その様子に男は眉を顰め、どうにかして反応を引き出そうと考えた。
「反応ない相手を甚振る趣味は無いんだが……少し痛い目を見ればこっちを見るか?」
威力を抑えた魔力弾。それをぶつけてやれば何かしらの反応があるだろう。
そう思った男が攻撃体勢を取ったその瞬間。
「…………分かった…………お願い」
これまで全くの無反応で浮いているだけだったトサインが突然開いた右手を大きく天に突き上げた。
「とらんすふぉおむ」
そして力無く何かを口にすると全身が眩しい光に包まれたでは無いか。
「うお!何だ!?閃光弾か!?」
『トサイン!?』
ランベリーが驚いていると言うことは、味方ですらも知らない行為のようだ。
目くらましかと思い魔力弾を消して警戒した男だが、トサインがいる方向から攻撃はやってこない。やがて光が治まると、そこには薄手で緑色のヒラヒラドレスを纏い透明な羽根を生やした、まるで妖精のような少女が浮いていた。
「な……目くらましをして着替えただと!? 戦闘中に空中で着替えるとか、正気かこいつ!?」
『今の一瞬で着替えなんて無理なはず……というかそもそもそんな服を隠し持つスペースなんてなかったはず。一体何をしたの!?』
敵も味方も大混乱の中、トサインは彼らの反応を全く気にせず行動を開始する。
「しるふぃーど、いきます」
「な!疾い!?」
それは超高速の飛行術。
ミモニーのような暴走ではなく、疾く、優雅に、風に乗って大空を楽しそうに舞い始めた。
「まずいまずいまずいまずい!」
このままでは動きに翻弄されて一方的に攻撃を受け続けるだけだ。
男は慌ててトサインに狙いを定めて魔力弾を放つが、元より攻撃技術が高くないこともあり全く当たる気配が無い。
「くそ!それなら近づいてきたところをカウンターで!」
男は待ちの戦略に変えた。相手が近づいて来るということは、こちらも攻撃を受ける可能性が高いということなのだが、その一瞬でのカウンターに賭けたらしい。
「……………………」
男は一つの魔力弾を体の前に生み出し、その時が来るのを待つ。
「……………………」
絶対にチャンスを逃してなるものかと、訓練でもやったことがないほどに集中して待つ。
「……………………」
小規模とはいえ、これも戦争。ここで攻撃を喰らうということは死ぬかもしれないということだから警戒するのは当然だろう。
「……………………さっさと来いよ!」
だがいつまで経ってもトサインは攻撃してこようとしない。
男の集中力が切れてくるが、それを狙って焦らしたのだろうか。
「……………………攻撃してこない?まさか……いや、ありえる。飛ぶのが得意なだけで攻撃が苦手なんじゃ?」
それは希望的観測かもしれない。そう思い込むのは危険だ。
「~~~~~~♪」
だがトサインは鼻歌交じりで気持ち良く空を舞うだけで、男の方を一度も見ようともしないでは無いか。
「あんなに高速で移動してたら魔力の消費が激しいだろう。ならこのまま待機して魔力切れを待ってやる!」
そしてその時こそ、トサインを撃破、いや、魔力切れなら確保すら可能であろう。
「ぐふふ、今のうちに楽しい空の旅を楽しんでおくといいさ。それがお前の最後の旅路になるのだからな」
舌なめずりしながらこの後のことを夢想して興奮する男だが、内心ではトサインが何か仕掛けてくるのではと半信半疑であり、身体を震わせながらその時を待つのであった。
『シエン!避けて!』
『マル!体が辛くてもどうにかして逃げて!』
『トサイン!相手を攻撃して!それかシエンやマルを助けに行って!』
ランベリーが無線を通じて叫ぶが、三人とも思うように動いてくれず、ピンチに陥っていた。
攻撃が下手ですぐパニックになってしまうシエン。
優秀だが体が弱いマル。
自分勝手な行動しかしないトサイン。
彼女達が軍人としての教育を受けられなかったのは、軍人に向いていない落第組だから。突然の戦争により彼女達を鍛えることは後回しになり、結果として最後まで生き残ってしまった。
だがそんな彼女達ですら戦わなければならない状況に追い込まれていた。
彼女達がピンチに陥ろうとも、助けに飛び立てる者が基地にはもう居ないほどに。
このままでは四〇四隊は壊滅。
最後の基地が破壊され、戦争は終結する。
「くっくっくっ、ちょっくら抜け出して遊びに来ただけだが、こんな大物に出会えるとはな」
戦場から少し離れた所で、仲間が少女達と戦う姿を見ながらほくそ笑む男。
敵小隊の隊長であるその人物は勝利を確信していた。
「女共は中央に連れてかれて、俺達みたいな末端にはまわって来ないからな。もしもこっそり手出しでもしようものなら極刑だなんてふざけた話だ。だが、発見してないのならば、処罰される恐れは無いよなぁ」
そのために男達はこっそり抜け出して来たのだ。
もしかしたら生き残りの女性敵兵と出会い、上に知らせずこっそり確保できるのではないかと思って。
その狙いは成功し、男達はもうすぐお宝をゲットできるだろう。
「いや!」
「もらったぜ!」
ついに男の一人が、シエンの腕を掴んでしまった。
「死いいいいいいいいねええええええええ!」
その声はシエン達の下方から聞こえて来た。
何事だと男がそちらを向くと、暴走していたミモニーが急上昇して来た。
「うお、なん……ぐわああああああああああああああああ!」
男が彼女を視認した瞬間、身体に強烈なダメージを受けて男は気絶し、シエンの腕を離して力無く落下する。その途中、パラシュートが自動で起動したので落下死することは無いのだが、大ダメージを負って気絶したまま海に落ちては生き延びるのは難しいだろう。
「隊長!」
複雑な想いを秘めたシエンの言葉を背に、ミモニーは次の相手に向かって不規則な軌道で飛んで行く。




