23. 【過去】悪夢の夜
「おらぁ!」
「きゃあ!」
暗闇の中、低威力の魔力弾を右肩に受け、一人の少女が大きく吹き飛ばされた。
勝気な瞳が涙に濡れ、仰向けになりながら強く地面を叩く。
「チクショウ……チクショウ……どうしていつもこんな結果になっちまうんだよ……守りたいのに……仇を打ちたいのに……どうしてあたしはこんなに弱いんだ……」
顔に冷たい何かが当たり、涙と混じった。
「…………チクショウ……こんなところで……終われるかよ」
痛む体を気合で黙らせ、無理矢理立ち上がる。
「あ……魔力弾……」
尽きかけている魔力を絞り出し、魔力弾をその手に生み出す。
彼女を囲む敵軍は、様子を見るだけでアクションを起こさない。放っておけば魔力切れになり容易に捕らえられると分かっているからだ。
「馬鹿に……しやがって……」
無意識に足を少し動かすと、何かに当たった。
「っ!」
そこに倒れているのは、彼女が守れなかった一般人。
今が夜でなければ、周囲が血の海になっていることが分かっただろう。
その血の海に倒れた彼女の体も真っ赤であることが分かっただろう。
「くそっ……くそっ……くそっ……」
どれだけ敵を憎もうが、どれだけ必死になろうが、届かない。
自分の実力では、この難局を突破することはもちろんのこと、敵一人殺すことすら出来そうにない。
「こんなところで終わるなんて……やつらを殺せず終わるなんて嫌だ……」
雨が強くなる。
絶望の雨が彼女の体に降り注ぐ。
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「お前ら、本当にシスターか?」
教会の中で整列させられた多くのシスター。
いずれもが修道服を着た若い女性であり、敵軍の男がそんな彼女達の体をジロジロと眺めていた。
「お前なんか、淫売にしか見えないんだがなぁ」
「…………」
修道服を着ていても分かる抜群のプロポーション。少女のわりに成熟した体は男を興奮させ、視線で犯してくる。
「(我慢よ。我慢するのよ。私がシスターなのは本当なんだから)」
少女はひたすらその視線に耐え、嵐が過ぎ去るのを待つ。
「おいおい。手を出すなよ。教会の連中は放置しろって命令だからな」
「わ~ってますよ。でも本当はシスターじゃないのに、逃げるために修道服を着てるだけの女もいるって噂じゃないですか。調べた方が良くないですか?」
「だから今、街の連中から本当のところを聞き出しているところだ」
その言葉に数人の女性の体がビクっと震えた。自分がそうですと言っているようなもので、男達は当然気付いていたが焦って捕まえることはない。教会の対応には慎重にならなければならない、ということもあるが恐怖におびえる様子を堪能したいというサディストでもあったからだ。
「(どうしよう、このままじゃ皆が)」
発育が良い少女は本物の修道女であるため捕まりはしないだろう。
だがこのままでは仲の良い街の女性達が捕まってしまう。
「(この人たちを何とかして逃がさないと……でも……)けほっけほっ」
焦りと緊張で咳が出てしまう。体が強くない彼女にって、ストレス過多な今の状況は辛かった。
「おやおや、随分体調がよろしくないようで。良ければ奥で休みますかい?もちろん俺がつきそいますけどね」
下心満載の男に向けて少女はキッと睨み、顔を横に振る。彼女が本物の修道女である以上、男が手出しできないことは分かっている。だが自分が休んでいる間に知り合いの女性が連れていかれると思うと、どうしてもこの場を離れられなかった。
「(せめて体が強ければ、こんな奴ら……)」
それはせめてもの強がりだった。
確かに彼女は強いが、軍を相手にたった一人で勝てるはずがないのだから。普通であれば。
「報告します!この街のシスター一覧が判明しました!」
伝令が一枚の紙を持って来た。
街の人から聞き出すと言っていたが、どうやってそれを作成したのかなど考えたくもない。
「ふぅん、なるほどなるほど。随分沢山偽物が紛れていることだ」
