22. 逃走 その三
「ハロモゴさん!こっち!こっちです!」
「…………うん」
ハロモゴの手を引いてはしゃぎながら走るミモニー
一歩足を踏み外せば谷底に真っ逆さまだというのに、全く恐怖する様子を見せない。
「谷底に降りる道があって良かったですね~」
「そう……だね……」
バッシバレーまで辿り着いた二人は谷底へ降りる道を発見して下っていた。
しかしその道は細く、今にも崩れ落ちそうだ。
「養蚕場の皆さんとも一緒にお散歩したかったなぁ」
「仕方ないよ……皆、仕事が忙しいから」
「ですよね。お仕事ご苦労様です!」
知る人ぞ知る、山の中にポツンと位置する養蚕場。
しかしそこは二人が辿り着いた時には廃墟になっていた。
人の気配も全く無く、無数の足跡だけが残っていた。
それを見た瞬間、ミモニーが崩れ落ちるようにして気を失った。
そして目を覚ましてから不自然に明るくなったのだった。瞳に全く力を宿さないまま。
誰もいない場所に話しかけるミモニーを心配しながら、ハロモゴは崩れた事務所らしき場所を調べた。すると運良くバッシバレーを通り海まで続く道が描かれた古い地図を見つけたのだ。
「それにしても歩きにくい場所ですね。もっと広かったら良かったのに」
「しょうがないよ。ここはかなり昔に使われてた道で、今はもう使われていないみたいだから」
「へぇ~そうなんですね。さすがハロモゴさん、物知りです!」
無邪気に笑うミモニーを見ながらハロモゴは思う。
「(たとえ現実逃避でも構わない。ミモニーが笑ってくれるならそれで良い。いずれ本当の笑顔を取り戻せる安全なところまで絶対に逃がしてみせる)」
それがスズとハヤマの意思を託された自分に出来ること。
ハロモゴもまた精神的に追い詰められていたが、ミモニーの存在が支えとなっていた。
「っ! ミモニー、ちょっとかくれんぼしよっか」
「かくれんぼですか!しますします!」
「それじゃあこっちに行こ」
「誰からかくれるんですか?」
「空から私達を探している人がいるの。絶対に見つかったらダメ」
「は~い!」
敵など来なさそうな辺境のバッシバレーだが、不幸にも時々敵の姿がある。誰かを探しているというより、ここを通路として利用している隊がいるようだ。
「(こんな飛びにくい場所をわざわざ飛ぶなんて……)」
だからこそ飛翔の良い訓練になる。
二人はそれに巻き込まれそうになっていた。
幸いにも隠れるところが山ほどあるため、隠れてしまえば見つかる可能性は低い。
問題は隠れる前に見つかる可能性だが、こればかりは運否天賦だ。
「(ここを敵兵が使っているということは、下流の村も制圧されているはず。じゃあどうやってゴーテンヴァ諸島に渡れば良いの)」
ハロモゴは地理の授業で習ったことを必死に思い出す。優等生だったハロモゴなら、この辺りに興味があったハヤマ程では無いが、知識があるはずなのだ。
「(たしか河口付近の村は川の近くにあるんじゃなくて、少し南に行ったところにあったはず。そして北に行けばユーイ海岸がある。ユーイ海岸の目と鼻の先にソースノ島。位置的に河口付近から飛べばソースノ島までいけるかも)」
ただしミモニーは真っすぐ飛べないので、ハロモゴが付き添いで飛ぶ必要がある。その方法で魔力が保つかどうかは正確な地理を把握していないため分からない。
「行ったみたい……さ、ミモニー、行きましょう」
「は~い」
敵兵の姿が見えなくなってから二人は再度歩き出す。両側は高い崖に囲まれ、見つかったら逃げ場はない。
「(敵だけじゃなくて天気も気にしないと。多分ここ、雨が降ったら増水して道が消える)」
谷底の川は穏やかに流れているが、崖を良く見ると水位が上昇した時の痕が今歩いているところより高い場所にある。どれだけの雨量でそこまで上昇するかは不明だが、警戒するに越したことは無い。
「ふんふんふ~ん」
「(もしもそうなったらミモニーを抱えて飛ぶしかない。それで見つかったら……)」
楽しそうに振舞うミモニーの手をしっかりと握りながら、ハロモゴはもうじき訪れるであろうその時のことを考えて決意を新たにした。
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「(水かさが増して来た)」
空は雲で覆われ、ハヤマから教えて貰った方角を知る方法はもう試せない。もうすぐ河口だが、川がこれ以上増水する前に避難できるだろうか。
「ミモニー、急ごう」
「は~い」
相変わらず呑気なフリをするミモニーの手を引き、ハロモゴは疲れた体にムチ打ち必死で走る。だがその先で待ち受けていたのは非情な現実だった。
「(やっぱりこうなっちゃったか)」
河口付近で敵軍がキャンプを張っていたのだ。
増水による洪水を恐れて慌てて退避している姿が遠くからでも視認出来た。
