56話 生徒会室
放課後の生徒会室は気まずい空気に包まれていた。
「放課後よんでいたのは持田君だけだったはずだけど…。とりあえず持田君以外の3人は順番に自己紹介してもらえないかな。」
最初に話しだしたたのは、眉間にシワをよせ渋い表情を隠そうともしない副生徒会長だった。
それをうけてオレの左横にいた杏子が自己紹介を始める。
「以蔵君と同じクラスの山田杏子です。呼ばれていないけど、彼の付き添いできました。」
「左に同じく、三橋真弓です。来た理由は山田さんと同じです。」
「えっと…山下璃央です。持田君とは同じクラスで、知り合ったばかりですけど、なんか気になったのでついてきました。」
『なんか気になったのでついてきました』という理由はさすがにまずいだろうとオレは心の中で突っ込みながら、何故こんな状況になってしまったのかをふり返ってみる。
まず、クラブ体験を終えて教室に戻ってきたら杏子がオレを待っていた。『五宮先輩とは中学校時代にも色々あったから…』と言って付き添うことを決めてしまっていた。
次に三橋さんだが、弓道部への入部を決めたようで、帰り際に丸井部長と何かを話していたことが関係しているのかもしれない。『先輩に持田君を見張っておくようにと言われているから…』と言って付き添いを志願してきた。
最後に山下は、本当に何故ついてきたのか分からない。『なんか気になったので…』というのは本当のことなんだろう。
そんな3人の自己紹介が終わった後、副生徒会長はオレたちに着席するよううながしてきた。
直径3mはあろうかという円卓の周りを、生徒会役員たちと対面するかたちで着席すると、オレの目の前にいた五宮先輩が話し始めた。
「えっと、持田君をはじめ山田さん、三橋さん、山下さん、放課後のプライベートな時間なのに生徒会室まで来てくれてありがとう。見ての通り、生徒会は人材不足なの。今活動しているのは、生徒会長の私、副生徒会長の渡井さん、書記の山下さんの3名だけ。これが持田君を呼ばせてもらった理由かな。」
五宮先輩は左右に座る副生徒会長と書記に視線を向けつつ現状を訴えてきた。
「それはつまり、オレに生徒会へ入ってほしいということですか?」
「ぶっちゃけそういうこと。持田君には広報担当として生徒会のPRをお願いしたいと考えてる。」
「ちなみに、何でオレなんですか?」
「これもぶっちゃけていうけど、持田君には人を惹きつけるカリスマみたいな何かがあると感じてる。そんな持田君が生徒会をPRしてくれたら、きっと状況が変わっていくと思うの。」
五宮先輩、それは『魅惑【エンチャント】』という効果が作用しているからですよ…とは言えるはずもなく、オレが返答に困っていると、杏子が代わりに話しだした。
「先輩。それって、そちら側の勝手な事情ですよね。どうして以蔵君が巻き込まれないといけないんですか?」
詰問口調で問いただす杏子。
「私も同感です。それじゃまるで持田君が人寄せパンダみたいじゃないですか。」
人寄せパンダという表現はどうかと思うが、杏子の勢いに乗っかるようにして、三橋さんも口火を切る。
二人のCOMBOが炸裂したことで、生徒会室には気まずいを通り越して、不穏な空気さえ漂い始めた。
「あの…僕も発言していいですか?」
しかし、そんな空気をものともせず、おずおず と山下が手を挙げた。
全員の視線が一斉に山下の方へ集まる。
「いいよ、山下君。」
五宮先輩に優しく声をかけられた山下は、安堵の表情をうかべて話し始めた。
「えっと、持田君なんですが、6時間目のクラブ体験で弓道部に仮入部することが決まっています。なので、生徒会に入るのはそもそも難しいかと…」
会長、副生徒会長、杏子が驚きの表情のなか、書記の山下さんだけが渋い表情になっている。
山下のこの発言で不穏な空気は霧散したものの、再び気まずい空気になっているところへ、書記の山下さんが話し始めた。
「書記の山下瑞穂です。今発言した山下璃央の姉になります。持田君が弓道部に仮入部したとのことですが、仮入部であれば生徒会活動との兼務は可能です。」
仮入部であれば生徒会活動との兼務は可能というトピックよりも、山下璃央と姉弟であるというカミングアウトのインパクトが強すぎたせいか、皆視線を姉と弟との間で行ったり来たりさせている。
金縁の丸メガネにおさげ髪という大正女子風な山下姉と度の強い丸メガネに前髪パッツンの山下弟。
二人とも意識してビジュアルがかぶらないようにしているようだが、よく見ると一つ一つのパーツは驚くほど似ている。
