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撃滅のピンカーヴィー ~落第少女達の成り上がり~  作者: マノイ
第三章 ユーイ海岸攻防戦

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20/23

20. 逃走 その一

「ミモニー! こっち! 早く!」

「うううう、走りにくいです……」


 森の中を全力で走る少女達。

 ハロモゴがミモニーの手を引くが、ピンク色のゴスロリ服は走るのには向いていない。しかも森の中なので様々なものにひっかかり穴だらけだ。


「ハ、ハヤマさ、さん、ごめんなさい。大事な服が」

「気にしないで。服は着てもらうためにあるから」


 手作りの服を台無しにしてしまい申し訳なく思うミモニー。

 だがハヤマは全く気にしている様子は無かった。


「でも、ハヤマさんの服はもうこれしか……!」

「また新しく作れば良い。それだけ」

「そのためには、安全なところまで逃げなければいけませんわ」

「ミモニー、頑張って。ここを抜ければ避難民向けの輸送隊がいるらしいから」


 突如鳴り響いたサイレン。

 それは彼女達を逃走へと導くものだった。


 彼女達が通う学校は東大陸の西海岸寄りに位置し、西大陸からの急襲を早い段階で受けてしまったのだ。それゆえ避難する準備すら与えられず、教師に促されて全てを置いて着の身着のまま逃げ出した。


 敵はすぐ背後まで迫っている。

 それは時折激しい戦闘音が聞こえてくることから明らかであり、どうにか追いつかれずに逃げられている。


「よし抜けた!」

「間に合いましたわ! まだ出発してないですわ!」

「乗せてください!」


 避難車両に飛び込んだミモニー達は一息つく。

 しかし戦況は最悪で、次の街もすぐに襲われて逃げることになるだろうことは想像に難くない。不安で空気が重い車内には、いくつものすすり泣く声がある。


「あ、そうだ。ミモニー」

「なんですか?」


 そんな中、ハロモゴが何かに気付きミモニーに話しかける。


防御(ガード)を急いで使えるようになろう」

「え?」

「命を守ることが最優先だよ。だから絶対にやらなきゃダメ」


 魔力弾(アタック)は狙いを大きく外れ、飛翔(フライ)は暴走する。

 では防御(ガード)はどうなるのだろうか。


「やってみて」

「は、はい……」


 真剣な表情で見つめられ、ミモニーは何も言えず素直に従った。

 目を閉じて集中し、防御(ガード)を発動する。


「…………やっぱり分厚いね」

「これでは魔力の無駄ですわ」

「似合ってない」


 防御(ガード)は発動時の魔力量や厚さによって効果が変わらず、どれほど薄くても体全体に膜を覆うだけで科学攻撃を防いでくれる。無駄に魔力を使ってしまっては、防御(ガード)が長持ちしない。もし空戦をするのであれば、飛翔(フライ)の魔力と合わせてあっという間に魔力が空になってしまうだろう。


 だがミモニーの防御(ガード)は超分厚い。五十センチくらいはある。


「どうしてもこうなちゃうんです……」


 これまでは仕方ないよねで済んだ。

 しかし今は戦時中、もうそんな悠長なことは言ってられない。


「これからずっと防御(ガード)の練習をしよう」

「ミモニーが生きるために最も必要なことですわ」

「可愛くなろう」


 三人は相変わらずミモニーを過保護に扱う。

 しかし彼女達の目の奥に、これまでとは違う決意が秘められていることに、ミモニーは気付いていなかった。


「敵は降伏した人々を捕らえて怪しげな実験施設に送り込んでいると聞きますわ。防御(ガード)が使えれば、少なくとも物理的な実験だけは防げますわ」

「あはは、流石にその噂は間違いだと思うけどね」

「だといいけど」


 暗い気持ちの時はついネガティブなことを考えてしまう。それゆえ生まれた根も葉もない噂。だったら良いのだが、実際に何処かに連れていかれたのを目撃したという証言が後を絶たない。


 大きな不安に包まれながら、避難民は街を転々とし、東大陸の大国ウカイトへと向かっていた。


--------


「嘘……」


 呆然とするハロモゴ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 スズ、ハヤマ、ミモニーは何も言えず、その光景を見ていることしか出来なかった。


 逃げて、逃げて、逃げて、どうにか辿りついたウカイト。

 だがそこは敵に攻撃され、陥落間近といった様子だったのだ。


 街は破壊され、人々は捕縛され、空を飛ぶ無数の敵軍が籠城する最後のウカイト兵を追い詰めていた。


 ここならば大丈夫だろう。

 その期待はあっさりと打ち砕かれた。


「…………逃げよう」


 一体どこに逃げろと言うのか。

 東大陸で最も強い国が終わろうとしているというのに。


 そんな不満を口にする人はいなかった。

 彼女達には守りたい人がいるから。そしてその人は絶望して不満を抱くことすら出来なくなっていたから。


 彼女達は北へ向かった。

 大きな理由は無い。


 ただウカイトが大陸南の方に位置しているため、より遠くまで逃げられるのが北だからと考えたに過ぎない。だが敵も同じことを考えるだろう。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 太い木の下で身を潜め、上空を伺う少女達。

