12. オスカーの演説
「諸君、よく来てくれた、ソースノ島臨時基地司令官のオスカーだ」
「おいおい、いつの間にお前が司令官になったんだよ」
「万年下っ端でいつもカクリュー大佐にしごかれていたくせに」
「カクリュー大佐? 誰だそれ? 肝心な時に逃亡した腰抜けなんて知らんなぁ」
「お前が司令官なら、俺は総帥だ!」
「なら俺は大統領だ!」
「あんたの場合、裸の大統領ね」
「酷いよミュリシー」
「「「「わははは」」」」
海岸沿いに建てられた一軒のプレハブ小屋。
家具も無く、テーブルだけが置かれたその場所が現在の最前線基地。
敵軍が使っていた基地は奪還戦の時に破壊してしまったため使用できず、かといって新しい基地を作る時間も人手もなく、もちろん民家を勝手に使うなんてことは考えもしない。
まるで子供の児戯。
戦争ごっこ。
そう思われても仕方ない急造基地で、大人達が作戦会議と言う名の談笑をしていた。
そんな中、一人だけ明らかに浮いている少女がいた。
「ら、らら、ランベリーさん。どうして私がここにいるんですかぁ!?」
四〇四隊の隊長、ミモニーである。
「どうしてって、作戦会議に参加してもらうためって言ったでしょう?」
「私はそういうの分かりませんよ! 指示された通りに戦うだけですって!」
「それじゃダメ。今までと変わらないじゃない。私達は風通しの良いアットホームな職場を目指しているの。現場の声も大事にするつもり」
「うう……まともそうな単語なのに何故か怖いです……」
風通しが良い、アットホーム。
良い印象を抱かせる言葉のはずなのに、漆黒と呼べるほどの闇を想像してしまうのは何故だろうか。
「ピンカーヴィー様が怯えてらっしゃる。落ち着いてもらうためにまずは簡単なことをするか。俺達が置かれた状況を改めて確認するとか良いんじゃないかな」
「賛成ね。現状認識をしておきたかったところよ」
「なら早速やろう」
「うう……その呼び方は止めて欲しい……それにせめて隅の方にして欲しいのに……どうして真ん中に……」
それはミモニーが最重要人物であるため。
軍が崩壊したことで階級はぐちゃぐちゃ。あって無いようなものだが、ミモニーだけは別格だと誰もが思っている。彼女がいなければ間違いなく全滅していたからだ。
「まず、一年半前。この世界に突然魔法が出現した」
話を進めるのはオスカーと呼ばれた、briefing も担当する男だった。
「魔法と言っても使えるものは三種類のみ。ミモニー、それが何だか答えなさい」
「は、はい! 魔力弾、防御、飛翔です!」
ミモニーの緊張をほぐすためにオスカーは簡単な質問をしてみたのだが、逆に更に緊張させることになってしまったようだ。ミモニーの全身が石のように固まってしまっている。
「その通り。魔力弾はあらゆるものを破壊する力があり、魔力弾で相殺するしかない。防御は物理的な攻撃や科学的な攻撃を全て防ぐ。核ミサイルによる放射能汚染ですら無効化するらしい。最後に飛翔だが、これは単純に自身が飛べるようになる」
それ以外の魔法は今のところ見つかっていないとされている。
「全て使える人もいれば、一部だけ使える人もいる。ミモニーのように特殊な使い方が可能な人もいれば、トサインの変身のように未知の魔法の存在もありそうだ」
「私達はその魔法を、現代社会でどう使いこなすべきかを考えていた」
魔法の解明には少なくとも数十年はかかるだろう。
そう言われていた。
「そして一年前、西大陸を統べるカサイン王国が、宣戦布告も無しに海を越えて東大陸に攻めて来た。見たことも無い魔導兵器の数々に、魔法を異常なまでに使いこなす特殊空軍。東大陸の国々をいとも簡単に征服し、大陸最大の国であるウカイトまでもなすすべなく陥落した」
「生き残った各国の軍関係者はどうにか生き延びて反抗のチャンスを伺っていたけれど、そんな機会は全く無く、ついに東北の僻地のゴーテンヴァ諸島まで追いやられてしまった」
それが彼らの正体であり、奪われた故郷を取り戻すために最後の戦いに挑んだ。そしてそれに勝利し、ソースノ島の奪回を成し遂げた。
「希望は無かった。だがそれは俺達が知らないだけだった」
「びゃあ!」
突然、全員から見られて恐怖するミモニー。
だがここでコメントを求めるような酷なことはされなかった。
「相手はミモニーのことをピンカーヴィーとして恐れている。だがこの戦争に勝利し、我らが故郷を取り戻すためには、彼女だけに頼っているわけにはいかない」
「私達が協力し、最善を尽くさなければダメ。当然よね」
ここでミモニーが一つ疑問を抱き、近くのランベリーに小声で質問した。
「あの、ゴーテンヴァ諸島に逃げてきた偉い人っていないのでしょうか?」
階級が高い、指示を出すべき『上』の人間がこの場に居ないことが気になったのだ。ゴーテンヴァ諸島に偉い人は逃げて来なかったのだろうか。もしいるのであれば、合流して指示を出そうとしないのだろうか。
