30話 ヘアーカット
12月25日。
オレは天音と一緒に若者の街へきていた。
始発の電車に乗って、乗り継ぐこと3回。
街に到着したころには10時をまわっていた。
オレは天音に連れられて、一軒の美容院に入った。
天音によると“超”がつく人気店らしく、クリスマスのこの時間でしか予約がとれなかったらしい。
「いらっしゃいませ。」
前髪をシニョンでまとめた綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。
「あの、10時15分から予約していた持田です。」
天音がものおじすることなく答える。
「はい。持田さまですね。お待ちしておりました。」
笑顔でオレたちを店内に案内してくれるお姉さん。
店内を見回すと、お客はまだオレたち兄弟だけのようだった。
髪を洗うためにオレだけ別の場所へ案内される。
白い革張りのシートにすわらされたオレは、何が始まるのかとキョロキョロと目を泳がせてしまう。
シートがゆっくりと倒れだす。
うすい緑色の天井が目にやさしい。
仰向けになってそんなことを考えていると、顔に薄い布(?)をかぶせられる。
頭の上でシャワーの水を出す音が聞こえてきた。
そして絶妙なお湯加減の温水がオレの頭をぬらし始める。
そこから始まった夢のような時間。
時折たずねられる“かゆいところはございませんか?”という言葉が煩わしく思えるほどだった。
スラ、天国はここにあったぞ。
(伊蔵さん。気持ちよさそうっす。)
そんなやりとりもしながら、夢の時間は終わりを告げる。
「お疲れ様でした。次はヘアーカットをさせていただくので、こちらへ移動してください。」
オレはお姉さんに黒い革張りのシートへ案内された。
そこにすわったオレは、背中全体を包みこまれるような心地よさに、またもや夢心地におちいりそうになる。
しかし、そんな夢心地も鏡に映ったボサボサ頭を目にして一気にさめてしまう。
そこに、おしゃれな丸眼鏡をかけたショートボブのお姉さんがやってきた。
「本日ヘアーカットを担当させていただく川北です。」
洗練された物腰に固まってしまうオレ。
「どういう風にカットしていきましょう?」
どういう風にって…髪型のことなんて全く考えていなかったオレは言葉をうしなう。
「あの、兄の髪型なんですけど、こんな感じにできますか?」
雑誌の中のモデルのスナップ写真を指さしながら、天音が説明する。
ナイスだ天音。
「そうね。お兄さんの髪くせが強いから、全く同じにはできないけど、近い感じにはできるかな。」
オレの髪をいじりながら答えるお姉さん。
「じゃあ、それでお願いします。」
頭を下げる天音。
っていうか、オレの意見は聞かないのか!
「いい妹さんね。」
ハサミを軽快に操りながら声をかけてくれるお姉さん。
オレは黙ってうなずくことしかできなかった。
それで何かを察したのか、それからお姉さんは必要なこと以外は話しかけなくなった。
オレはそれに安堵しながらも、ばつの悪さに、目を閉じて眠ったふりをする。
シャキ シャキ シャキ
髪の毛の切れる音が耳に心地いい。
誰かに髪の毛をさわってもらうことが、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれるとは、想像もできなかった。




