59話 スペシャルランチセット
クラブ見学の翌日の昼休み。
オレは学校の食堂入り口前で大津賀先輩と待ち合わせをしていた。
朝一で三橋さんが『ランチをご馳走したい』という大津賀先輩からのメッセージを伝えてくれたのだが、そもそも異性との待ち合わせ経験の乏しいオレは、ずっとそわそわしっぱなしだった。
(以蔵さん、少しは落ち着いてくださいっす。)
スラがあきれたように声をかけてきた。
分かってはいるけどなぁ…
こんな時はどんな顔して待ってたらいいんだ?
(クールな感じっす!)
ていうかスラ、昨日からそればっかりじゃねえか。
(今日こそクールな以蔵さんが見たいっす!)
ぜったいクールは譲らない勢いでスラが繰り返しくるので、今回はクールに、そう『意識しないし意識させない』を目標に頑張ろうと決意を新にする。
そうこうしているうちに、次々と押し寄せてくる生徒達の人波の中、ひときわ目を引く大津賀先輩があわてた様子でこちらに近づいて来るのが見えた。
「持田君、待たせてごめんね。」
少し息を切らせて声をかけてきた制服姿の大津賀先輩
は、袴姿とはまた別の魅力にあふれている。
「いえ、オレも来たばっかりだったんで…」
オレはそう答えながら、改めて大津賀先輩の凛としたたたずまいに心惹かれてしまう…。
「じゃぁ、中入ろうか。」
そう言って食堂へ入っていく大津賀先輩の後を、オレも遅れないようについていく。
「実はスペシャルランチセットを予約していおいたんだけど、持田君、それで構わない?」
「まじですか…!?」
オレのテンションは大津賀先輩のその一言で爆上がりする。
スペシャルランチセット…
それは予約(別途料金発生)なしでは食べることのできないセレブメニュー。
元一つ星レストランのオナーだった調理長が、腕によりをかけて提供してくれる、およそ高校の食堂レベルを超えたそのセットは、値段はもちろんのこと、その希少性からもはや都市伝説化していた。
卒業までには一度でいいから食べてみたいと思っていたスペシャルランチセット。
まさかこんなに早く食べる機会がおとずれるなんて…
オレは期待に胸を膨らませながら、長蛇の列を横目にレジへ向かう大津賀先輩の後を追う。
大津賀先輩はレジのおばちゃんにスペシャルランチセットの予約について伝えながら、スマホを取り出し読み取り機にそれをかざす。
ピッという決済音とともにスマホにつけたストラップが揺れる。
まさかあのストラップ…
オレが目ざとく見つけてしまったのは『弓恋』のキャラだった。
「持田君、予約席へいこう。」
支払いを済ませた大津賀先輩はそう言うと、食堂の後ろに向かって歩きだした。
オレは既に満席になっている食堂の真ん中の通路を歩きながら、前を進む大津賀先輩の手に握られたスマホのストラップから目がはなせなくなっていた。
ユラユラと揺れる二頭身のキャラ…
ピンク色の髪といえばあのキャラしかいない。
確信をもったオレが視線を前に戻すと、『RESERVATION』とかかれた扉の前に到着していた。
「入ろう。」
慣れた様子で扉を開けて中に入っいく大津賀先輩。
オレも慌ててその後を追って中に入る。
するとそこには、さっきまで通ってきた食堂とは全く別の世界が広がっていた。
淡いグリーンで統一された壁にはステンドグラスを使って幾何学模様が描かれている。
また部屋の四隅には一目見て手が込んでいるとわかる木製の調度品もおかれていた。
「持田君、すわって。」
オレはすすめられるままに、真っ白なテーブルクロスのしかれたテーブルに、大津賀先輩と対面するかたちですわる。
「ようこそ、いらっしゃいました。」
オレと大津賀先輩がすわったのを見計らったようなタイミングで誰かが入ってきた。
振り向くとそこには、白い厨房服を着た恰幅のよい年配の男性が立っていた。
「辰さん、今日はよろしくね。」
「もちろんです、お嬢様。お任せください。」
その男性は軽く会釈すると、オレと大津賀先輩のグラスにそれぞれ水を注いでくれる。
よく見ると、その男性の右胸には、『調理長』とかかれた名札もついている。
もしかしてこの人が伝説の一つ星シェフ…!?
ていうか、そんなシェフと知り合いの大津賀先輩って何者?しかも、お嬢様って…
いや、それよりも何この部屋!?
ここは公立高校ですよね?
何で!?
どうして?
謎が謎を呼ぶ急展開にオレの思考が追いついていかない。
(以蔵さん。こんな時こそクールっす!)