その質問に答えたのはランベリーではなくオスカーだ。
とても大事な質問であったため、全員に共有するために取り上げた。
「いたけど追い返した」
「え!?」
「あいつらはソースノ島が奪還されてからのうのうと戻って来て、偉そうに指示を出そうとしてきた。ムカついたから丁重にお帰り頂いたよ」
「そんなことして大丈夫なんですか!?」
「ミモニー、そして、他の人も聞いてくれ」
オスカーはこれまでに無いくらい真剣な表情になっていた。
「俺達の心は今繋がっている。一致団結して戦おうという気持ちになっている。ここに不協和音となり得る障害を入れてはならないと俺は思うんだ。この戦争は内部でトラブルを起こしていたら絶対に勝てない。全員が前を向いて立ち向かわなければならない。だから、いざという時に参戦しなかった奴らを加えられない。奴らへの不信が俺達の邪魔になってしまうかもしれないから」
だが、それはそれで大きな問題がある。
「もちろん戦争を指揮するには、経験者がいた方が良い。ここにいる全員が一年前は下っ端で、戦争のせの字も知らないような奴らばかり。補給のやり方は? 捕虜の扱い方は? 地形に合わせた効果的な攻め方は? 訓練どころか、せいぜいが座学で齧った程度が関の山だろう」
「まるで子供の児戯ね」
そんなものは軍とは呼べない。
お遊びで国の命運をかけた戦いをするだなど、あまりにも甘すぎる。
「だがそれでも、俺はここにいる連中と共に戦いたい。処刑が怖くてこそこそ逃げ延びているだけの連中に甘い汁だけ吸わせるだなんてクソ喰らえだ。クソを喰らって生き延びた俺達が団結するからこそ、反抗の力となる。違うか!」
オスカーの激論に場は静まり、しかし目に見えない熱気が高まっていた。
「本当なら大嫌いな連中すらも使いこなしてあがくべきなのだろう。だが、良く考えて見てくれ。奴らはただ負けただけ。何も出来ずにフルボッコにされた使えない連中だ。本当に必要なのか?」
再び指揮の座につき、似たような組織を蘇らせようとしても、結果は同じになるのではないか。だったらそいつらを排除して、勝てる新しい組織を作るべきではないか。それこそが故郷を取り戻すために必要なことなのだとオスカーは吼える。
「だが俺達はやった。成し遂げた。この島を奪還したんだ。ミモニーが運良く居たからどうにかなったって? はん!そのミモニーの可能性を見いだせなかった奴らが何を言う。あいつらなら間違いなく、最後の最後までミモニーに頼ろうとはしなかったはずだ。仲間を信じて送り出せる。それが俺達の可能性であり、それを邪魔する奴らなど敵と同じだ!」
オスカーの演説は果たして仲間達の心を動かせたのだろうか。
たまった熱気はこのまま爆発するのだろうか。
「何馬鹿なこと言ってるんだよ」
冷めた言葉が聞こえてくる。
「そんなの当然だろ」
だがその言葉には熱が籠っていた。
「熱くなっちゃって。若いねぇ」
「あんな奴が入るくらいならこっちから抜ける気だったわ」
「形だけの司令官の方が千倍マシだもんな」
「「「「わははは」」」」
軽い。
あまりにも軽い。
オスカーの熱量に対して仲間達の反応は淡泊だった。
だがそれはオスカーの想いが伝わらなかった訳では無い。
「それでオスカー、次の作戦は?」
「早くしないと魔力が暴発しちまいそうだぜ」
「補給路は心配しないで全力でやっちゃって頂戴」
誰も彼もが目をギラギラしている。
やる気に満ち溢れている。
今ここでそれを暴発させるのは勿体ない。
この気持ちは敵にぶつけるべきだ。
だから静かに闘志を燃やしているだけだった。
そんな彼らにミモニーは圧倒されていた。
だが呑まれることは無く、案外冷静に状況を俯瞰できていた。
「あ、あのランベリーさん」
「何?」
今回こそは他の人に聞かれないようにと、ランベリーの耳元で囁いた。
「オスカーさん、偉い人を追い返しちゃったって言いましたけど、結果的に皆さんが納得したから良かったものの、こうならなかったらまずかったんじゃ……」
やっぱり慣れている人に指示してもらいたい。
そんな結果になったらオスカーの行動が強く非難され、それこそ内部の不協和音となりかねなかったのではないか。ミモニーはそう感じたのだ。
「あら、案外冷静なのね。でも安心して頂戴。実は追い返すことはちゃんと皆で相談してから決めたのよ」
「え? でも、なんか今初めて言ったような雰囲気でしたけど」
「ふふ、盛り上げるための演出ってやつね」
「そんなやり方もあるんですね……」
心からの言葉を思うがままにぶちまけたように思えて、実は裏では計算して演説をしていた。当然の事なのだが、呑まれてしまっては案外気付かないもの。ミモニーはまた一つかしこくなったのだった。それを使う機会があるのかどうかは不明だが。