 緑の隙間から見えるのは逃亡者を探す多くの敵軍。


「行った……かしら」

「みたいね」

「…………」

「…………」


 安堵する少女達だが、状況は最悪だ。

 

 元々寡黙なハヤマは良いとして、ミモニーも何も言わない。

 ウカイトの壊滅で心が折れてしまったのだろうか。


「どうしよう、進んでみる?」


 ハロモゴがそう仲間達に問いかけるが、誰もうんとは頷かない。

 ここから一歩でも動いたら見つかるかもしれない、そうでなくとも今居る森の中を抜けられる気が全くしなかったからだ。

 だがこのままここで立ち往生して状況が改善されるわけではない。空からではなく森の中に入って捜索される可能性もあるのだ。それに籠城しようにも食料が圧倒的に足りず、敵兵が捜索を諦めるまで保つことはないだろう。


「…………ミモニー」


 スズが高さを合わせ、俯くミモニーの顔を正面から見た。


「わたくしからのお願いを聞いてもらえるかしら」

「…………え?」


 スズの言葉に何かを感じ取ったのか、これまで生気が無かったミモニーが久しぶりに声を発した。


 スズの顔を見つめ返すと、彼女はとても優しい顔をしている。


 それが無性に怖くなり、何故だか涙が溢れそうになる。


「生きて、幸せになって」


 それだけを告げると、スズは立ち上がり彼女達に背を向けて歩き出そうとする。


「いや……いや!スズさっんぐっ!?」

「ごめんねミモニー」

「んんっ!?んんんんっ!?」


 叫ぼうとしたミモニーの口をハロモゴが塞いだ。暴れる体をハヤマが抑え込む。


 後一歩で空から見つかる場所に出る。

 その場所でスズはミモニーに背を向けたまま語り掛ける。


「ミモニー、わたくしは貴族失格ですわ」


 それは彼女がずっと胸に秘めていた後悔の気持ち。


「学校が襲われたあの日、本来であればわたくしは貴族として皆を守るために先頭に立って戦わなければならなかったのです」


 何故ならば、それが彼女が目指した貴族の在り方だから。


「ですがわたくしはできなかった。どうしてもできなかったのです」


 平和な世界で生きていた少女が突然戦争に放り出される。そこで戦えだなど無茶な話だ。


「怖かった……とても怖かった……」


 だが、彼女が悔いているのは、恐れているのはそこでは無かった。


「あなたが失われることが、とても怖かった」

「!?」


 暴れていたミモニーの動きが止まる。

 目を見開き、スズの言葉を受け止める。


「だって貴方は、私の大切なお友達だから」


 背中を向けるスズの表情は分からない。

 だがその声はあまりにも優しく、あまりにも震えていた。


 ミモニーの瞳から涙が零れる。

 とめどなく溢れ、彼女の口を覆うハロモゴの手を濡らした。


「わたくしの貴族になりたいという夢を、笑わずに素敵だと言ってくれたのは貴方が初めてです。ありがとう」


 ミモニーがハヤマの拘束を振りほどき、右手をスズに伸ばす。

 涙で滲む視界の先で消えてしまいそうな彼女に向かって。


「だから最後は(・・・)貴族らしく、貴方に誇れる姿を見せると約束するわ」

「むむむむむむむむむんんんんんん!」


 届かない。

 どれだけ手を伸ばしても、決して届かない。


 ハロモゴとハヤマが抑えているからではない。

 スズがそうと決めたのだから。


 大切な人の為に、貴族であろうと決断したのだから。


 スズは大きく一歩を踏み出し、空へと飛び立った。


『女だ!』

『捕らえろ!』

『どこから出て来た!近くに仲間がいるかもしれんぞ!』


 一気に囲まれそうになるが、怯むことなく宣言する。


「わたくしはスズ・カーネリスト。貴族として貴方達の横暴を見過ごすわけにはいきません!」


 スズはそのまま近くの敵兵に向けて攻撃し、それは避けられてしまったものの、勢いよく飛んで囲みを突破しようとする。


『逃がすな!追え!』

『下も捜索するんだ!』

『いや、そっちは後で良い!』

『どうしてですか!?』

『貴族だのなんだのふざけたこと言ってたが、権力者の家族かもしれん。なんとしても逃がすな!』


 スズの重要度が偶然にも急上昇し、ミモニー達への警戒が薄れた。


「わたくしを簡単に捕まえられると思わないことよ。何しろわたくしは、あのハロモゴさんから一本取ったのですから!」


 その一本はまぐれのようなものだったではないか。

 そんなことを思いながらハロモゴはハヤマと視線を合わせ頷き合う。


「む~!む~!む~!む~!」


 そして号泣しながら(そら)に手を伸ばすミモニーを担いでその場から急ぎ逃げたのであった。


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