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8話 天敵

「そこ、俺の指定席なんだけど。」

下を向いているオレに誰かがまた声をかけてきた。


サクッと無視する。


どこの誰だか知らんが今のオレに関わろうとしないでくれ。


「ねぇ、無視ですか?それとも本当に聞こえていない?」

そいつはそう言うと、下をむいているオレの顔をのぞきこんできた。


目が合う。


次の瞬間!


「こいつ、“もてたいぞう”だぜ!」

その男は大声で叫んでいた。


「まじか!」

後ろにいた何人かも声をあげている。


ゆっくり顔を上げるとそいつらが立っていた。


村田新八とその取り巻きの山本と田中。

オレが“レペゼン下衆野郎”と呼んでいる三人だった。


「“もてたいぞう”が朝早くからこんなとこで何してんの?」

なれなれしくたずねてくる村田。


そいつは、軽薄でにやついた表情とは不釣り合いな酷薄な目で、オレを見下ろしていた。


オレは村田の目を見つめながら、これまでの出来事を思い出していた...



オレは小学校6年の時にこいつと同じクラスになった。


社交的で運動もできた村田は、新しいクラスでもすぐに皆の注目を集めた。

先生や保護者達からの受けもよく、“村田を見習え”が合言葉のようになっていた。


運動会の練習が始まりだした9月のある日、オレはそんな村田の裏の顔を見ることになる。


あいつは表では優等生を演じながら、裏では誰かターゲットを決めてはイジメを繰り返していた。


そのターゲットの一人が“神乃めぐみ”だった。


色白で小太りだった“神乃めぐみ”は“白ブタ”というあだ名をつけられ、クラス全体からいじられ、のけものにされていた。


唯一オレだけがそれに加わっていなかった。


そんなオレが気に入らなかったのか村田は、それに加わるよう圧力をかけてきた。


その時オレは「少し考えさせてほしい」と言ってごまかしたのだが、ある日を境にイジメのターゲットはオレにかわっていた。


視力が落ちていたオレが、初めてメガネをかけて学校に行った日のことだった。


「持田、メガネかけてるぜ。なに色気づいているんだよ。そんなにもてたいのか。」

オレの顔を見るなり村田がはやし立てる。


それに乗っかてはしゃぎ始める山本と田中。


「お前のあだ名は今日から“もてたいぞう”だ。」

有難くもないあだ名をつけられた瞬間だった。


なんでオレに“伊蔵”なんて名前をつけたんだ。

この時ほど両親を恨めしく思ったことはなかった。


その時以来オレはずっとこのあだ名でいじられ続けている...



「“もてたいぞう”、そこオレの指定席なんだわ。早くどけよ。」

あごをしゃくりながら命令してくる村田。


オレは何も答えない。


いきなり腹になにかをぶつけられた。

村田の蹴りだった。

反射的に腹を抱えてしまう。


「なぁお前ら、こいつ逃げられないように両腕おさえとけ。」

待ってましたとばかりにオレの両腕をおさえにかかる山本と田中。


「立たせろ。」

言い終わる前にもう一蹴りが腹に飛んできた。

たまらず吐しゃ物が口からあふれ出る。


「うわぁ、汚ねぇ!」

地面に落ちた吐しゃ物が、山本と田中のジャージに飛び散る。


「お前ら、汚ねぇなぁ。ゲロついてんじゃん。まじ受けるんだけど。」

寸でのところでゲロをかわした村田が二人をいじる。


やばい。

絶体絶命だ。


こんな時にこそ悪魔が、助けに来てくれるんじゃないのか…

なあザジ、きこえてるか?


しかし何の返事もない。


その時。


「お兄ちゃんだいじょうぶ!」

天音の声だ。


「兄がどうかしましたか?」

駆け寄ってきた天音が三人にたずねる。


「いやさ、伊蔵君がベンチで具合悪そうにしてたから、俺ら介抱してあげてたんだよ。なあ、そうだろう。」

目配せしながら二人に話しかける村田。


あわててうなずく二人。


「それはどうも。兄がご迷惑をおかけしました。」

天音はそう言うと三人に向かってペコリとお辞儀をした。

値踏みするような目で天音を見つめる村田。


「行くぞ。」

村田はそう言うと、ばつの悪そうな顔をしている二人に声をかけ、そそくさと公園を出て行った。


「お兄ちゃんだいじょうぶ?」

泣きそうな声できいてくる天音。


「大丈夫だって。オレの体は脂肪で守られているからな。」

わけの分からない言い訳にあきれ顔の天音。


「わたし、あいつら大嫌い。」

珍しく天音が嫌悪の感情をむき出しにしている。


オレも大嫌いだ。


「それより、なんでまた戻ってきたんだ?」

天音の気持ちを、怒りからそらせればと思いきいてみる。


「そうだった。わたしね、お弁当持っていくの忘れたの。」


なんだそれは。

オレは弁当に救われたのか…

思わず笑みがこぼれる。


「あっ、お兄ちゃん。いま笑ったでしょう!」

天音が頬をふくらませる。


「ありがとうな。」

いつの間にかオレと同じ背丈になっている妹の頭をなでながら伝える。


「フフフフフ。」

意味深な笑い。


「天音、いま笑ったよな。」

つられてオレも笑う。


「お兄ちゃんにほめられたの久しぶりだったから、うれしくなっちゃった。」

笑顔で答える天音。


「オレ、変わるから。」

天音の目を見ながら伝える。


「えっ、なんで変わるの?お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ。」

不思議そうに答える天音。


この時のオレは、まだその天音の言葉の真意を図ることができなかった。


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