21. 逃走 その二
「…………」
「…………」
「…………」
三人になった少女達は、最低限の会話以外をしなくなった。
表情は暗く、ただ生きるために北へと向かっている。
「あんたたち、こっちだよ、急いで!」
逃亡中に合流した大人達が、彼女達を守ってくれる。先に逃げろと道を譲ってくれる。その結果、いつの間にか人が減っていることに彼女達は気付いていた。
「もう嫌……どうしてこんな……」
トラックの荷台の中に隠れ、ミモニーは両手で顔を覆い泣き続ける。
何度も何度も何度も何度も繰り返し、顔には涙の痕がくっきりと残ってしまっていた。
どれだけ辛くても、四人だから乗り越えられていた。
一人欠けただけで、心が壊れようとしていた。
戦争が少女達を苦しめる。
どれだけ逃げても悪夢は追ってくる。
現実逃避すらさせてもらえない。
「トラックから降りろ!山に入るんだ!」
「いや……森は嫌!」
スズを失った恐怖から森に入れなくなったミモニー。
だがそんなことは言ってられない。このまま街道を走っていたら空から簡単に見つかってしまうのだから。森に入り、山を越えて逃げる必要がある。
ハロモゴとハヤマが協力してミモニーを抱きかかえ、強引に山に突入する。ミモニーは最初だけ暴れたが、すぐに降りて自分で走り出した。
ここで迷惑をかけたら、今度は二人が死んでしまうかもしれない。
生きて。
そう願いを託されたのに、簡単に死ぬことは許されない。その想いがミモニーの足を動かした。
やがて三人は山の中の洞窟に辿り着いた。幸いにも熊などの動物が住んでいる様子は見られない。尤も、いたとしても魔力弾を当てさえすれば一撃だが。
「…………」
「…………」
「…………」
外は暗く、夜になった。
今日はこのままここで一晩を過ごすことになるだろう。
他の人とはぐれ、ここには三人しかいない。
「ミモニー、ハロモゴ」
ふと、ハヤマが囁くような声で二人の名を呼んだ。
二人は小さくピクリと体を動かして反応したが、体育座りで俯いたまま彼女に顔を向けることは無かった。
「このまま北に逃げても、おそらく敵が待ち構えている」
逃げながらハヤマは感じていた。
どこかに追い込まれているような感覚を。敵兵が本気を出せばとっくに捕まっていたのではないかと。誰一人逃さないように、敢えて逃げ道を用意されているのではないかと。
「こうして山の中、森の中に逃げても、私達は絶対にある場所を通らなければならない。ここはそういう地形になっている。だから敵はそこで待っている。このまま進むのは自殺行為」
そんなことを言われても、どうしろと言うのだ。
絶望的な話を聞かされたが、そんな抗議をする気力も無かった。
「私はこの辺りに詳しい。この辺りは養蚕が盛んで、良い糸が取れる場所だから。服を作るならその糸を使いたい。なんならこの辺りに住んで店を出したいって思っていた」
憧れの地であるからこそ、日頃から調べていた。
深い知識を持っていた。
「ここから西に、極上の糸を生成する養蚕場がある。そこは人里から離れたところに
ポツンと建つ小さな工場で、地図でも全く目立たない場所にある」
知る人ぞ知るマイナーな場所。敵がそこを知っている可能性は低いとハヤマは考えていた。
「その養蚕場の近くに、バッシバレーというとても深い谷があって、その谷底を流れる川の水を養蚕場では使っているらしい」
そして川があるということは、海に繋がっているということ。
「川を下ると海に出る。そしてその海の先にゴーテンヴァ諸島がある。私達が逃げ切れるとしたらそのルートしかないと思う」
そしてその中のいずれかの島に潜んで敵に見つからないことを祈りながらひっそりと生きるしかない。それがハヤマの考えた唯一の生存ルート。
「バッシバレーは人が住むような場所では無いし、危険だからそこを逃げようだなんて考える人は稀だと思う。それに東や北じゃなくて敢えて西に進むのも敵の裏をかけるかもしれない。それでも敵は巡回に来るかもしれないけれど、このまま逃げるよりかは遥かに安全」
だからそっちに行くのはどうだろうか。
そこまで言葉にしなかったが、辛うじてハロモゴが返事をくれた。
「それで……良いと思う」
ミモニーの方を見ると、体育座りで顔を膝に当てたまま小さくコクンと頷いた。
「せめて養蚕場まで辿り着ければ、少しは落ち着くはず」
ゆえにそれまで頑張ろう。
ゆえにそれまで生きよう。
どのような言葉が相応しいのか、ハヤマには分からなかった。
「じゃあ今すぐ行く」
「…………夜の山の中は危険だよ?」
「昼の方がもっと危険。今のうちにここを離れないと」
「…………でもどっちが西か分からない」
「星空を見れば分かる。今日は雲が無かったからいける」
