18. 【過去】友達 その一
「びゃああああああああ!」
「ミモニーさん!?」
「とおおおおめええええてええええ!」
「今すぐ降りて来なさい!」
「むううううりいいいい!」
校庭の上空を暴走する体操服姿のミモニーに向けて教師が慌てて叫ぶ。だが飛翔のコントロールが不可能なミモニーは力の限り飛び続けることしか出来ない。
「ぎゃははは!なんだあれ!」
「あんなんで良く飛翔クラスに入れたな!」
「格好悪い。あれならノーマルクラスの方がマシね」
地上では同じく体操服を着た男女が、彼女の情けない姿を見て嘲笑している。彼女を心配し、助けようとする者はほとんど居なかった。
教師でさえも、あたふたと慌ててしまっている。暴走する生徒を助けるマニュアルなど存在しないからだ。
ミモニーの魔力が切れて落下するのを待つしかないのか。
それまで嘲笑を受け続けなければならないのか。
落下した時に果たして怪我無く受け止めてもらえるのか。
「大丈夫。私に任せて」
「へぶっ」
しかし幸運にもミモニーは安全に救出された。
宙に浮いた少女がミモニーの体当たりを真正面から受け止め、そのまま押されるようにして後ろに下がり勢いを殺し、衝撃を発散させながら捕まえたのだ。
「うううう……ありがどうございばず~」
「ふふ、大丈夫?」
「は、はい……ってハロモゴさん!?」
程よくふくよかな胸に沈んだ顔をあげると、そこには優しい笑みを浮かべた聖女のような雰囲気の女性がいた。
「あれ、私のことを知ってるの?」
「もちろんです!中学の卒業式での演武!素敵でした!」
「ということは同じ学校だったんだ。こんな可愛い子が同級生にいただなんて知らなかったよ」
「か、かわ!?」
照れるミモニーの様子が可愛らしく思えたのか、ハロモゴは反射的にミモニーの頭を撫でてしまった。
「ごめんなさい、つい」
「気にしないでください!」
「そう?」
「え、あ、でも、その、ずっとは恥ずかしいですぅ……」
「そう?」
些細な抗議は実らず、ハロモゴは空中でずっとミモニーを撫で続けていた。
「二人とも!降りて来て!」
教師から呼ばれるまでは。
これがミモニーとハモロゴの出会いだった。
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「ミモニー、一緒に帰ろ」
「あっ……は、はい!」
「どうしたの?」
「な、なんでもないです!」
ある日の放課後、ハモロゴがミモニーに声をかけると、ミモニーは慌てて何かを机の中に押し込むように隠した。
「まさかまたなの?」
「いえ、その……」
「見せて」
「…………」
慌てたことでぐしゃぐしゃになってしまった一枚の紙。
ハモロゴがそれを受け取り広げると、そこにはミモニーに対する誹謗中傷が沢山書かれていた。
「全く懲りないね。高校生にもなってこんな嫌がらせをするだなんて」
「わ、私が悪いんです。まともに魔法が使えないのに飛翔クラスになんかいるから……」
飛翔クラス。
それは魔力弾、防御、飛翔の全ての魔法を使える者だけが所属するクラスであり、エリートクラスとも言われ憧れの的。
しかしミモニーはいずれも発動出来るだけで全く使いこなせていない。校内での実力は下から数えた方が早い落ちこぼれ。そんな人間がエリートクラスに所属していることが納得できない人間がそれなりにいるのである。
また、彼女が敵視される理由は他にもある。
「やっぱりよわよわな私なんかがハモロゴさんと一緒にいるなんて間違ってるんです」
美しく慈愛に満ち校内トップクラスの実力を持つハロモゴとミモニーの仲が良いことに嫉妬する人が多いのだ。
「間違ってなんかない!大切な友達と一緒に居たいって思って何が悪いのよ!」
「ハロモゴさん……」
「それにミモニーは落ちこぼれなんかじゃない。三つの魔法をちゃんと使えるじゃない。それに誰よりも努力してる。すぐに使いこなせるようになるよ」
「うう……ありがとうございます」
ハロモゴはミモニーを優しく抱き締め、頭を撫でてあげた。まるで幼子をあやすかのように。
「で、でも、やっぱりこれは恥ずかしいですぅ」
「そう?」
「…………」
「そう?」
そしてその手はミモニーがやんわり抗議しても止まらないのであった。
だが今日はそれが中断する。
「話は聞いたよ。酷いことする人がいるんだね」