スラが声をかけてくれるもぜんぜん響いてこない。
「持田君、驚かせてたらごめんね。今から全部説明するから。」
大津賀先輩はそう言うと、謎の解き明かしを始めてくれた。
そもそもの経緯は食堂の老朽化らしく、学校に配当されている予算では改修工事が不可能だったため取り壊しが決定していたらしい。
それに待ったをかけたのがレストランを複数経営していた事業家の大津賀正純、大津賀先輩のお父さんだった。
お父さんは「子どもの健全な成長はより良い食事と環境から」をテーマに、食堂改修の費用を全額負担したのみならず、材料や調理方法を合理化し食堂メニューの見直しも図った。
そして、リニューアルされた食堂の責任者として招聘されたのが、引退して悠々自適な生活を送っていた辰さんこと、辰巳昭信さんだったのだ。
ちなみにこの『RESERVATION』ルームは、応接兼特別室として、お父さんたっての願いで食堂に併設されたらしい。
そこまでの説明をきき終わったタイミングで、再び辰さんがワゴンを押して入ってきた。
「時間があれば順番に料理をお持ちするのですが、今日はお昼休憩ということなので、全ての料理並べさせていただきます。」
辰さんはそう言うと、ワゴンにのせられた料理をテーブルに並べはじめた。
量こそ多くないものの、丁寧に調理されたプレートが白いテーブルの上に彩りを添えていく。
最後にお品書きを残して部屋を出ていく辰さん。
そこには、
・桜鯛のカルパッチョ
・前菜盛り合わせ
・ごぼうのポタージュ
・春豆と蛍烏賊のアヒージョ
・バゲット
・国産黒毛和牛のハラミのレアステーキ
・季節のデザート
の7品が明記されていた。
「持田君、あまり時間もないし食べよ。」
ナイフとフォークを手にした大津賀先輩が声をかけてきた。
「はい…。」
オレは答えつつも不安でいっぱいだった。
そう。オレはナイフもフォークをほとんど使ったことがなかったからだ。
こんなことになるなら、少しでも練習しておくべきだった…
と悔やんだところでもう手遅れ。
オレは意を決してナイフやフォークの入ったカトラリーをのぞきこんだ。
そして見つけてしまった…
カラトリーの底でナイフ、フォーク、スプーンに負けないくらいの圧倒的存在感を放つ救世主…『箸』を…。
ありがとう、辰さん。
一つ星シェフの気配りに感謝を述べつつ、オレが箸を使って最初につかんだのは、桜鯛のカルパッチョ。
薄桃色の白身にほんのり紅がさした身を口に運ぶ。
かめばかむほど桜鯛の身の歯ごたえと旨さが口に広がる。
美味しい…
おいしすぎる。
こうなったらもう止箸はめられない。
そのままの勢いで前菜の盛り合わせを口に運ぶ。
菜の花とクリームチーズをサーモンで包み塩と黒こしょうで味付けした一品は、菜の花のシャキシャキ感とクリームチーズのまろやかさが、サーモンの脂と相まって舌の上で踊りだす。
グリーンアスパラガスと帆立に『くるみみそ』をそえた一品は、アスパラガスのみずみずしい食感と帆立の柔らかな歯ごたえが『くるみみそ』ととけあい、えも言われぬハーモニーをかもし出す。
湯葉で巻かれたアボガトに明太子ソースをかけた一品は、アボガトのまろやかな旨味を湯葉が絶妙に包み込み、そこにアクセントとして明太子ソースが合わさることで、絶妙な味わいを深さ演出している。
この三品三様の前菜カルテットを堪能した後、口直しに水を一口飲んだ。
「持田君、おいしいね。」
オレが箸休めしたのを見計らって大津賀先輩が話しかけてくれる。
「はい。めちゃくちゃ美味しいです。」
オレは答えながら大津賀先輩の真似をして、ちぎったバゲットをアヒージョに少しひたしてから食べてみる。
うまい!
ガーリックのきいたオリーブオイルがバゲットにしみこみ、シンプルなのに奥深い味がする。
そこに春豆と蛍烏賊をコンボさせることで究極の味変が完成し、固くて食べにくいイメージのバゲットが、アヒージョの最高パートナーとして上書きされる。
ここまで食べたオレは、箸をスプーンに持ち替えて、ごぼうのポタージュをすくって口に運ぶ。
見た目は真っ白な雪のような色をしているに、しっかりとごぼうの風味がする。アヒージョの濃い感じとは対照的なさっぱり感もありながら、まろやかな野菜の旨味が舌の上で心地良い。
そしてとうとうオレの前には、国産黒毛和牛のハラミのレアステーキが残されているだけになった。
サイコロ大に切り分けられたハラミは、余熱の加減で肉の真ん中から表面にかけて、赤、桃、茶色のグラデーションをつくっている。
あれだけ食べてきたのに、思わずツバをゴクリと飲み込んでしまう。
オレはスプーンを箸に持ち替えると、レアステーキを一切れつかみ口に運んだ。
……………。
なにこれ?