「い、いや……」
「お願い許して!」
「神様!神様助けて!」
泣き叫ぶ偽物のシスター達。
「ふん、連れてけ」
しかし敵軍は容赦なく彼女達を連行する。
「止めて!けほっ、けほっ」
咳で苦しむ少女が必死に手を伸ばした。
「諦めて奥で休んでな。本物のシスターさん」
「ちぇっ、お前は絶対偽物だったと思ったのにな」
「お願い!止めて!連れてかないで!けほっけほっ!」
この世界に本当に神様がいるというのなら、どうしてこんなむごいことをするのだろうか。
『お願い!止めて!連れてかないで!』
何度同じ苦しみを味わう必要があるのだろうか。
神に疑問を抱きながら、それでも少女は神に祈る。
そしてその手に魔力弾を生み出した。
「馬鹿が。いくらシスターと言えど、歯向かうなら話は別だ」
「へっへっへっ、お前も一緒に来てもらうぞ」
どうせここで全てを失うなら、戦って散ろう。
雨が教会の屋根を激しく鳴らし、少女は絶望しかない戦いに身を投じようと決意した。
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「…………」
歩く。
「…………」
歩く。
「…………」
歩く。
「…………」
それはボロ布一枚だけを纏った人型の何か。
どうしてそこにいるのか。
どこから来たのか。
何故カサイン軍に捕まっていないのか。
それは誰にも分からない。
獣道ですらない荒れた森の中を、それは素足でゆっくりと歩く。
華奢な足は傷だらけで、真っ赤になって酷く痛々しい。
だがそれの表情は何一つ変わらず、まるで死者が彷徨っているかのようだ。いや、死者ですらもっと人らしい動きをするに違いない。壊れたロボットのような、人であって人に見えない小さな存在。
目が見えているのだろうか。
耳が聞こえているのだろうか。
そもそも五感が存在しているのだろうか。
あまりの存在感の無さに、敵軍の真ん中を歩いていても無視されてしまいそう。
それほどに、か弱く小さく儚い存在。
右足と左足を交互に前に出すだけのただの肉塊。
雨がそれの体を濡らす。
森の中であっても重なる葉をたやすく貫通する程の豪雨がそれに降り注ぐ。
それでも反応は無い。
むしろその雨に溶けてなくなってしまうのではないか。
雷鳴が鳴る。
二度、三度、何度も鳴り響く。
近くに落ちたのか、耳が破壊されそうな程の轟音にそれでも全く動じない。
だが。
それの歩みが突然止まる。
森を抜けたから、なのだろうか。
それは何かに反応したかのように、ゆっくりと空を見上げた。
「私が戦争を終わらせてやる!」
それの瞳に、光が宿った。
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「ごめん……なさい……」
大雨の中、ミモニーは何処とも知れぬ場所を歩いていた。
「ごめん……なさい……」
口から漏れるのは謝罪の言葉だけ。
それは何に対する謝罪なのか。
「スズさん……ハヤマさん……ハロモゴさん……ごめん……なさい……」
彼女達はミモニーに生きて欲しかった。
そして命を賭してその道筋を作ってくれた。
最後は賭けになってしまったけれど、十分にチャレンジする価値のある賭けだった。そもそも賭けられる状況になったことこそが奇跡的なのだから。
彼女達がミモニーを想い、あがいたからこそ辿り着いた最終盤面。
そこでミモニーは致命的なミスをしてしまったのだ。
「どうしても……どうしても飛べないんです……」
ストレスの影響か、ミモニーは飛翔の魔法を使えなくなっていたのだ。ハロモゴが時間を稼ぎ、道を作り、その想いに報いようと必死に飛ぼうとするものの、発動させられなかった。
やがて川から濁流が押し寄せ、ミモニーはそれから逃げるようにしてフラフラと歩き出す。幸いにも敵軍に見つかっていないが、それも時間の問題だろう。
雷が鳴り響き、豪雨という様相を呈してきた。
まるで彼女の境遇を、友たちが嘆いているかのようだ。
ずぶ濡れのミモニーは暗闇の中を歩き続ける。