「スラウン君!?」
ハロモゴからスラウンと呼ばれた男子生徒が声をかけてきたのだ。
ハロモゴが全男子憧れの美少女だとすると、スラウンは全女子憧れの美男子。しかもどちらも性格良し、実力良しなのだから人気の高さが留まるところを知らない。
いや、一つだけ訂正しよう。
「(スラウン君とまで仲良くなったらもっと嫉妬されちゃいます!)」
全女子では無く、ミモニーだけは憧れよりも今後のことを考えて距離を置きたい気持ちで一杯だった。
だがそんなミモニーの内心とは逆に、お人好しのスラウンはミモニーが抱える問題に対処したがっていた。
「ミモニーさんを困らせないように、僕から皆に言っておいた方が良いかな」
「(多分逆効果です!)」
「そ、そうですね。私からも、もう一度言おうと思います」
「(それも逆効果です!)」
「ハロモゴさんはミモニーさんのことが大切なんですね」
「はい、とても!」
「そういう関係って、凄い素敵だと思う。大事にしたいね」
「大事にします!」
「(あれ、ハロモゴさんって……)」
頬を染め、いつもよりもテンションが高めのハロモゴの様子は、まるで恋する乙女だった。
「(ハロモゴさんならお似合いです!)」
いつも優しくしてくれる大事な友達。
そんな彼女が幸せになるようにと願うミモニーであった。
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「ちょっとよろしいかしら?」
「え?」
また別の日の放課後。
隣のエリートクラスの女子がミモニーに話しかけて来た。その人物の両脇にも女子が一人ずつ立っている。
不幸にも今日はハロモゴは用事があって早く帰っている。恐らくミモニーが一人の時を狙ったに違いない。
「(うう、最近は減って来たのに)」
ハロモゴとスラウンの声掛けの成果か、それとも飽きられてきただけなのか、ミモニーに対する誹謗中傷は激減していた。しかしまだ時々こうして何かを言われることがある。
「あなた、ハロモゴさんと仲がよろしいようね」
「落第女のくせに、身分の差というものが分からないのかしら」
「お情けで優しくしてもらっているだけのくせに、調子に乗らないでよね」
無表情で淡々と問いかける中央の女生徒。そして対照的に敵意を隠そうともせず露骨に見下してくる二人の女生徒。
「それに最近はスラウン様とも仲がよろしいようね」
「落第女ごときがあのお方とお話しするだなんてありえない!」
「スラウン様の優しさにつけこんで近づこうだなんて卑怯よ!」
こうなるからお近づきになどなりたくなかったのだが、こうなるから向こうから近づいて助けてくれようとする悪循環。好意でやってくれていることであるし、実際被害が減っていることもあり断ることも出来ないでいる。
圧倒されて何も言えないミモニーに対し、中央の女性が一歩前に出た。
「何か言うことは無いのかしら」
「…………」
ミモニーは知っている。こういう時はどのような弁明をしようが怒られるだけということを。彼女達は不満をぶつけに来ているのであって、どれほどミモニーが正当な理屈で反論しようが意味が無い。
「うっそぉ、まさか無視する気? 信じらんな~い」
「勝者の余裕ってやつなの? 生意気ね」
そして無言であっても都合の良いように曲解され、悪意をぶつけられてしまう。
ハロモゴやスラウンが守ってくれていなければ、ミモニーはとっくに退学していたかもしれない。
「ならわたくしから言わせてもらうわ」
「ガツンと言っちゃってください!」
「お願いします!」
二人が煽る中、更に一歩、中央の女生徒がミモニーに踏み込んだ。怯えるミモニーの顔を真正面から凝視する。
「今日からあなたはわたくしが守るわ」
てっきりきついお叱りの言葉が来るのかと思いきや、まったくの真逆の言葉にだらしなく口をあけて呆然とするミモニー。
「そう守る……え?」
「え、あれ? スズ……様?」
そして驚いたのはスズと呼ばれた女生徒のお付きの二人も同じだった。
「わたくしはスズ・カーネリスト。貴族よ」
「き、貴族、ですか?」
「ええ。貴族は弱きものを守る使命がある。あなたはわたくしに守られるべき存在なの」
「は、はぁ…………?」
スズの表情は最初と変わらず無表情に近い。しかし彼女が敵ではないかもしれないと分かると、不思議と優し気に見えてしまった。
