7話 女神
オレは近所の公園を目指していた。
その公園には運動器具も設置してあり、とりあえずなまった体をほぐすにはもってこいだと思ったからだ。
セミの大合唱に迎えられ、なんとか公園にたどり着いたオレはベンチにすわりこむ。
息も絶え絶えだ。
頭も上げられない。
「あの、大丈夫?」
オレの頭の上で誰かの声がしたが、オレに声をかけたんじゃないだろう。
そのまま地面を見つめながら息を整える。
「伊蔵君、大丈夫?」
えっ、いまオレの名前よんだ…?
おそるおそる顔を上げてみる。
「やっぱり伊蔵君だ。」
オレの目の前に、安堵した表情の“女神”が立っていた。
女神の名前は“神乃めぐみ”。
クラスは違うが、オレがずっと想いを寄せている子だ。
抜けるような白い肌に潤んだ瞳。
困ったように少したれた眉と優しい口元。
ポニーテールが世界一似合う中学生だ。
何を隠そうオレは、小学校の卒業式の後に、この子から告白されていた。
でも、その時のオレはその想いに答えることができなかった。
いや、違うな。
ただ単にオレは逃げただけだった。
自分を守るために、「YESかNO」の返事さえ返していなかった。
きっとそんなオレのずるさ、弱さがこの状況を作ってきたんだろう。
“手放す”と決めてからオレは、自分の状況を冷静に分析できるようになっていた。
だから、目をそらすことなく“女神”の目を見ることができた。
きれいな目だった。
まぶしい。
本日二度目だ。
「大丈夫だから。心配してくれてありがとう。神乃さん。」
なんとか噛まずに言えた。
「ならいいんだけど…」
そう言うと“女神”は何処かへ走りさっていく。
「だよな…」
再び頭を下げるオレ。
地面を見つめながらこみあげてくる涙をこらえる。
たまたまベンチにしんどそうな誰かがすわっていて、
それを心配した彼女がたまたまオレに声をかけてくれた。
ただそれだけのことじゃないか…
オレは何を期待してたんだ。
自分の愚かさに嫌気がさす。
「伊蔵君。これ。」
突然声をかけられて、その場に固まるオレ。
頭を上げると、ペットボトルの水を差しだしている“女神”が立っていた。
「ごめんね。スポーツドリンクとかの方がいいと思ったんだけど売り切れてて…」
申し訳なさそうにほほ笑む“女神”。
「ありがとう。」
ペットボトルを受け取ると、ふたを開けて一気にのどに流し込む。
「おいしい…」
飲み終わったオレは思わずつぶやいていた。
体の隅々にまで水分がいきわたる感覚。
水ってこんなに美味しかったんだ。
「よかった。久しぶりに伊蔵君の笑顔見た気がする。そういえば、こうやって話すの修学旅行以来だね。」
懐かしそうに話しかけてくれる“女神”。
「だね。あれから一年近くたったんだよな。」
自然な会話ができていることに驚きながら答える。
「あの時はありがとうね。すごく助かったし、うれしかった。」
オレの目を見ながら“女神”がお礼を言ってくれている。
尊すぎる。
後光がさして見える。
手を合わせたくなるのを我慢するオレ。
しかし、なんて答えたらいい?
オレが逡巡している間に時間だけが過ぎていく。
「ごめんね。そんな前のこと覚えてないよね。」
ふいに“女神”の表情に悲しみが影を落とす。
「また新学期にね。」
それだけ言うと、今度こそ本当に“女神”はオレの元を去っていった。
忘れるはずがない。
最悪だった修学旅行で、唯一オレの救いになった思い出を...
忘れるわけないじゃないか。
また答えられなかった悔しさが、“女神”傷つけてしまった悲しさが、涙になってあふれ出る。
そして、泣いているのを見られないよう下を向いているオレのところに、そいつらはやって来た。