57話 クレーンゲーム
生徒会劇場は渡井副生徒会長の終了宣言によってあっけなく解散となった。
不満気な表情だった杏子は吹奏楽部へ、サバサバした様子の三橋さんは弓道部へそれぞれ移動して行った。
山下弟は、そのまま生徒会室に居残らされ、姉から何やら小言を言われているようだ。
オレはというと、スラとの約束を守るためクレーンゲームのあるアミューズメントパークに向かって歩いていた。
歩きながらオレは、『エンチャント【魅惑】』について改めて考えを巡らせていた。
それというのも、さっきの生徒会劇場での五宮先輩や杏子の言動に違和感を覚えていたからだ。
なぁ、スラ。
『エンチャント【魅惑】』の効力についてもう少し詳しく教えてくれないか?
(了解っす!)
そう言うとスラはその効力についての説明を始めてくれた。
それによると、
『エンチャント【魅惑】』は対象の情動に直接働きかけ承認欲求を刺激するとのことだった。
それはつまり、『エンチャント【魅惑】』の影響下にある対象者は、オレからの注目を集めるために、より感情的かつ衝動的な態度をとってしまうということなのだそうだ。
オレの場合、杏子からは積極的かつ攻撃的な態度を、五宮先輩からは悲観的かつ独占的な態度を引き出してしまっていたようだ。
特に精神面が発達段階にある対象者は、抵抗力も弱く容易すく『エンチャント【魅惑】』の影響下に陥ってしまう。
ちなみに大津賀先輩は精神面での強さがあるため、まだ『エンチャント【魅惑】』の影響下にはないらしい。
一方で『チャーム【魅了】』は、その力を失くしたわけではなく、『エンチャント【魅惑】』に統合された結果、よりパワーアップして常時発動しているとのことだった。
(以蔵さん。大いなる力には大きな責任が伴うってことっす。)
スラは最後にその一言を添えて説明を終えた。
『大きな責任』か…
正直まだ不安もあるけど、できるだけ相手を意識しないことと、意識させる言動は控えること。つまり、超クールな態度ですごせばいいってことだよな?
(その通りっす。)
そんなやりとりしながら歩いていると、だんだんとアミューズメントパークの派手な赤い看板が近づいてきた。
国道沿いにあるそのアミューズメントパークは、週末になると若者や家族連れでにぎわうのだけど、平日の夕方からの時間だと人もまばらで、クレーンゲームをするには絶好のタイミングなのだ。
オレは店内に入ると、目的のクレーンゲーム台に向けて移動する。
予想どおり客の姿はほとんどなく、今日はゆっくりプレイできるぞと思ったやさき、目的のクレーンゲーム台の前に一人先客がいるのを見つけてしまった。
その先客は制服を着た黒髪の少女で、ガラスぎりぎりまで顔を近づけて、景品を凝視している。
ちなみに、目的のクレーンゲームは、『弓恋』キャラのクッションを手に入れられるということで、いつも順番待ちをしている人気の1台だった。
(以蔵さん、先客がいるっす。)
少し残念そうにスラが話しかけてきた。
だな。
今日は順番待ちもなさそうだし、終わるまで少し様子を見よう。
(はいっす!)
久しぶりのイクラちゃん返事で了解の意を伝えてくれるスラ。
しかし、待てど暮らせどその子が移動する気配は見られなかった。それどころか、クレーンゲームを操作している様子もない。
さすがにしびれを切らせたオレは声をかけてみることにした。
「あの、すいません。オレもこのクレーンゲームしたくてずっと待っているんですけど、もしプレイしないなら代わってもらえないですか?」
その子は驚いた様子でこちらに顔向けるとペコリと頭下げた。
「ごめんなさい。次こそ取れそうなんだ。申し訳ないけど、両替に行っている間、この場所とっておいてもらえないかな?」
お願いしてきたのは、右目に眼帯をつけた内巻きのショートボブが似合う美少女だった。
「別にいいけど…」
オレの答えに会釈をした眼帯少女は、両替機に向かって脱兎のような勢いで走り去っていった。
数分後…
両替を終えた眼帯少女は、クレーンゲームに再チャレンジしていた。
慎重にクレーンを操作しては景品を運ぼうとするも、途中で力尽きたように景品が落ちてしまう…
スラ曰く、確率機と呼ばれるその機種は、確定モードに入らなければアームで景品を運ぶことは難しく、『寄せ』や『落とし』といった技も使う必要があるらしい。
しかしそんなことを、三連敗のショックから台の前でヒザを折って固まっている彼女に伝えられるはずもない。
(いつになったら代わってくれるんすかねぇ…)
珍しくスラがぼやき始めた。
だなぁ…
もしスラならあの子の狙ってる景品ゲットできそうか?
(そうっすねぇ…ほぼ落とし口のそばまできてるんで、あと一押しできればいけるっす!)
そうか。
オレはスラの返答を確認してから、ある提案を眼帯少女に伝えることにした。
「あの、ちょっといいですか?」
台の前でヒザをついて固まっている眼帯少女に声をかけるも微動だにしない。
「もし、よかったらオレが代わりに景品とりましようか?」
その言葉を伝えた次の瞬間、フリーズしていた眼帯少女がすごい勢いでこちらを見上げてきた。
「君は神か…」
そう言いながらオレを拝もうとするので、さすがに止める。
「その代わりもし景品がとれたら、1プレイ分の500円返してもらいますけど、それでいいですか?」
「いいも何も当たり前だよ。もしとってくれたら、そこのフードコートで何でもごちそうする。」
眼帯少女はそう言うと立ち上がり、オレに台を譲ってくれた。
さぁ、スラいくか。
(了解っす!)
オレは100円玉5枚を投入し台の前でスタンバイする。
確かに目的のクッションは落とし口付近まできている。
それを確認したオレはスラと一緒に唱えた。
((合体!!))
頭の上にのったスラから伸びてきた体の一部が、オレの右手の甲に重なる。
オレはスラが操作しやすいようできるだけ脱力し、臨機応変に動けるよう備える。
そしてボタンを押しゲームをスタートさせる。
陽気なゲーム音が流れ出しアームの本体がピカピカと光り出す。
オレはアームを操作するスティックの下部分を持つようにし、上部分を透明化したスラが受け持つ。
3本爪のアームは軽快に動き出し、狙っていた景品の真上より少し右側、取り出し口からは少し遠くの位置で止まった。
スラ、本当にこの位置で大丈夫か?
(大丈夫、完璧っす!)
いつになく自信満々のスラに、オレは安堵を覚えつつ結果を見守ることにする。
止まった位置から真下に降りていくアーム。
2本の爪先が景品のクッションに触れたところで、3本のアームが開き始める。
2本分のアームに押されたクッションは、落とし口の方へ傾いていく。
アームが伸び切ったところで、景品のクッションは落とし口の中へ落ちていった。
「「(やった!!!)」」
3人同時に叫ぶと、オレ(&スラ)は眼帯少女とハイタッチしていた。
景品取り出し口からうれしそうにクッションを取り出す眼帯少女。
「本当にありがとう。」
クッションを大事そうに胸の前で抱えながら、ペコリと頭を下げてきた。
「どういたしまして。」
「ボクは吉川乃愛。よろしくね。」
「オレは持田以蔵。こちらこそよろしく。」
こうしてオレは吉川さんと知り合ったのだけれど、この出会いが新たな危機の火種になるとは、この時のオレは知る由もなかった。




