47話 魔物
日高は自分のテーブルの上に移動してきたカツマサの背中を撫でていた。
「この子、本当に魔物なんですよね…。」
手触りは思いのほか悪くなく、昔飼っていた猫を思いだしながらたずねる。
「まぁ、疑いたくなる気持ちは分かるけど、試しに尻尾を触ってみて。」 小山内が入れ直したコーヒーをすすりながら姫ノ木が促す。
言われた通り日高は恐る恐る尻尾に触れてみる。そこには体毛のような柔らかさはなく、代わりにゴワゴワとした硬い感触が伝わってきた。
「鎌鼬の尻尾の毛はね、一本一本がストローのように空洞になってる。その尻尾を高速で動かして空洞に空気を送りこむことで風を発生させてるの。」
『姫姉さん、ボクの秘密を勝手にバラさないでほしいんですけど…』
日高はムクリと顔を上げたカツマサがうらめしそうな声でぼやいている様子を目の当たりにしながら、妖怪といわれる存在が実在していることを認めないわけにはいかなかった。
「日高さん。着任早々驚かせてばかりで申し訳ないのですが、何か質問はありますか?」
正面のデスクに座る小山内が心配そうにたずねてきた。
(質問…?。って、聞きたいことありすぎるんですけど!)
日高は心の中で小山内に突っ込みを入れつつも、気になっていたことを一つたずねることにする。
「さっき怪異行方不明者は、悪魔や妖怪が関係しているとおっしゃっていたんですけど、それは人が襲われたりして行方不明になっているということですか?」
「確かに人が襲われる場合もありますが、それだけではありません。せっかくの機会なので、まずは悪魔や妖怪について説明しましょう。」
小山内はそう答えると、デスクの引き出しからマーカーを取り出し、棚が置かれていない壁の方へ移動する。
「実は悪魔と妖怪の元は同じで、発生した場所での呼び名が違うだけなんです。例えば西洋では悪魔、日本では妖怪と呼んでいます。ちなみに分室では悪魔と妖怪を総称して魔物としていますが…。」
真っ白な壁にマーカーをはしらせながら小山内が説明をはじめる。
「魔物がこの世界に現れるには、自分でやってくるか、術によって召喚される必要があります。」
小山内はそう言うとサラサラと魔法陣を描いてみせた。
「えっと、五芒星ですか…?」
「ええ。正確には逆五芒星といって、西洋では悪魔を呼び出す時に使われる魔法陣です。ちなみに五芒星の方は安倍晴明が使っていたことで有名ですが…。」
そしてそこから、小山内による本格的な魔物講義が始まった。
そもそも魔物には肉体がなく、この世界に現れた時には魂がむき出しの状態になっていること。
魔法陣で召喚された場合その中にいる間は守られているが、そうでない場合は人が丸裸で極寒にさらされているのと同じ状態であることから、一刻も早く魂の器を見つける必要があること。
人と契約し憑依できた場合は魔人、動物に憑依した場合は魔獣、植物に憑依した場合は魔樹、虫に憑依した場合は魔虫など、魔物が器として憑依した対象によって分類がなされていること。
日高はこれらの説明を受けながら、魔物と行方不明者の関係についてある可能性に思い至った。そして、思い切ってたずねてみることにした。
「小山内さん、お話中にすいません。もしかして怪異行方不明者って、魔物の召喚が関係している場合もありますか?」
「鋭い指摘です。続けて考えたことを話してくれますか。」
生徒との対話を楽しむ教師のような表情で説明をうながす小山内。
「はい。えっと、つまりこうです。ある人が魔物を召喚した結果、体をのっとられ、そのまま行方不明になってしまったとか…?」
日高はそう説明すると、正解をうかがう生徒のような表情で小山内の反応を待つ。
「そういうケースもありますが、別の可能性も考えてみましょう。魔物を召喚し契約を結ぶには対価を必要とします。その対価とは魂です。召喚した魔物の魂の大きさと同じ大きさの魂が必要になるのです。」
小山内は説明しながらマーカーで何やら数字を書き始める。
「例えば、100の大きさ魂をもった魔物を召喚する場合には、召喚する側も同じ大きさの魂を用意する必要があります。この時、召喚者の魂が50だった場合、残り50の魂を別に用意する必要があるわけです。」
「それって生贄を捧げる的なことですか?」
「はい。古来より呪術には生贄が欠かせませんでしたが、魔物を召喚し契約する際にも同じ原理が働きます。」
「等価交換の法則。」
それまでずっと黙ってきいていた姫ノ木が突然会話に入ってきた。
「等価交換の法則…ですか?」
「そう。何かを手に入れたければ、何かを手放さなくてはならない。手放すものが大きいほど、手に入れられるものも大きくなる。」
姫ノ木はカツマサを手招きしながら説明する。
「あの、じゃぁ、さっきカツマサ君が現れたのは何になるんですか?」
「鎌鼬のように器を得て憑依を終えている魔物を呼び出す場合は、魔法陣を使っての召喚ではなく、口寄せと呼ばれる別の術を使うことになります。」
小山内が、カツマサと睨み合っている姫ノ木の代わりに答える。
「すいません。私の理解を確認させてもらってもいいですか?」
もちろんというようにうなずく小山内。
「分室が捜査の対象にするのは怪異行方不明者で、怪異行方不明者の失踪には魔物が関係している。その原因として魔物に襲われたり憑依されている場合や、召喚される時の生贄として命を奪われている可能性がある…。」
大きくうなずいた小山内に対して複雑な表情を浮かべる日高。
「ちなみにボクは、野蛮な魔物ではないですから、基本人を襲うことはしないので、安心してください。」
日高は、姫ノ木に尻尾を引っ張られじたばたと抵抗するカツマサのアピールをききながら、自分がとんでもない部署に配属されてしまったことを今更ながらに実感し始めていた。