「スズ様!どういうことですか!」
「最近調子に乗ってるその落第女を懲らしめに来たのでしょう!」
「黙りなさい」
「ひっ!」
「ひっ!」
スズはミモニーから視線を外し振り返る。その瞳は非常に冷徹なものだった。
「勝手にわたくしの後についてくるのは構いませんが、わたくしが為すことの邪魔をするというのであれば容赦はしません」
「そ、そんな……」
「私達そんなつもりじゃ……」
どうやら三人は友達という関係では無かったようだ。
「それに最近の貴方達の言動は目に余るものがあります。貴族として放っておけませんわ」
「ひぃ!」
「お、お許しを!」
ミモニーを侮辱してしまったことでスズが激怒していることに気付き、慌てて逃げる二人の女生徒。スズは彼女達を追わなかったが、果たして放っておいて良かったのだろうか。
「(うう……また酷いことされちゃう気がする)」
ミモニーが一人でいるところを狙い、あの二人が攻撃してくるに違いない。ミモニーの心はどんよりと曇っていた。
しかしミモニーを守ると宣言したスズが、そのような暴挙を許すはずがない。
「ご安心くださいませ。貴族としてあの二人には貴方に指一本、声一つ届けさせませんわ」
「で、でも貴族って……」
今の世には表立って存在していない。少なくとも東大陸の国々で貴族制が用いられていたのは遥か昔のこと。
「わたくしのご先祖様は貴族。それが今では何の意味もないことだとは分かっていますわ。ですがわたくしはなりたいのです。弱き民を守り導き、勇敢に戦った彼らのような人間に。真に貴き者に」
ゆえに貴族たらんと努力する。
弱き者を守り、愚かな者から守りたいと願う。
「なんだか、貴族というより騎士みたいですね」
「ふふ。そうですわね。ご先祖様は元々は騎士で、武勲を立てて叙爵されたと聞いています。だから騎士のような伝承が残っていたのでしょう」
そしてその代々伝わる伝承に憧れ、貴族を目指すようになったのだ。
「幸いにも、貴族として振舞うことでわたくしには信頼できる多くの仲間が出来ました。皆さんと協力して貴方を守ると誓うわ」
「あ……ありがとうございます」
「!?」
「どうしました?」
笑顔で感謝をしたら、スズが何故か慌てて視線を逸らした。
その様子にミモニーはなんとなく嫌な予感がした。
「ミモニー!大丈夫!」
教室にハロモゴが飛び込んで来た。ミモニーがスズ達に絡まれていると何処かから聞いて慌てて用事を済ませて戻って来たのだ。
「あ、はい。大丈夫です」
「そうなの?でも、そこにいるのってスズさんだよね?」
「スズさんを知っているの?」
「知っているも何も彼女は……」
「ハロモゴさん!勝負ですわ!」
ハロモゴの言葉を遮り、スズが彼女に指をつきつけていきなり勝負を申し込んで来た。
「今日こそはどちらが上か、白黒つけましょう!」
「ええと……いつも私が白なんだけど……」
「うっ……きょ、今日こそはわたくしの勝利ですわ!」
先ほどまでの貴族然とした態度はどこに行ったのか、スズは露骨に感情剥き出しでハロモゴに食って掛かる。
「あの……どういう……?」
「彼女は私に勝ちたいらしくて、何度も勝負を挑んでくるの」
「え?そんなところ私は見たことがないですけど?」
ハロモゴとミモニーは四六時中と言っても良い程に共に行動している。それならば一度くらいは勝負を挑まれる場面を目撃していても良いはずだ。
しかしミモニーがスズの姿を見たのは今が初めてだった。
「だって多分彼女が欲しいのは……」
「それ以上言わないでくださる!?」
「一緒にミモニーと仲良くすれば良いのに」
「私ですかぁ!?」
「言うなって言ったのに!」
顔を真っ赤にしてあたふたするスズ。
嫌な予感が当たったかもとミモニーは少し引き気味だ。
「ち、ちが、私は、ただ、貴族として一番にならなければ、だから、その、一番強いハロモゴさんを倒せば私が一番にって、そういうことなの!」
「じゃあ私が負けてもミモニーには近づかないよね」
「一番強い人に守られた方が彼女も安心に違いない!」
「こういうことなの。スズさん、可愛い物大好きだから」
「あ、あはは……」
貴族だって守りたい相手とそうでない相手がいる。
どうせ守るなら守りがいのある相手を選びたい。
可愛くてつい頭を撫でたくなるポンコツ少女とか。