そしてその時がついにやってきた。
「誰だ!?」
敵兵がミモニーの存在を察知し、手に持った銃をつきつける。
どうやら魔法が使えない地上部隊らしい。
「あっ……防御!」
反射的にミモニーは目を閉じて防御の魔法を発動する。敵兵はそれに驚いたのか発砲するが、防御に弾かれる。
おそるおそる目を開けたミモニーは、信じられないものを目撃した。
「嘘……成功……してる……」
これまで何度チャレンジしても分厚い防御しか生成できなかったのに、体表を薄く覆う理想の防御を成功させたのだ。
「やった……やりましたハロモゴさん!」
喜んで後ろを振り向くが、当然そこには誰もいない。
改めて一人になったことを思い知らされ、少しよろめいた。
「ちっ、魔法使いか。応援を呼べ!」
ミモニーを捕らえるべく魔法が使える増援がすぐにやってくる。
生きて欲しいと願った友の想いを叶えるためには、逃げ出すしかない。
その瞬間、ひときわ大きな雷が近くの大木に落ちた。
反射的にそちらの方を見たら、付近が大量のライトで照らされていることに気付いた。
そこは小さな集落。
バッシバレーの河口から南にある漁村であり、そこをカサイン軍が占拠していた。
ライトに照らされた地面には、多くの人が横たわっていた。
「あ……ああ……」
神様はなんと意地が悪いのか、偶然にもミモニーはその中の一人が知り合いであることに気付いてしまった。
『あんたたち、こっちだよ、急いで!』
逃亡中に出会い、良くしてくれた中年の女性。
彼女が血だまりの中で沈んでいた。
どうにかここまで逃げ延びたが、追いつかれ、力尽きたのだ。
「ああああああああああああああああ!」
ミモニーは頭を抱えて叫んだ。
敵の存在など忘れ、ただひたすら叫び、叫び、叫んだ。
『生きて、幸せになって』
『ミモニー、生きて』
『生きて。幸せになって』
誰もが生きろと彼女に言った。
彼女の幸せを願った。
だがそれは託された少女とて同じだった。
スズに生きて幸せになってもらいたかった。
ハヤマに生きて幸せになってもらいたかった。
ハロモゴに生きて幸せになってもらいたかった。
託して散る方と、託されて苦しむ方。
果たしてどちらがマシなのだろうか。
少なくもミモニーには耐えられなかった。
「どうして!どうして!どうしてどうしてどうしてどうして皆!」
悲しみで脳が焼き切れそうだ。
「うっ……ううっ……ううううっ……」
託す側になれなかった後悔で体中が沸騰しそうだ。
「ああああっ……ああっ……うわああうあっ……」
託された願いを叶えられそうにないふがいなさで心が蒸発しそうだ。
「ふあうううああっ……うあううああうっ……なあああああ!」
苦しんで苦しんで苦しんで。
その先にあるものは。
「もう……嫌……」
少女は否定する。
「こんなの……嫌……」
徹底的に否定する。
「こんな辛いの……もう……」
耐えられない。
逃げ出したい。
諦めたい。
否。
断じて否。
そんな選択肢など選べない。
候補にすら上がらない。
『生きて』
何故なら彼女はその願いを捨てられないから。
「私が……終わらせる!」
いつの間にかミモニーは敵兵に囲まれていた。
正面に立つ男が、牽制のため軽い魔力弾を放ってきた。
「…………」
「ぎゃああああ!」
「何!?」
だがミモニーはそれを手で振り払うように弾いた。
それは近くの別の敵兵に直撃し、威力が弱いはずなのに立ち上がれない。
防御、飛翔、魔力弾。
その三つのどれにも当てはまらない弾き。
敵兵は何が起きたのかと驚愕する、そんな時間すら与えられなかった。
「…………」
「ぎゃああああ!」
「ぐわああああ!」
「うぎゃあああ!」
「ぐふぉあああ!」
ミモニーが右手を左から右へとゆっくりと動かす。
それに合わせて複数の魔力弾が生成され、敵軍へと襲い掛かった。
一人につき一撃。
それほど速い攻撃でなかったにも関わらず、ミモニーを囲っていた敵軍は避けられず一瞬で全滅した。
「ああああああああああああああああ!」
