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もへじの涙

作者: 子柄 文字

例えば川に住むカッパ、山を登る人を食らう山姥、海で溺れた人が化けてでる七人ミサキなど、各地方のあらゆる場所には妖怪の話、あるい不気味な話が民話として代々語り継がれていたりする。

今から話す短い話も、山水(さんすい)地方の民衆によって語り継がれている、ヘマムショ坂にまつわる話だ。


ヘマムショ坂とは、山水地方にまたがる山脈を越えるための山道の一つである。ヘマムショ坂は山道の中盤に差し掛かった頃に訪れる場所で、山の中をぐるりと半円を描くように移動して山を越える。


現代と違って当時では、トンネルもなけりゃ電車もない。隣町へ渡るにはどうしても山道を通り山脈を越えるしかなかった。それゆえにこの山道は利用者が多く、ヘマムショ坂にまつわる体験談や目撃証言が、多数残っている。


ヘマムショ坂の民話は、夕方の場合と夜中の場合、二つのパターンに分けられている。

まずは夕方の場合、いや逢魔が時(おうまがどき)に差し掛かった頃と言い換えようか。

昼から夜に移り変わる、薄暗くなる時に、旅人がヘマムショ坂を通りかかると、後ろから

「うわああぁ!!」

と叫ぶ声がする。思わず振り返ってみるも、後ろには誰もいない。再び前を向いて歩こうとしても

「ぎゃあああ~!!」

またもや叫ぶ声がする。誰か道の脇に隠れているのか、今度は振り返ったまま待ってみる。


すると誰もいない坂道からひとりでに叫ぶ声がする。周囲には人どころか、獣すらいない。不気味に思った旅人は、いよいよ坂を通り過ぎ逃げるように下山する。


次いで夜中の場合、これも丑三つ時(うしみつどき)に差し掛かった頃と言い換えよう。

人も獣もありゃしない、草木も眠りにつく夜中、旅人は提灯を片手に恐怖を忍んでこの坂を通る。

「……うえぇ~ん……くらあいよおぉ~……」

どこからともなく、子供の泣き声が聞こえてくる。それも弱々しく、力尽きてしまいそうなか細い声で。

「おとおさああん……おかああさああん……たすけてよおお……」

助けを求める悲痛な叫び声に、旅人は一旦立ち止まる。もしかしたら本当に子供が迷子になっているのかもしれない。だがこうも考える。こんな山奥に、子供が迷い込むだろうか?


「……誰かいるのか、俺の声が聞こえるか」

大きな声を出して周囲を探る。といっても、夜中に加えて山奥も山奥、自分の足元を見るので精一杯、ろくに周囲を探れたもんじゃない。

「……いやだよお……なにもみえない……!! たすけて……!!」

「……いるのか? いるんだな!? 俺は今、ここにいる! 灯りが見えないか!?」


旅人は提灯を上に高く掲げ、子供に見せつける。だがそれも効果はなく、子供はすすり泣くだけ。

「おとおさあああん……! おかああさあああん……!」

呼びかけても無駄、提灯を掲げても無駄。ただ子供の泣き声が聞こえるばかり。旅人もこれは怪しい、妖か妖怪の類に違いないと腹をくくる。護身用の短刀を引き抜き


「おい! 化け物! どこにいる! 俺に襲い掛かるなら痛い目を見るぞ!」

「……たすけてええ……! なにもみえないいいいい!」

化け物は脅しに屈することはない。はなから相手にしてないのかもしれない。もしかすると、旅人の言葉を理解していないのかもしれない。

いずれにせよ、化け物は子供の泣きマネを辞めようとはしない。なんなら、旅人に襲い掛かるといったこともしない。ただひたすら、子供が泣き叫ぶモノマネを繰り返すだけである。


旅人は旅人で、気が抜けない。山奥の中、声が森林に反響して四方から響くため、化け物の場所が分からない。そうして全方位に気を配る中、いつまでたっても何も現れないことから、しびれを切らして坂を通り抜け、とっとと下山してしまった。


以上、これが夕方の話と夜の話。

興味深いことにこの民話、派生した話の数が案外多い。坂を通り抜ける途中で驚かされる話はもちろん、通り抜ける前から、叫び声や泣き声が聞こえるパターンもあれば、「こんにちは!」と挨拶され、思わず挨拶し返したというパターンもある。


最後にもう一つ、この民話は「もへじの涙」という題目で広く知られている。この題目がついたきっかけのエピソードを語って終わることにしよう。


町では、ヘマムショ坂に化け物が出ると噂になっていた。そこで二人の有力者が提灯を片手にヘマムショ坂へ向かう。時刻は丑三つ時。周囲を提灯がぼんやりと照らす中、子供の泣き声が響き渡る。


「……おとおおさあああん……おかあさああん……」

予想通りの声が聞こえる。二人は気を引き締め、じっくりと耳をすませ、声の出どころを探る。

声が聞こえる方へ、ヘマムショ坂を駆け抜ける。だがそれでもヘマムショ坂には二人以外誰も見当たらない。坂の脇の草木にそれて隠れているのか、そう思い生い茂る草木に片足を突っ込むも、見当たらない。あるいは上の木にぶら下がっているのか、そう予想してみるものの、確認のしようがない。


そんな中、一人の有力者が地面に異変が起きていることに気づいた。足元を見てみると、一部の土が茶色く変色している。しゃがみ込んで茶色い土を触ってみれば、少し湿り気がある。どうやら水で濡れているらしい。そんな茶色い線が二本、坂を沿うようにひかれている。


「こわいよおお……くらいよおお……」

化け物がまた泣き声をあげる。それからしばらくして、ツゥー……と水が茶色の線にのって坂を流れていく。まさか、本当に泣いているのか。

提灯で地面を照らし、茶色の線を追う。線の先に、何かがいることを覚悟して。


たどり着いた先にあったのは、子供のいたずらとしか思えない、「へのへのもへじ」。

だがそれでもへのへのもへじの()に相当する「の」の字から、涙の跡のように茶色の線が始まっている。


「だれかああ……たすけてえ……」

泣いたと同時に、顔全体がいびつにぐしゃっと歪む。そして大きく口を開け、目から大量の涙をボロボロと流しながらワンワンと泣き始める。それを、二人の有力者は、黙って見ていた。


以上、「もへじの涙」と語り継がれるゆえんである。

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