9話 使い魔
次の日オレは自分の部屋を片づけることにした。
もう何年も掃除していないオレの部屋は、ゴミ部屋と化していた。
母からゴミ袋をもらい、不要なものを突っ込んでいく。
半日かけて粗方の片づけを終えると、ゴミは10袋分になっていた。
「これ業者呼ばなきゃいけないかも…」
庭におかれた10袋分のゴミをみた母がつぶやく。
オレは殺風景になった部屋に一人たたずんでいた。
フィルターを掃除したからか、絶好調になったエアコンが、心地よい冷風を送ってくれる。
(とりあえず、部屋の中のゴミは“手放したぜ”。)
心の中で独り言ちるオレ。
その時。
また何か現れた。
「どうもっす!」
やけに軽いノリで姿を現した楕円形の物体。
かと思きや、不定形に形を変えだす。
「な、なんだ、お前…」
得体のしれない気持ち悪さに、机の上に避難する。
そいつは伸びたり縮んだりしながら、徐々に近づいてきた。
そして机の前まできたそれは、オレの目の高さまで伸びあがってきた。
「ヒィィィ!」
声にならない声を発するオレ。
もはやホラーだ。
「おいらは、スライムの“スラ”っす。」
突然そいつは球形に変化し、自己紹介してきた。
「スライムなのか…」
オレは安堵のあまり机の上にすわりこむ。
「伊蔵さん。驚かせてしまい申し訳なかったっす。おいらはザジさんに言われて、身の回りのお世話するために来た“使い魔”っす。」
スラと名乗るスライムはそれだけ言うと、球形のまま動かなくなった。
スライムの不定形さにビビリまくっていたオレへの配慮なのか、ピクリとも動かないその姿に、オレは親近感を感じ始めていた。
「えっと、スラって呼んでいいか?」
おそるおそるたずねる。
「もちろんっす。」
スラはうれしそうに体を弾ませながら答える。
「スラ。最初に一つお願いがあるんだけどいいか?」
弾む球体を目で追いながら話しかける。
「きける範囲でなら、なんでもおききするっす」
さらに弾みながら答えるスラ。
「その、語尾に“っす”をつけるのやめてもらえないかな。」
直球で要望をぶつけてみる。
「それは無理っす。」
速攻で打ち返してきた。
「なんで無理なんだ?」
食い下がるオレ。
「ザジさんとの約束だからですっす。」
硬い拒否の意思をこめてスラが答える。
「それは“もう一つの約束”ってやつか?」
オレは確信をこめてたずねる。
「それとはまた別の約束っす。おいら、ザジさんの使い魔にしてもらう時、主従の誓いを立てたっす。その時の誓言に『語尾に“っす”をつける』がもりこまれていたっす。」
少し誇らしげに答えるスラに、若干イラっとするオレ。
「おまえ、それ嫌じゃないの。」
今度は変化球だ。
「嫌どころか、光栄の極みっす。」
これも打ち返してきた。
しかもホームランだ。
もしスライムに表情があるなら、満面の笑みを浮かべていたであろうスラ。
しかしスラ。
お前はだまされている。
だまされているぞ。
相手は悪魔だぞ。
ザジは面白がってその条件を盛り込んだだけだ。
「それはわかってるっす。」
悟りをひらいたかのように穏やかな口調のスラ。
「っていうか、お前も心の中よめるのかよ!」
驚きのあまり、机の上からずり落ちそうになる。
「もちろんっす。悪魔の眷属になったモンスターは、悪魔の能力の一部を使えるようになるっす。」
うれしそうに教えてくれるスラ。
「ってことは、オレも心をよめるようになれるのか?」
ダメもとできいてみる。
「残念ながら、きほんモンスター以外はむりっす。でも、"魔人なら話は別っす。"」
魔人…?
「そう、魔人っす。今からそのことについて、
話すつもりっす。」
そう言うとスラは、机の上で座り込んでいたオレのひざの上に乗ってきた。