「実は僕と姉は双子の姉弟なんです。僕の方が小学校3年の時に大病を患って1年間入院していたので、姉とは学年が一つ違っているんです。」
さらに、山下弟からの双子カミングアウトと1年先輩情報が加わって、生徒会室は混迷な状況に陥っていた。
そんな状況を収集しようと、副生徒会長の渡井さんが話しだした。
「話が本筋からそれていってるので元に戻します。会長が言ったように生徒会は存続の危機にあります。その危機を乗り越えていくために持田君に力をかしてほしいと思っています。もし力をかしてもらえるなら2つの報酬を用意してます。」
知的な雰囲気を漂わせたメガネ女子な渡井さんからの提案に、混迷な状況が一変、話し合える空気になっていく。
「その2つって具体的に何ですか?」
オレがきこうとしていたことを杏子が先にきいてしまう。
「それは私の方から説明します。」
そう言って話しだしたのは、山下姉だった。
その説明によると、
1つ目は、会長秘書になれること。
これは会長の側近として会長実務をリアルタイムで学ぶことができらしい。
2つ目は、キープカードを使用できること。
このカードを食堂で提示すると販売されている商品を取り置きしてもらえるらしい。
正直、1つ目の会長秘書には全く魅了を感じないが、2つ目のキープカードはかなり心惹かれている。
というのも、食堂では毎日限定10個で特製ハムバーガー(『味・価格・ボリューム』をコンプリートしている一品)が販売されているのだが、このカードを使えば幻の一品を手に入れることができるかもしれないと思ったからだ。
さて、どうしようか…
などと考えていると、今度は三橋さんが話しだした。
「まず、会長秘書って何なんですか?政治家じゃあるまいし。あと、キープカードが生徒会だけに与えられているのもずるくないですか?」
オレを含めた4人が感じていたであろう疑問を投げかけてくれる。
「それについては、私から説明させてもらうね。」
そう言って話しだしたのは五宮先輩だった。
「最初にキープカードは、正確には生徒会ではなく、生徒会役員の会長、副会長、書記だけにわたされているの。どうしてかっていうと、生徒会役員は休み時間にも集まって話し合うことが多くて、他の生徒と同じタイミングで食堂に行けないから。」
五宮先輩はそこまで説明して、ペットボトルの水を一口飲んで一息ついた。そして続けて話し始める。
「会長秘書は、生徒会規約第7条2項『生徒会役員は三分の二以上の賛成を以て必要な役職を設けることができる』に従って新設した役職で、持田君がこの役職に就くことで会長のキープカードを代理で使うことができるの。」
なるほど。
そういうからくりか。
本来オレがキープカードを使うには生徒会役員になる必要がある。でも、会長秘書という新設されたポストに就くことで、会長の代理としてカードを使うことができる…
って、それはありなのか?
しかし、何故そこまでしてオレを生徒会に取り込もうとする?
(とりあえず一旦断って様子をみた方がいいっす。)
そんなオレの疑問に答えるかのようにスラが話しかけてきた。
なんでそう思う?
(相手の意図が見えなさすぎっす。美味しそうなエサに目がくらんで、徐々に糸でからめとられる…みたいなことになったら目もあてられないっす。)
なるほど。
会長秘書になればキープカードは使えるかもしれないけど、それによって五宮先輩との関係がより親密になるだけでなくそこに主従の関係も生まれるかもしれない…
(その通りっす。)
オレとスラがそんなやりとりをしていると、黙ってこちらの反応をうかがっていた五宮先輩が再び話し始めた。
「山田さん、三橋さんの言う通り、全部こちらの事情だと思う。でも、持田君を決して客寄せパンダのようにする気がないことだけは信じてほしい。」
泣きそうな声で訴えかけてくる五宮先輩。
って、本当に泣いてる?
切れ長の目端から涙を流している五宮先輩に、ハンカチを渡す山下姉に背中をさする渡井さん。
なんだか演技じみた光景にオレの決意は固まる。
「わかりました。生徒会のPRはお手伝いします。でも、生徒会には入りません。念のため、弓道部の丸井部長にも話を通しておいてもらえると助かります。」
オレはできるだけ感情を交えずにそれだけを伝えた。
「ありがとう…以蔵君。本当にありがとう…」
ハンカチで目元をおさえながら、『ありがとう』を繰り返す五宮先輩。
五宮先輩、情緒不安定なのか…?
現状では、彼女がオレを生徒会に取り込もうとする真の意図は見えない。 案外、彼女が先走っただけかもしれないけど…
そんなことを考えながらオレは、この生徒会劇場がどのように終幕するのか見守ることにした。