豪雨の中、ミモニーは再び絶叫し、その体が宙に浮く。
使えなかったはずの飛翔が使えるようになっていた。
「ああああああああああああああああ!」
あらゆる負の感情を全て吐き出すかのように叫びながら、ミモニーは飛ぶ。全力で、滅茶苦茶な方向に、暴走する。
「なんだ!何が起きてる!?」
「空だ!空に誰かいるぞ!」
「攻撃だ!攻撃されてる!」
「馬鹿な!今更誰が攻撃してくるってんだ!」
突然のことにパニックになるカサイン軍。
だが彼らもプロだ。すぐに冷静になり空軍を出撃させ、隊列を組んで謎の飛行敵を撃墜させようとする。
「死いいいいねええええ!」
「うおおおお!」
「死ね!」
「ぎゃああああ!」
「死ね!」
「どこからっうぐっ!」
「死ね!」
「見えなっぶっ!」
「死ね!」
「ヒイイイヴォエエエエ!」
「死いいいいねええええ!」
リズムに乗っているかのように、死ねと叫ぶたびに魔力弾が放たれ、一人が撃墜される。反撃しようにも、ミモニーは雨が降る視界の悪い宵闇の中で超猛スピードで飛翔しているため視認はまず無理だ。しかも、ライトで探そうにもあまりにも速すぎてその姿を捉えたと思った時にはすでに他の場所へと移動している。
「死ね!死ね!死ね!死ね!死いいいいいいいいねえええええええ!」
地上すれすれを飛び、地上の敵を一掃し、遥か上空を飛び、急降下して空の敵を殲滅する。
しかもその姿を誰もまともに捉えられない。
敵からしたらまさに悪夢だろう。
「ちっ、騒がしいな」
「ブーディー様!ご協力ください!」
カサイン軍の野営テントの中から、一人の屈強な若い男が出て来た。
周囲の兵士が非常に畏まった対応をしているため、かなり階級が高いか、それに匹敵する立場の人間なのだろう。
「なんだぁ、あれ?」
ブーディーが空を見上げると、兵たちが次々と撃破されていた。
その様子を見てブーディーは恐れることなく嗤った。
「はは、あいつまさか見えてやがんのか」
暗闇の中、相手の姿が見えないのはミモニーも同じはず。
だがミモニーはそこに相手がいると確信して攻撃をしている。その絡繰りに男は気付いたようだ。
それどころかミモニーの動きを追えている様子でもある。
「おもしれぇ。ありゃあ雑魚共には無理だな。しゃーねぇ、エース直々に相手してやるよ」
不敵な笑みを浮かべながら空へと向かったブーディー。
すると早速ミモニーが襲って来た。
「死ねええええええええ!」
「普通の攻撃……いや、魔力弾を何重にも重ねてるのか。あれなら相殺しても中から魔力弾が飛び出してくる。中々面白い技だが、俺様レベルが相手だとそんなのは効かねーよ!」
ブーディーは避けることなく、超高速で何発もの魔力弾をミモニーの攻撃にヒットさせた。飛んでくる小さな魔力弾に全弾命中させる技量は、普通の兵士では持ちえない。相当な手練れなのだろう。
「よし、今度はこっちから……は?」
ミモニーの魔力弾の性質を即座に理解し排除したと思ったブーディーが間抜けな顔になっていた。何故なら排除したと思った魔力弾が、そのまま自分に向かって飛んできたからだ。
「ぬおおおおおおおお!」
魔力弾はブーディーに直撃し、意識を失い落下する。
エースの敗北。
それはカサイン軍にとってあってはならないことであり、この夜の事が極秘にされた大きな理由の一つだった。
「死ね!死ね!死ね死ね死ね死ね!」
死神が雷雨の夜を駆ける。
鳴り響く雷鳴も、降りしきる豪雨も、まるで彼女が操りカサイン軍に罰を与えているかのようだ。
「終わらせる!」
偶然にもミモニーの背後を取れた兵士が彼女を攻撃しようとするが、彼女は振り返ることもせずに後ろに魔力弾して撃墜する。
「終わらせる!」
パニックに陥り逃げ出した兵が、戦場から遠く離れて安心した瞬間に長距離攻撃を受けて墜落する。
「終わらせる!」
地上の一般人を人質にとってミモニーの動きを封じようとした兵士が、上空から大量の魔力弾を叩きこまれて地に伏せる。人質には傷一つなかった。