ハロモゴの疑問に、ハヤマは即答する。
おそらく自分の中で何度も考えて導き出した結論なのだろう。
「分かった。ミモニー」
ハロモゴの声掛けで、ミモニーがのっそりと立ち上がった。
暗闇の中なのに、それでも彼女の瞳から光が失われているのが良く分かり、ハロモゴは唇を強く噛んだ。
「私についてきて」
洞窟を出ると、ハヤマは空が開けている場所を探し、星座の形をチェックする。
その間にも夜間捜索する敵兵が空を飛んでおり、見つからないように何度も隠れた。
「こっち」
ハヤマは二人を先導して森の中の山道を歩く。
三人とも疲労で足が痛くてたまらないのに、歩みを止めることはしない。
生きて。
スズの言葉が彼女達をギリギリで繋ぎとめていた。
「止まって」
少し先の地面が広く明るく照らされている。上空を飛ぶ敵兵がライトで照らし、夜間逃亡者がいないかを探しているのだ。
「この先は、私達がさっきまでトラックで走っていた街道」
夜の間に目的の方向に向かって森の中を歩くのは大変だが、街道ならば話は違う。万が一の奇跡を信じて街道に飛び出た逃亡者を捕まえるために、敵軍が徹底的に網を張っているのだ。
「あそこを渡らなければならないの?」
「そう。西はあっちの方向。あそこさえ抜ければ、多分後は大丈夫」
だがその抜ける難易度があまりにも高い。
息を潜めて様子を伺うが、街道から灯りが消えることがないのだ。
「ミモニー」
「!?」
ハヤマの言葉に、ミモニーが肩を大きく震わせる。
「嫌……嫌です……ハヤマさんまで……」
何かを予感したミモニーの体を、ハヤマは優しく抱きしめる。
そして背中をゆっくりと撫でてあげる。
「ミモニーは強い子。ミモニーは優しい子。だから大丈夫」
「大丈夫じゃ……ないです……」
「そう思っているのは、貴方だけ。学校に居た時から、私も、スズも、ハロモゴも、貴方に一目おいていた」
「そんなの……ありえません……私みたいな……落ちこぼれ……」
三人がどうして優しくしてくれるのかがミモニーには分からなかった。
あまりにもダメダメで情けないから、出来の悪い幼子を愛でる気持ちに違いないと思ったこともある。
「ミモニーは努力家で、思いやりがあって、そして何よりも純粋な子」
「じゅん……すい……?」
「そう。とても真っすぐで、私の夢を心から応援してくれて、スズやハロモゴの心の支えにもなっていた」
「そんな……私は何も……何もしてません」
「特別な何かをする必要なんかない。ありのままのミモニーを私達は愛している。ミモニーがそうしてくれたように」
人は裏表がある。
口では応援しているのに内心では侮辱していたり、口では認めているのに内心では嘲笑していたり、口では賞賛しているのに内心では嫉妬だらけだったり。多かれ少なかれ真逆の心を持つものだ。
だがミモニーはそうではない。
本気で相手を応援し、認め、賞賛してくれる。
その純粋な気持ちが相手の心を動かし支えとなる。
「ミモニーのおかげで、私の夢は輝いた」
三種の魔法を使えるエリートなのに服を作りたいだなんて意味が分からない。
エリートコースに進みたいのに進めない人達を馬鹿にしているのか。
そんな趣味にばかりかまけてないで、人々の役に立つことをやれ。
ハヤマの夢を心から応援してくれたのはミモニーだけだった。
それが彼女にとってどれほど救われたのか。
「今着てるその服。ミモニーにあげる」
「え?」
「でもボロボロだから、いつか新しい服に変えて。もうその服は役割を終えようとしているから、無理して着たら服が可哀想」
ピンク色のゴスロリ服。
ハヤマから借りている大事な服。
彼女が自作した他の服は学校に残され手元になく、最後の一つ。しかもそれは彼女が最初に作り上げた思い出深いもの。
「あっ……」
ハヤマがミモニーから体を離す。
ミモニーは右手を伸ばすが、その手は空を切る。
再び涙が溢れて来る。
しかし今回はパニックにならなかった。
『ミモニーは強い子。ミモニーは優しい子。だから大丈夫』
ハヤマのその言葉がミモニーを縛っているから。
ここでハヤマがやろうとしていることを無駄になんて出来なかったから。
「ミモニー、生きて」
ハヤマはミモニーに背中を見せたままそう告げて、闇夜の空へと飛び立った。
『誰かいるぞ!』
『逃亡者か!?』
『女だ!若い女だ!』
『捕らえろ!』
付近が騒がしくなり、ハヤマが発したと思われる爆発音が辺りに響く。
それと同時にずっと照らされていた街道から光が失われた。
「…………」
「…………」
二人の少女は何も言わず、空を見上げることなく、タイミングを見計らって街道を横断する。
それはあっさりと成功し、西へ西へとひたすら走るのであった。
一度も振り返らずに。




