10. 英気を養え
「えい!」
猛烈な勢いで飛んできたボールにマルが横っ飛びで腕を伸ばす。すると辛うじてボールが砂に着く前に腕に触れ、ボールが高く浮いた。
「ナイスマル!」
力強く砂を蹴り、細身でしなやかな身体をバネのようにくねらせ、真っ赤なスポーツビキニを太陽の光で輝かせながら、シエンが全力でボールに手を叩きつけた。
ボールはネットを越え、視認が難しいスピードで相手コートへと向かう。
「ぶべ!」
そのボールがミモニーの顔面に直撃し、ミモニーが崩れ落ちると同時にボールが再び高く浮き上がる。
「まずい!」
「来るよ!」
そのボールに狙いを定め、飛び上がったのはトサイン。
『とさいん』というゼッケンが貼られている紺色のスク水を着用した小さな体が躍動し、とてつもなく高い位置からそのボールを軽く叩いた。だが軽く見えたのにも関わらずシエンのアタック以上のスピードでボールが相手コートに叩きつけられた。
「きゃあ!」
「きゃあ!」
ボールが砂に着弾する衝撃波で吹き飛ばされるマルとシエン。しかもボールは破裂してしまっていた。
「あんなの喰らったら死ぬぞ!?」
尻もちをついていたシエンが立ち上がりトサインに抗議する。
だがその怒りの矛先は、隣から聞こえて来た声で方向転換される。
「ああもう。身体中が砂だらけよ」
起き上がったマルが身体についた砂を叩き落とす。
豊満な胸に極小の真っ白なビキニ。
体を叩く度に大きく揺れ、持たざる者のプライドをズタズタにする。
「くそぉ!見せつけやがって!」
「なんのこと?」
素知らぬふりをしながら下乳の隙間に手を入れて砂を掻き出そうとし、乳の大きさを無意識にアピールしていた。否、本当はわざとやってシエンを煽っていた。
「この淫乱女が!恥ずかしくないのかよ!」
「女性だらけなのにどうして恥ずかしがる必要があるのよ」
「男が居なくても守るべき節度ってものがあるだろ!」
「あっ、お尻にも入ってる。やだぁ」
「きいいいい!」
マルがシエンを煽り続ける一方、相手コートではトサインが砂の上で横たわるミモニーのおでこを撫でていた。
「うえへへひい~」
強烈なスパイクを顔面トスしたことで、女子がやってはならない表情でピヨっている。せっかくのピンク色でフリフリ過多な可愛らしい水着が台無しだ。
「あらもう終わりなの?」
そんな四人から離れた所に置かれているビーチチェア。
それに寝そべりながら『ドキッ、四〇四だらけの水着ビーチバレー』を観戦していた一人の女性。
ミモニー達とは違いお色気たっぷりの黒いビキニの大人の女性で、マルよりも凹凸が激しく男性がいたら視線を釘付けにしていただろう。
「こんなんじゃ勝負にならねーよ、ランベリーさん!」
その人物はオペレーターとして四〇四隊をサポートするランベリーであった。
「残念ね。せっかく美少女達が可愛く戯れる姿を堪能しようと思ったのに」
「あたし達の絆を深めるための特訓じゃなかったのか!?」
「漫画じゃあるまいし、こんなお色気シーン狙った特訓なんてやるわけないじゃない。休暇とって休みなさいって言っても休まないから適当に特訓だって言っただけ」
「ぐわああああ!騙された!」
そう思っているのはシエンだけであり、ミモニーもマルもこれが休みだということに気付いていた。トサインは何を考えているのか分からない。
「英気を養いなさいって指示があったでしょ。この先、休みなんて取れるかどうかも分からないんだから、今のうちに心の栄養を補給しておくべきなの」
「補給されてるのランベリーさんだけだろ!」
「まだまだ物足りないわ。もっと跳ねて揺れるところを見せて頂戴」
「どこ見てんだよ!?」
「嫉妬しないの。あなたもお尻は綺麗だから見ごたえあるわ」
「変態!」
この先に待っているのは大陸奪還に向けた熾烈な戦いの連続。
綺麗な海で遊ぶ機会など、まず訪れないだろう。
生き残るためには少しでも訓練して強くなることも大事だが、肝心の本番で疲れて力を発揮出来なかったら元も子もない。遊びも大事な仕事である。
「もういい!泳いでくる!」