ひときわ大きな雷鳴が近くに落ちた。
その瞬間、偶然にも複数のライトが彼女の姿を捉えた。
「私が戦争を終わらせてやる!」
生きて幸せになるための最善の方法。
悲劇を終わらせるための唯一の方法。
それがミモニーの答えだった。
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「す、すげぇ……」
少女は空を駆ける謎の人物に見惚れていた。
自分が手も足も出なかった敵兵を、まるで赤子の手を捻るかのようにあっさりと撃破する。
自分を囲んでいた敵兵も、いつの間にか死んでいた。
助かったと安堵するより、不思議と悲しみが強くなった。
「死ね死ね死ね死ね死ねええええええええ!」
豪雨にかき消されない程に激しい狂気の声が、彼女の胸を締め付ける。
巨大な雷撃と共に、その姿が一瞬だけ宙に映し出された。
顔は見えなかったけれど、ピンク色の派手な服だということだけは不思議と夜でも分かった。
「私が戦争を終わらせてやる!」
その言葉に少女が何を思ったのか。
「あっち……か」
悪夢の主は海の方へと飛んで行った。
少女は傷ついた身体を押し、主を追ってその場を離れた。
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「何が……起きたの……?」
連れてかれたと思っていた女性達が慌てて戻り、入れ替わりで少女を狙っていた敵兵が慌てて外に出た。
彼女達が言うには、とてつもなく強い人が空で暴れているらしい。
そんな都合の良いことがあるのだろうかと、少女は窓際に向かい空を見る。
すると確かに空に激しい閃光がいくつも生まれ、戦いが起きていた。
「すごい……」
少女の目には何が起きているのか分からないけれど、カサイン軍が右往左往している様子から戦況がカサイン軍が不利だということだけは分かった。
「どうして」
そんな強い人がいるのなら、どうしてもっと早くに出て来てくれなかったのか。少女はこの街に来るまで、数々の街で悲劇を目撃した。カサイン軍の攻撃に手も足も出なかった。だが、こうやって抵抗できる実力があるのなら、こうなる前に出て来て欲しかった。
その苛立ちが彼女を動かした。せめてどんな人なのかを確認したいと思い、教会の外に出た。
だがすぐに己の過ちに気が付いた。
「死ね死ね死ね死ねええええええええ!」
豪雨を貫通して胸に響く魂の叫びは、あまりにも深い悲しみを湛えたものだった。耳にするだけで苦しくて、悲しくて、涙が溢れ出てしまうほどに。
この人物は最初から強かった訳ではない。戦争で苦しみ、苦しみ、苦しみ、追い詰められて強制的にこうなってしまったのだと直感的に理解した。
「うっ……ううっ……わ、私は……こほっこほっ……」
自己嫌悪。
不当な苛立ちを謎の人物にぶつけようとしてしまったから。
それだけではない。
「私も……私もやらなきゃっ……」
悲しみ、苦しみ、そして戦う道を選んだ謎の人物。
だが自分は嘆くだけで何もしていない。身体は弱いが戦う力があるのに、いつまでも怯えたまま。
それではダメだとこの声が教えてくれた。
神に祈るだけでは幸せは手に入らないのだと、行動しなければ何も変わらないのだということは分かっていたはずなのに。
『お姉ちゃん』
少女は歯を食いしばり空を見上げる。
一際大きな雷と共に、謎の人物の姿がチラりと見えた。
「私が戦争を終わらせてやる!」
その言葉に少女が何を思ったのか。
「あっち……ね」
悪夢の主は海の方へと飛んで行った。
少女は病弱な体を抱えながら、主を追って街を離れた。
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「私が戦争を終わらせてやる!」
ただの物言わぬ人型だったそれに、生気が宿る。
『私が戦争を終わらせてやる!』
少女は何を見て、何を思ったのか。
「…………ママ」
モノからヒトへと姿を変化したそれ、少女は海に向かった何かを追って歩き出した。




