20話 馬場さん
次の日は朝からテストの予定だった。
昨日のタケさんとの別れからオレは、学校から逃げずに向き合おうと決めていた。
眠い目をこすりながら、一限目に間に合うよう家を出る。
校門にはチャイムが鳴る直前の8時29分に到着した。
早足になる数人の生徒にまぎれて門に入ろうとすると誰かに肩をつかまれる。
「おい、持田。ネクタイはどうした?」
そう言って引き留めてきたのは生徒指導の馬場先生だった。
馬場三郎。数学の教師で生徒会の顧問もしている。
伝説のプロレスラーを彷彿させる馬ずらから、オレは“馬場さん”と呼んでいた。
オレは馬場さんが苦手、というか、はっきり言って嫌いだった。
相手を見下した態度と陰湿そうな目つき(本当に陰湿な奴なんだけどね)。
そのくせ、自分より強そうな相手には誰かれかまわずこびを売る節操のなさ。
オレの中で“こんな大人だけにはなりたくない”の見本だった。
「なんだ。どうして黙ってる。」
肩をつかむ手に力をこめてくる馬場さん。
「朝、急いでてつけてくるの忘れました。」
オレは肩をふり払いながら答える。
「取りに帰れ。」
冷然と言い放つ馬場さん。
オレは無言でにらみつける。
その時チャイムが鳴り始めた。
その音にあせったのか、別の生徒がオレの横を走り抜ける。
よく見ると、そいつもネクタイをしていなかった。
「先生、あいつもネクタイしてなかったみたいですけど、いいんですか。」
嫌味たっぷりにたずねる。
「また、あの馬鹿か…」
いまいまし気に独り言ちる馬場さん。
「オレも行っていいですよね。」
そう言うとオレは、返事も聞かずに走り出す。
「おい、待て!」
馬場さんのオレを呼ぶ声が遠ざかる。
オレが下足室に着いたと同時に、チャイムも鳴りやんでいた。




