50話 六翼の大悪魔
ザジとのやりとりが思いのほか時間をくってしまったせいで、ダッシュの甲斐もなく、オレが学校に着いた時には1時間目の授業が始まっていた。
「持田、遅刻だ。」
オレが教室の後ろのドアからこっそり入ったのを目ざとく見つけたのは、古文担当の門松先生だった。
「すいません。いろいろあって遅れました。」
「ふん…!いろいろって何だ?説明してみろ。」
今年定年を迎える還暦間近のベテラン教師が、ずれ落ちそうなメガネを直しながら詰めてくる。
「世界を滅ぼすかもしれない力を手に入れたかもしれないので、その使い方を確認してました。」
オレは息を整えつつ悪びれることなくありのままを伝える。
オレがふざけていると思ったのか、教室のそこかしこから忍び笑いが聞こえてきた。
数人の男子生徒が振り返って、何か期待する表情でこちらを見てくる。
「何だその厨二病みたいな言い訳は…。もっとましな言い訳はできんのか。」
門松先生はあきれた様子でそう言うと、何事もなかったかのように授業を再開する。
オレは授業が中断されることを期待していた何人かの残念そうな表情を横目に、自分の座席に向かい席につく。
すぐにカバンから筆記用具とノート、机から古文の教科書を出して授業を受けますよという体をアピールするも、頭の中はザジとの最後のやりとりのことで一杯だった。
なのでオレは、授業を受けるふりしながら、スラとのやりとりに意識を向けることにする。
なぁ、スラ。
ザジが最後に警告してくれた強欲のこと教えてくれないか。
(了解っす。以蔵さん、以前大悪魔たちについて話したの覚えているっすか?)
ああ…、たしかスラが来たばかりの時に、天界や魔界について教えてくれた時のことだよな。
(そうっす。その時に魔界はルシファー様の翼を持つ6人の大悪魔たちによって支配されていることを説明したっす。)
そうだった。
魔界はその大悪魔たちが争っているけど、天界は神【GOD】を中心に一枚岩になっているんだったっけ?
(そのとおりっす。今から図をかいて詳しく説明するのでペンを持ってほしいっす。)
スラからそう言われたオレは、ノートを開き、筆箱からシャーペンを出して右手で握った。
その右手の甲に、オレの頭の上からビヨーンと伸びたスラの透明な体の一部がそえられる。
そしてオレの右手越しにシャーペンを握ったスラが、ペンを動かしながら六翼の大悪魔たちについての説明を始めた。
それによると、
一翼の大悪魔は憤怒と呼ばれるサタン。
二翼の大悪魔は強欲と呼ばれるマモン。
三翼の大悪魔は嫉妬と呼ばれるレヴィアタン。
四翼の大悪魔は色欲と呼ばれるアスモデウス。
五翼の大悪魔は暴食と呼ばれるベルゼブブ。
六翼の大悪魔は怠惰と呼ばれるベルフェゴール。
この中で最大の勢力を誇るのが約3割の悪魔たちを従えている憤怒のサタン。
次の勢力が、それぞれに約2割の悪魔たちを従えている強欲のアモンと嫉妬のレヴィアタン。
そして残りの勢力は、それぞれ約1割ずつの悪魔たちを従えている、色欲のアスモデウス、暴食のベルゼブブ、怠惰のベルフェゴール。
この6つの勢力が引っ付いたり、離れたり、時に争ったりしながら、この数千年を過ごしてきたということだった。
(でもここ最近、魔界での勢力図が変わってきてるっす。)
そう言うとスラは、となりのページに続きを書き始めた。
オレは出来るだけスラが書くのを邪魔しないよう、腕の力を抜いてその動きに合わせる。
クレーンゲームの時にも使った『合体』と呼んでいるこの方法は、実際に活動しているのはスラだが、はた目にはオレが活動しているよう見えるという擬態技だ。
(魔界では弱小勢力の色欲と暴食は、早い時期から地上界にきて、影響力を拡大してきたっす。)
それって、性欲や食欲に関係するようなことか?
(そのとおりっす。古代から続く性欲や食欲を満足させる産業の裏には、常にこの2つ勢力が関係してきたっす。)
スラの説明によると、色欲と暴食は、長い時間をかけて地上界に影響を及ぼせるように活動してきた結果、弱小勢力でありながら魔界でも一目おかれる存在になった。
一方で、憤怒、強欲、嫉妬といった大勢力は、地上界に争乱を巻き起こすことで、自分たちの力を誇示し続けてきた。
唯一、怠惰だけは特に地上界で活動することはなく、魔界で逼塞しているらしい。
そして現在魔界では、ずっと反目し合っていた憤怒と強欲が手を組み、色欲と暴食に嫉妬が加わった勢力がそれに対抗している。
そこに中立の怠惰が存在することで、魔界は均衡を保っている状態なのだそうだ。
そこまで説明を受けたオレは、改めてスラの書いたノートを見直してみた。
巧みに文字と図を配置し相互の関係が一目で分かるように工夫されている。
「スラ、お前って優秀だよな。」
思わず本音が小声でもれてしまう。
(やっと気づいてくれたっすか。)
スラがふるふると体を震わせて喜んでいる様子が、密着した右手越しに伝わってくる。
しかし、そんなオレたちの時間は突然終わりをつげる。小声のつもりでもらした一言が門松先生の注意をを引いてしまったのだ。
「持田、さっきから一人楽しそうだが、ずっと何を書いているんだ。」
先生は持っていた教科書を教卓の上におくと、オレの方に近づいてきた。
やばい!!
今オレのノートは、スラの書いた説明図が満載だ!
どうする!?
(以蔵さん、『デリート【削除】』っす!)
そうか!
その手があった。
オレはシャーペンを横において、ノート見開き2ページ分の文字と図を認識する。そして、両手をそれぞれのページの上にのせて『デリート(削除)』と念じた。
手のひらの下がほのかに明滅する。
それと同時に、人影がオレの席そばまで近づいてくるのも見える。
「ちょっと見せてみろ。」
先生はオレがノートを見られないように隠していると思ったのか、ノートを引っ張り抜くようにして取り上げた。
「…………。」
オレのノートを見ながら言葉をうしなう先生。
それはそうだ。
なんせ、跡形もなく真っ白に『デリート【削除】』したのだから。
「持田おまえ、ずっと書くふりしていたのか…?」
先生があきれたようにつぶやく。
「そうみたいです…。」
オレはあえて他人事のように返してみせる。
「持田、大人をからかうの大概にしろよ。」
先生はそう注意をうながすと、ノートをオレに手渡し、それ以上は何も言うことなく戻っていった。
安堵のようなため息のようなリアクションがそこかしこからもれ聴こえてくる。
(なんかみんな残念そうっすね。)
みんなというわけではないだろうけどな。
多分次こそ叱られることを期待したのだろうけど…。
残念ながら全ての証拠を『デリート【消去】』させてもらったぜ。
オレは思いながらも、これ以上注目を集めないよう、授業に意識を向けるのだった。




