46話 怪異行方不明者
「自己紹介も済んだことだし、もう一眠りしてきていいいかな?」
本気とも冗談ともつかない様子でたちあがろうとする姫ノ木。
「ちょっ!室長だめですよ!まだ何も説明していませんよ。」
そんな姫ノ木を本気で焦りながらを止めようとする小山内。
目の前で繰り広げられる息の合ったショートコントのようなやりとりに、日高の緊張感が和らいでいく。
「あっそうだ、日高ちゃん。分室が何をするところか聞いてる?」
近寄ろうとする小山内を右手を伸ばして制しながら、姫ノ木がたずねる。
「あの、人事課長からは行方不明者を捜索する仕事だと申し遣ってきたのですが、その理解で合ってますか?」
「うーん…。半分は合ってるかな。ちなみに、日本全国の年間の行方不明者の人数知ってるよね。」
小山内を目力でけん制しつつ、席に座った姫ノ木が確認する。
「えっと、昨年度でいうと約9万人だったかと。」
「そう。そのうちの8割にあたる約7万2000人が発見されてるよね。」
「はい。」
「そうすると、残り約8000人が行方不明なままということになるんだけど、そのうち特異行方不明者の人数ってわかる?」
「行方不明者の中で特異行方不明者が占める割合は約4割なのを元に考えると、およそ3200人になります。」
姫ノ木はその答えに満足そうにうなずくと、バトンを渡すように視線を小山内に移す。
それを受けた小山内がやれやれといった表情で説明を始める。
「分室の仕事はその特異行方不明者を捜索することにあります。」
「特異行方不明者って、犯罪に巻き込まれたり、自殺する可能性がある行方不明者のことですよね。」
「そうです。しかし特異行方不明者の捜索は表向きの話で、実際は別の目的で活動しています。」
「えっ…。どういうことですか?」
「ここからが残り半分の答えになるのですが、分室が真に捜索するのは、怪異行方不明者と呼ばれる人たちです。」
「怪異行方不明者…ですか…。」
聞き慣れない言葉に思わず繰り返してしまう日高。
「ええ。怪異行方不明者とは、悪魔や妖怪と謂われる魔物の類が関係して行方が分からなくなっている人たちのことです。」
「悪魔や妖怪……!?」
予想もできない話の展開に思考が停止し、言葉を繰り返すしかできない日高。
そんな日高をおもんばかってか、姫ノ木がおもむろに話し始める。
「小山内ちゃん、説明ありがとう。日高ちゃんには言葉だけでは伝わらないと思うから、ここからは私が実演するよ。」
姫ノ木はそう告げると両手を組み合わせて印のようなものを結びはじめる。
その様子をみた小山内は立ち上がり、扉の前へ移動すると、扉を背に門番のように立ち塞がる。
ただならぬ様子に内心尻込みしつつも、固唾をのんで姫ノ木を見守るしかできない日高。
「出でよ。」
パチンと手を合わせた音と居合のような一声が一陣の風となって吹き抜ける。
そして現れた小さな竜巻。
姫ノ木のデスクの上に現れた竜巻は徐々に大きさを変え、一抱えほどの大きさになったとき、何かに姿を変えた。
『姫姉さん、お久しぶりです。』
言いながら姿を現したのは、体の倍以上はありそうな長い尻尾をくるりと丸めた、カワウソのような見た目の生き物だった。
「こんな見た目だけど、鎌鼬ってよばれる魔物。」
姫ノ木はデスクの上でこま切れになったコーヒーカップの紙片をかき集めながら申し訳なさそうに説明する。
日高と小山内のデスクにおかれたコーヒーカップはというと、見事に大破し、辺り一面にコーヒーをぶちまけていた。
「あのぉ…本当に鎌鼬なんですか…?」
顔にかかったコーヒーの飛沫をハンカチで拭きとりながら日高が確認する。
「正真正銘、鎌鼬です。」
一人難を逃れた小山内が断言する。
『あのぉ、ボク来たらダメだった感じですか?』
微妙な空気感に魔物らしからぬ気の使い方でおずおずとたずねる鎌鼬。
「改めて紹介しよう。鎌鼬のカツマサだ。」
気まずい空気を何とかしようと、いつになく真面目な面持ちの姫ノ木が鎌鼬を紹介する。
「室長、そこはまず謝罪かと。」
スーツの内ポケットから出したティッシュでデスクをふきながら小山内が突っ込む。
「だよね…。日高ちゃん、本当ごめん。実は別の魔物を呼び出すつもりだったんだけど、なんかカツマサを呼んじゃったみたい…」
子どものような言い訳をする姫ノ木に泣きそうな表情の鎌鼬。そのそばで執事のようにテキパキと動く小山内。
日高はあまりにありえないシュールな光景にどう反応したらよいかわからず、愛想笑いして見守ることしかできなかった。