バレーボールは壊れてしまったので続けられない。
シエンは腹立たしい気持ちを解消するために、思いっきり泳いでくると決めたようだ。
「ダメよ。それは認められないわ」
「何でだよ!」
「危険だから。海は平穏に見えても何が起きるか分からない。こんなことで貴重な戦力を失うなんてことになったら目も当てられないわ」
どれだけ気を付けても海難事故は起きてしまうもの。
だったら最初から海に入らなければ良い。過保護にも思えるが、それだけ彼女達が今の軍に必要とされているということ。
「そうかそうか。本音は?」
「海に入ったら折角の可愛い体が見えなくなっちゃうじゃない」
「そんなことだろうと思ったよチクショウ!」
そんなバカげた話に付き合ってられるかと、結局シエンは海に入ってしまった。
「あれ、自由行動なの?」
「そうなっちゃったわね」
シエンが海に入り、ミモニーはダウン中で、トサインはミモニーを看護しているのか遊んでいるのか良く分からない。
「じゃあ私も行きたいところがあるので行っても良いですか?」
「ええ~つまんな~い」
「じゃ行ってきまーす」
ランベリーの抗議は無視するものと決まっているのか、マルもまた自分がやりたいことをやるべくビーチバレー会場を後にした。
「しょうがない、お姉さんはピンカーヴィーちゃんと遊ぶとするか」
ランベリーはビーチチェアから起き上がり、未だ横になっているミモニーの元へと向かった。そして氷水で冷やしていたジュースの缶を彼女の頬に当てた。
「びゃあ!冷たい!」
「目が覚めたかしら」
「お、おかげさまで……」
ミモニーは身体を起こしながらジュースを受け取り、トサインは二人から離れてフラフラと海岸沿いを歩き出した。
「ランベリーさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「どう致しまして。結局絆を深めるどころか自由行動になっちゃったけど」
「あはは、ごめんなさい」
隊長として隊員の心を掴めてないのだろうか。
そう心配しかけたミモニーの頭をランベリーは優しく撫でた。
「大丈夫。あなたは良くやってるわ」
「そう、ですかね」
「ええ。でも一つ教えて欲しいの」
「何ですか?」
とても優しい声色で、ミモニーの気持ちを慮りながらランベリーは問う。
「どうしてそんな可愛い水着を着てるの? 似合ってるけど少し子供っぽいわ。ビキニを着ましょうビキニを。あなたもそれなりに良い物持ってるんだから目の保養に、じゃなくて大人っぽくなれるわ」
「びゃああああ!何言ってるんですか!?」
どうやら今日のランベリーは真面目モードにはなれないらしい。
「この水着は友達が選んでくれたのに似てるんです」
「似てる?」
「逃げる時に水着を持って行くわけにはいきませんから」
「そりゃそうか」
だからせめて似ている物を探して着用している。
それがミモニーにとって大事な思い出だから。
「もしかして戦闘中のピンクの服も?」
「はい、友達が選んでくれたものです」
「そ、そう。その友達、中々に良い趣味してるわね。絶妙に似合ってるわ」
「ありがとうございます」
あまりにも似合いすぎているのだが、水着について言ったように少し子供っぽい。
そのことを改めて指摘するかどうかランベリーは迷った。
「(まぁいっか。敵さんはこの子をピンカーヴィーだなんて恐れてくれてるし、今のままの方が視覚効果抜群ね。むしろシエン達の装備もピンク色に統一すべきかしら)」
今はまだピンカーヴィーの名はミモニー個人のもの。
しかしいつの日か四〇四隊全員が怖れられるようになったのなら、お揃い衣装で敵を恐れさせるのも良いかもと思うランベリーであった。
そんな風にランベリーが考えている間、ミモニーもまた考えを巡らせていた。
「(ハロモゴさん、スズさん、ハヤマさん、私、生きてるよ。戦えてるよ)」
それは彼女にとって大事な存在。
彼女が戦う理由。
「(戦争を終わらせて、誰も傷つかない世界にする。私、頑張るからね)」
その想いが試される日が、すぐそこまで迫っていた。