このまま進めば敵に見つかってしまう。
かといって立ち止まっていては増水に巻き込まれてしまう。
「ミモニー、こっち」
「またかくれんぼですか?」
ひとまず物陰に隠れて考える。
「…………」
「ハロモゴさん?」
焦点が合わない瞳で、ミモニーは可愛らしく首をこてんとかしげた。
そんな彼女の頭をハロモゴは優しく撫でる。
「ありがとうミモニー」
「…………」
ハロモゴの言葉に何かを感じ取ったのか、ミモニーから表情が消えた。
「私の為に明るく振舞ってくれたんだよね」
苦しさからの現実逃避。
ミモニーの症状はその手のものなのだとハロモゴは最初考えた。
だが時間が経つにつれて、それは間違いだったと気付く。
折れそうになっていたのはミモニーだけではない。
むしろ自分の方こそ絶望してくじけそうになっていたのだと。
スズやハヤマから託されたものが大きすぎて、どうあがいても報われない現状があまりにも辛すぎて、いっそのことこのままミモニーと心中して楽になりたいと思ったこともある。
そんなハロモゴを元気づけるために、ミモニーは無理矢理明るく振舞っていた。
確証はないけれど間違いない。
これまで友達としてずっと一緒にいたからこそ分かる。
他人の幸せを願えるミモニーだからこそ、自分が苦しくても友を想い行動出来るのだと。
「ハロモゴさんも、行っちゃうの?」
ポツリ、とミモニーが言葉を漏らす。
この先に何があるのかを理解していた。
だがもう泣き叫ぶだけの気力は残されていなかった。
「うん。私も行くね」
ハロモゴは笑っている。
笑えている。
悲しみや恐怖よりも、ミモニーを助けたいと願う気持ちが上回っている。
「あの日、可愛い子がいるなって思った」
それは入学して間もなく、各自が魔法を披露しあった最初の授業のこと。
「そしたらいきなり空を暴走するんだもん。びっくりしちゃった」
驚かれ、嘲笑され、困惑され、ミモニーはそのまま晒し者になってしまっていた。
「危ない、なんとかしなきゃって思ったら体が勝手に動いて……でもそのおかげでミモニーと友達になれた」
それが無ければ二人はただのクラスメイトという関係で終わっていたかもしれない。
「すぐにミモニーが傍に居るのが自然な感じになって、ミモニーが居ないと違和感があって、ミモニーが居てくれると楽しくて安心できた」
特に仲が深まる大きなイベントがあったわけではない。
スズやハヤマのように心の底から嬉しい言葉をかけてもらったわけでもない。
それでも一緒に居たいと思えるような友達だった。
理由なく友達でいたいと思えることこそが、友達でありたい最高の理由だった。
「ありがとうミモニー。あなたは私の最高の友達だよ」
「…………私も、ありがとうございます。ハロモゴさんがいてくれて……よ……良かっ……」
枯れたと思った涙が溢れて来た。
もうこれ以上絶望できないと思った心が軋み始める。
「ミモニー」
ハロモゴがミモニーの体を優しく抱きしめる。
「生きて。幸せになって」
それはあまりにも酷な願い。
もしこのまま逃げ延びたとして、大事な友人を三人も失って、それでも立ち上がり幸せを求めるなど、どれほどの精神力を必要とするのか。
だがそれでもハロモゴはその願いを伝えた。
願いが重荷になったとしても、それでも大事な友達に生きてもらいたかったから。
「もうすぐ雨が降る。そうしたらすぐに川が増水してここは沈む。でもその前に私が雨に紛れて空から敵を攻撃して囮になる。ミモニーはその隙に真っすぐ全力で海に向かって飛んで島を目指して」
「…………でも私は」
「出来る。出来るよ。ミモニーなら絶対に出来る。だってあんなに練習したんだもん」
それは賭けだった。
まっすぐ飛べないミモニーが必死に飛翔し、ソースノ島に到着できるかどうか。
出来なければミモニーは魔力が尽きて海に落ちて命を失ってしまうだろう。
だがこの状況で敵から逃げるにはもうそれしか思いつかなかった。
「これは慰めじゃないよ。私は本当にミモニーが出来るってずっと思ってた。正しく魔法を使えているようにしか私には見えなかった。だから大丈夫。絶対に絶対に成功するから、私を信じて全力で飛んで」
「……………………うん」
「ありがとう。信じてくれて」
ハロモゴはゆっくりとミモニーから体を離す。
気付けば激しい雨の音が聞こえている。川の勢いも増していて、今すぐにでも濁流が押し寄せてくるだろう。
ハロモゴは雨の下へと体を投げ出すと、飛翔の魔法を使った。
「ミモニー、大好きだよ」
そしてその言葉を残して敵軍へと突っ込んだ。
豪雨の中、激しいサイレンが鳴る。
ライトが空を照らそうとし、多くの敵兵が何かと交戦している。
「…………」
一人残されたミモニーは、ハロモゴの指示通り海の方を向く。




