45話 分室
警視庁特命捜査対策室 分室
扉にはラミネートされた紙が無造作に貼られていた。この部屋の主が極端に無駄を嫌うというのは本当らしい。
そんな感想を抱きつつも、緊張を隠せない若い女性警察官の名前は日高真絵といった。
A市警察署の生活課に配属されて勤務すること5年。県警本部には来るのは辞令の交付を受けた時以来ということもあり、この部屋にたどり着くまでに思いのほか時間がかかったが、約束の時間には何とか間に合いそうだった。
日高は居住まいを正すと、短く深呼吸し扉を3度ノックする。
しかし何の返事もない。
もう一度ノックして反応を確かめるもやはり返事は返ってこない。
「本日付けで警視庁特命捜査対策室分室の配属となりました日高真絵入ります。」
意を決した日高が名乗りながら部屋に入ると、そこには警視庁の対策室分室とは思えない殺風景な景色が広がっていた。
コの字型に並べられたデスクの上には、それぞれ電話が置かれているだけだった。
また机を挟んだ左側の壁にはスチール製の棚が窮屈そうに押し並べられている。
なにより、しめ切られたブラインドシャッターからもれ落ちる細長い光だけが、薄暗い部屋を照らす唯一の光源だったことから、日高以外の者はまだ来ていないことを示唆していた。
日高は安堵のため息を一つつくと、窓際に一直線に移動し、ブラインドシャッターを操作するヒモに手をかけた。
その刹那。
「ちょっと、開けるのやめて…」
足元から聞こえてきた眠そうな声が、日高の手を止めさせる。
恐る恐る足元に目をやると、人が一人寝転んでいた。
「えっと…あの…」
しどろもどろになりながらも必死に状況を理解しようとする日高。しかし、そんな日高を無視するように声の主は再び寝息をたてはじめる。
女性だろうか?小柄ともいえる体をくの字に折り曲げながら眠るその姿は、冬眠中の小動物のようにも見える。
髪の毛が顔にかかっているため、その表情を確認することはできないが、髪の間から見え隠れする白磁のような白い肌や長いまつ毛はさながら眠り姫のようだ。
しかし、そんか日高の思考を突然の侵入者が妨げる。
「室長、また部屋に泊まったんですか!」
そう言いながら部屋に入ってきたのは高級そうなスーツを着こなした三十代半ばの男だった。
「小山内ちゃんナイスタイミング…。新入りの子きてるから対応お願い…」
寝言のように言い終えると冬眠に戻ろうとする眠り姫。
「室長、何言ってるんですか。日高さん驚いてますよ!」
言いながら小山内と呼ばれた部下は眠り姫のそばに駆け寄ると、両腕を引っ張って起き上がらせにかかる。
「あの、何か手伝いましょうか…?」
気まずい雰囲気を何とかしようと日高がたずねる。
「じゃぁ、ホットコーヒーを3つお願いできるかな
。部屋の角にポットと紙コップ、ドリップコーヒーがおいてあるから…」
小山内は顔だけを日高に向けると、申し訳なさそうに最初の仕事を申しつけた。
10分後…
コの字形に並べられたデスクには、電話の他にほんのりと湯気をたてたホットコーヒーがおかれていた。
「日高さんだっけ。コーヒーありがとう。とても美味しいよ。」
神妙に座る二人をよそに、目覚めの一杯を優雅に口に運ぶ眠り姫。
束ねきれず顔にかかってくる髪の毛を煩わしげに振り払いながら、コーヒーを美味しそうにすするその見た目はかなり幼く見える。
好奇心旺盛といった感じにくるくるとよく動く大きな瞳。アーモンド形の目をいっそう際立たせる長いまつ毛。整った顔立ちと小柄な体躯は年齢不詳な妖しさを醸し出していた。
「あの、室長。自己紹介を…」
小山内が半分あきれつつも、自己紹介をうながす。
「そうだった。改めて、私は姫ノ木 新。警視庁特命捜査対策室分室 分室長。階級は警部になるかな。よろしくね。」
横目で小山内に合図を送りながら、自分の出番は終わったとばかりにコーヒーを飲み始める姫ノ木。
「はじめまして、でいいかな?私は小山内 祐です。同室の副室長を拝命しています。役職は警部補です。よろしく日高さん。」
姫ノ木のざっくばらんな挨拶とは対照的に、どこまでも丁寧な小山内の挨拶。
日高は小山内の爽やかな笑顔に一瞬ドキリとしてしまうも、それを悟られないように姿勢を正すと、自己紹介を始める。
「本日付けで警視庁特命捜査対策室分室 の配属となりました日高真絵です。前担当はA市警察署生活課での勤務でした。役職は巡査になります。若輩者ですがよろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げた日高を興味深げに見つめる姫ノ木と小山内。
これが後に通称「魔対【魔物等対策室】」の中心メンバーとなる3人の出会いであった。




