28話 手紙
体育大会が終わり、一ヶ月が過ぎようとしていた。
この一ヶ月の間に、オレには二つの変化が起きていた。
一つ目は、オレの体が劇的に変化したことだ。
まず、メガネを卒業したことだ。夏休み明けからその兆候はみられていたのだが、視力が大幅に回復しており、現在視力は5.0くらいになっているらしい。
次に、身長は新学期があけてから5センチ伸びて、165センチになっていた。
体重の方は60キロを切って、55キロになっていた。体脂肪率は8%で、トレーニングの成果もあり細マッチョ体形になっている。
スラの説明によると、特に体重が急激に減ったのは、“覚醒の種”が関係しているとのことだった。
通常運転でも全エネルギーの20%を消費している脳が、覚醒にともなって一時的に全エネルギーの40%を消費するようになっている。
そのため、エネルギーの供給を間に合わせるために、蓄えられてきた“脂肪”が全て分解され消費にまわされたのだそうだ。
二つ目は、急にもてだしたことだ。
実はザジと契約した際に報酬が発生していたらしく、こちらも覚醒によってその効力を発揮するようになっていた。
それは『チャーム【魅了】』と呼ばれるもので、文字通り関わる相手を魅了してしまうという、オレの願望を具現化したような力だった。
結果オレの学校の靴箱の中には、手紙がおかれるようになった。
その手紙はいわゆる“ラブレター”といわれるものだった。
スマホを持たないオレに告白するには、直接か手紙かの二者択一しかなかった。
そして、リスクの少なそうな“手紙”がオレへの告白手段になっているようだった。
(伊蔵さん。書けたっすか?)
気安くたずねてくるスラにイラっとするオレ。
この時オレは10通目の手紙への返事を書いているところだった。
直筆で、好きになってくれたことへの感謝を述べつつ、気持ちには答えられないことを、できるだけ丁寧に書き綴る。
書き上がった手紙を封筒に入れて、明日の朝一で差出人の靴箱へ入れておく予定だ。
オレは10通目の手紙が入った封筒を机の引き出しの中にしまうと、代わりに1通の封筒を取り出した。
白かった封筒はくすんだセピア色に変色している。
小学校の卒業式のあと、図書室に呼びだれたオレは、その手紙を神乃さんから渡されていた。
オレは封筒から白い手紙を取り出すとゆっくりと広げてみる。
くっきりと折りたたみ線の入った手紙には、柔らかい文字でこう書かれていた。
『持田君へ。
突然の手紙で、もしおどろかせていたらごめんなさい。
本当は直接言えればよかったのだけれど、持田君の前に出たらきんちょうして
何も言えそうになかったので、手紙で私の思いを伝えることにしました。
“ありがとう”
私が持田君に伝えたい最初の気持ちです。
私がクラスでのけものにされていた時に、持田君だけは私と普通に接してくれたよね。
それが、とても、とてもうれしかったです。
あと、私の赤白帽子が隠されたときも、一緒に探してくれたよね。
クラスの誰もが知らんぷりしている時に、持田君だけはちがってた。
そんな持田君の優しさが、私には希望でした。
“好きです”
とても、とても。
私が持田君に伝えたい二番目の気持ちです。
迷惑でなければ、返事のお手紙をください。待っています。
神乃めぐみ 』
手紙をもらった時のオレは、クラス全体からハブられていた。
そんな自分への告白の手紙に、オレが感じていたのは“恐怖”だった。
“もし手紙を渡されたことがばれたら、中学でもハブられるのでは…”
そんな身勝手なオレの妄想が“手紙”の存在をなかったことにしてしまった。
結果、手紙を渡されたことは誰にもばれなかったけど、オレへのハブりは中学に行ってもなくならなかった。
そして皮肉なことに、だんだんと中学校へ行かなくなったオレにとっての“希望”がこの手紙になったしまった。
オレは机の上に手紙をおくとゆっくり読み始める。
何度も読み直した手紙だ。
そらで暗唱できるほどに読み直した。
オレにとっての“忘れられない手紙”。
そして、ずっと返事を返すことができていない手紙。
その手紙に残された消えない折りたたみ線…
オレにはそれが、神乃さんの心に残してしまった“傷あと”のように思えてならなかった。