かんだ瞬間に肉が溶けて消えてししまう…
舌の上に肉汁の旨味だけを残して。
「美味しい…」
レアステーキを食べた大津賀先輩が、口に手をあててつぶやいている。
オレは思いがけず目が合ってしまった大津賀先輩とうなずきあい、二切れ目を口にする。
一口目の驚きが薄れることはなく、さらなる感動の記憶が舌の上に刻まれる。
あっという間にハラミのレアステーキは、オレの皿の上から姿を消してしまった。
まさに事件だった…。
レアステーキ行方不明事件…?
なんて馬鹿なことを考えていると、デザートをのせたワゴンをおして辰さんが入ってきた。
そのままワゴンをテーブルのそばに寄せると、空いたプレートを手際よく片付けていく。
「佐藤錦のジェラートベリー添えになります。」
片付け終わった辰さんがオレと大津賀先輩の前にジェラートの器をおいていく。
赤・黒・紫色のベリーがのったうすピンク色のジェラートと、それを囲むように配された真っ赤なイチゴ。
食べてしまうのが惜しくなるようなビジュアルだが、そうもいってられない。
オレは器と一緒におかれたデザート用のスプーンでジェラートをすくうと、口に運んでみる。
…………?
とけた…??
そしてきえた…!
オレの口の中には、ほのかな酸味と爽やかな甘みだけが残っている。
大津賀先輩の方は、口を手で隠し驚いた表情のまま固まっている。
再び目が合ってしまうも、うなずき合い食べ進む。
ジェラートを完食し、添えられたベリーを食べていると、辰さんが食後のコーヒーを運んできた。
「タンザニアのスノートップ・ブランドのコーヒーです。」
そう言いながらおいてくれたのは、ガラスのカップに入った、赤ワインのような色をしたホットコーヒーだった。
基本オレは、ブラックコーヒーは飲まない、いや飲めないのだが、美味しそうにコーヒーを飲み始めた大津賀先輩をみて飲んでみることにした。
カップをゆっくりと口元に運び、おそるおそる一口目をすすってみる。
芳醇な香りが鼻の奥に抜けていったかと思うと、フルーティな酸味と甘みが口の中に広がる。
「美味い…」
オレは小さくない声でつぶやいていた。
「おいしいね…。」
大津賀先輩は言いながら、ジャケットの内ポケットからスマホをとり出し画面を確認しだした。
「持田君、あと3分くらいで昼休み終わっちゃうかも…」
スマホの画面を見ながら大津賀先輩が教えてくれるも、オレの興味は、ピンク色の髪をしたストラップのキャラにあった。
「大津賀先輩、そのストラップについてるの、『弓恋』のキャラですよね?」
「そう。持田君よく知ってるね。桜路春舞っていうんだけど、私の推しキャラなんだ。」
それがほぼ無言で食べていた、二人にとっての初会話のようになった。
「『片思いは最強なんだよ。』でしたっけ?」
オレはコーヒーをすすりながら、知っている知識をふってみる。
「それ春舞君のセリフだよね。『残念王子』なんて言われてるけど、私の中では『最強王子』かな…」
うれしそうにピンク髪のキャラを揺らしながら答える大津賀先輩。
「実はオレ妹から『残念王子』って呼ばれることがあって…。最近やっとその意味がわかったんですけど、オレってそんなに似てます?」
「…………」
その発言をきっかけに、無言でまじまじとオレを見つめる大津賀先輩。
そして何に気づいてしまったのか、急に目が泳ぎだした。よく見ると頬も赤らめている。
「うーん。似てるというか、雰囲気はあるかな。」
なんとか平生を保って答えようとするも声が上ずっている。
急に挙動不審ビューテになってしまった大津賀先輩…
ギャップが可愛すぎる。
もう少し見ていたい気持ちはあるものの、昼休みが終わりそうなので話題を変えることにした。
「あの話は変わるんですけど、今日は本当にごちそうさまでした。すごくおいしかったです。」
「うん。それならよかった。」
「それで、支払いなんですけど…すごくお高いんじゃないかと…。」
「支払いは気にしなくていいよ。ご馳走するって約束だったから。ちなみに、値段の方は知らない方がいいかも…。」
「ですよね…。」
そんなやりとりをする中、クールビューティに戻った大津賀先輩が真顔で話し始めた。
「そうだ。実は持田君に伝言があるの。」
「えっ、誰からですか?」
「丸井部長と五宮会長から。」
まじか…
二人からの伝言なんて嫌な予感しかしないぞ…
などと思いながらも口には出さない。
「『来週月曜日の放課後に映像研究部の部室へ来るように。』これが伝言。」
「映像研究部の部室ですか?」
「そう。映像研究部の部室は食堂の真上の四階にあるから。私も後から合流する予定だし、それまで何とかがんばって。」
『なんとかがんばって』って、いったい何をやらされるんだ…!?
怖くてそれ以上きけなかったオレは、うなずつきつつ最後の一口を飲みほした。
そのタイミングでお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始める。
オレはチャイムの音を聞きながら、大津賀先輩との美味しい思い出が、少しずつ不安へと味変していくのを感じずにはいられなかった。




