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撃滅のピンカーヴィー ~落第少女達の成り上がり~  作者: マノイ
エピローグ

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28. 帰る場所

 開け放たれた窓から潮の香りが漂い、押しては返す穏やかな波の音色が眠気を誘う。


 ベッドの上で上半身を起こしながら、傷ついた少女ハロモゴは無感情な瞳を海に向けていた。


「帰りたいのですか?」


 そんな彼女に向けて話しかけたのは、病室の隅に置かれた椅子に腰かける一人の若い女性。

 ハロモゴの担当医であり、彼女の監視役でもある人物だ。


 ここはソースノ島の病院。

 海の向こうには大陸があることから、ハロモゴが帰還を願っているのではと担当医は考えた。


「…………」


 しかしハロモゴからの答えは無い。

 とはいえ担当医がそれを気にすることも無い。


 何かを問いかけても反応が無いのは、いつものことだから。


 しかし偶然なのかどうなのか、この日だけはいつもと様子が違った。


「…………ミモニーは、どうしてますか?」


 か細い声で、海を相変わらず見つめたまま、彼女はそう問い返した。


 先の質問への答えでは無いが、反応が返って来ただけで十分と判断したのだろうか、担当医は少し安心したかのような表情を浮かべている。


「ミモニーさんは、ユーイ海岸で次の出撃に備えてます」

「…………」


 質問に対して答えがあったのに、ハロモゴは何も言わなかった。

 あまりにも失礼なのだが、担当医は全く不満に感じていない。


「…………」


 それからしばらく、ハロモゴはまた無言で海を眺める。

 そしてやがて、ポツリと言葉を漏らした。


「私は……間違っていたのでしょうか」

「どうしてそう思うのですか?」


 担当医は彼女の言葉を肯定も否定もせず、より深く考えを引き出そうとする。


「ミモニーに重荷を背負わせすぎてしまった。だから彼女は変わってしまった……」


 臆病で優しいミモニーが、好戦的な性格に変わってしまったのは、彼女に『生きて欲しい』と重い願いを託してしまったからではないか。しかもそのために自分が犠牲になったことで彼女の心が壊れてしまったのではないか。


 今も普段のミモニーはハロモゴが知っている時と同じ姿なのだが、戦場での彼女しか知らないハロモゴはそう思ってしまった。


「私は昔のお二人の様子を知らないので、その辺りはなんとも……戦場での彼女の姿は貴方にとって馴染みのない様子なのですね」

「それだけではありません」

「と言いますと?」

「今までのミモニーなら、真っ先にお見舞いに駆けつけてくれるはずだから……嫌われちゃったのかな」


 ハロモゴがソースノ島に輸送されて病院に軟禁されるようになってから、ミモニーは一度も見舞いに来なかった。そのことがハロモゴにとって大きなショックだったのだ。


「私達が接触を禁止しているからです」


 だがそれは軍による命令だった。

 本当はミモニーは来たかったはずなのに来なかったと、担当医は告げる。


「それは嘘ですね」

「え?」


 ハロモゴがようやく担当医の方へと顔を向けた。

 その表情は酷く悲し気で、かといって泣いている訳でもなく苦笑していた。


「私から情報を入手するには、ミモニーを使うのが一番のはずだから」


 ハロモゴにはミモニーに対する様々な負い目がある。


 生きて欲しいという願いを押し付けたこと、囮になって危険な目に晒したこと、戦争を終わらせるという壮大な決意をさせてしまったこと。


 そんなミモニーが申し訳なさそうに何かを聞いてきたら、ハロモゴは黙秘など出来なかっただろう。


「だからここに来ないのはミモニーの意思に違いありません」

「…………驚いたわ。もう十分に元気じゃない」


 精神的に参っているのは間違いない。しかし、普通に思考して生きられる程度にはメンタルが回復していたことに担当医は気が付いた。


「元気……そうね。元気よ。じゃないとこの子に悪い影響が出ちゃうから」


 ハロモゴはお腹を優しく撫でた。

 ミモニーが肩を狙ったからか、彼女の子供は無事だったのだ。


「もう一度聞きます。帰りたいのですか?」

「それは、この子の父親の元にという意味ですか?」

「はい」

「それを貴方達は許してくれるのですか?」

「それは……」


 今のハロモゴは捕虜という扱いだ。

 しかもミモニーの心を揺さぶれるキーパーソンということで、簡単に返したくはないだろう。再び同じような作戦を取られたら、今度こそミモニーが死んでしまうかもしれないのだから。


 ゆえに担当医は彼女が大陸に帰れるかどうか断言出来なかった。


「ふふ。どちらにしろ帰るつもりはありません。帰ったところでこの子が実験動物として扱われるだけですから」

「…………酷い話ですね」

「全くです」


 ハロモゴは担当医から視線を逸らし、再び海を見た。

 その顔には少しだけ安堵の色が見て取れる。


 ここに居れば愛する子供を守れるかもしれない。

 ミモニーのおかげで解放軍が勝利する可能性があるというのも、彼女に希望を持たせるには十分だった。


「今の貴方にならお伝えしてもよさそうですね」

「え?」


 ハロモゴの心がある程度持ち直していることに気が付いた担当医は、本当のことを伝えると決めた。


「実はミモニーさんから伝言を承っております」

「…………続けてください」


 今の彼女であれば、錯乱することなく受け止めてくれるだろう。

 そう信じて。




「必ず生きて帰ってきます。だそうです」




 その言葉を聞いた瞬間、ハロモゴは小さく息を呑んだ。


 何故ミモニーが見舞いに来ないのか。

 その理由を察したのだ。


 まだミモニーにとって戦いは終わっていない。

 生きるという約束は彼女の中で戦争終結と等しいものとして変化していたから。


 だからまだ帰れない。

 ハロモゴ達から託された使命を果たすその時まで。 


 ミモニーにとってハロモゴ達は帰る場所だから。

 今ここで帰ってしまったら、強烈な想いを蔑ろにしてしまうことになるから。


 ハロモゴ達が命を張って想いを託したからこそ、ミモニーは軽々と帰れなくなっていた。見舞いに来ないのは、それが理由だった。


「う……うう……」


 自分がどれほどに辛い宿命を親友に背負わせてしまったのかを理解し、声を殺してハロモゴは泣き続けた。

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