2話 もう一つの条件
「オレ様の名は“ザジ”。」
突然悪魔が名のってきた。
「オレは持田伊蔵。」
あわてて答える。
「お前のことはこれから伊蔵と呼ぶが、いいか?」
悪魔がたずねてくる。
「正直、その名前で呼ばれるのは嫌だけど。まぁ、いいよ。」
話を先に進めたいのでそう答えておく。
「伊蔵、お前の望みは“もてたい”。これで間違いないか?」
ザジがたずねてくる。なんとなくそれらしい雰囲気になってきた。
「ああ。もてたい。すごくもてたい。嫌になるくらいもててみたい。」
欲望がほとばしる。
「いいだろう。その欲望かなえてやろう。」
厳かに告げるザジ。
「でも、その…」
悪魔と契約する時って魂を差し出す必要があったような…
「その通り。オレ様はお前の願いをかなえてやる代わりに、お前の魂をもらう。」
やっぱりだ。
「魂がザジにもらわれたら、オレはどうなる?」
確認でたずねる。
「もっともな質問だな。簡単に言うと、悪魔の眷属になる。でも安心しろ。悪魔の仲間になったからといって、見た目や何かが変わるわけではない。むしろ悪魔の力を手に入れることで、常人には及びもつかない特別な能力を発揮することができる。」
丁寧に説明するザジ。
まるでベテランのセールスマンのようなその口調は、さすが悪魔だと思わせるものがあった。
「それからオレ様の場合、もう一つ条件を加えている。」
嫌な予感がする。
「その条件は…?」
嫌な予感を頭の隅に追いやってたずねる。
「伊蔵。お前に加える条件は、“誰にも告白しないし、好意を持たせる言動をしない”だ。」
ザジがオレの反応をうかがうような眼差しで告げる。
「それは、もし仮にオレがもてたとしても、告白も好きにさせてもいけないということ?」
「その通りだ。」
満足そうにうなずくザジ。
ええええぇぇぇぇぇー
それって、プレイステーション5を買っても、ソフトを買ってもいけないし、買ってもらってもいけないのと同じじゃん!そんなの意味ないし!意味不明だし!っていうかこの悪魔見た目だけじゃなくて、頭もおかしいのか…
「伊蔵、いまオレ様のことおもいきりディスってるな。いいか、お前がさっきから気にしているオレ様のスタイルだが、ちゃんと意味があるのだよ。」
オレの悪態に言い訳がましく答えるザジ。
「えっと、念のために聞きますが、その格好に何か意味なんてあるのでしょうか?」
嫌見たらしくたずねるオレ。
「いいか。これは雷電をオマージュしたスタイルなのだよ。」
自慢げに答えるザジ。
「雷電?」
なんだそれ?なんかのヒーロか?いや、でもヒーロは“まわし”つけないしな。しかし何を言い出すんだこの悪魔は…
「全部聞こえてるぞ。いいか。雷電は昔いた相撲取りのことだ。最強と言われた力士でな。奴の大一番はいつもオレ様をたぎらせた。」
遠い目で、いやライオンの目で説明するザジ。
「えーっと、それで、もしオレが契約した後に誰かに告白したらどうなる?」
面倒くさい展開になりそうなので、無理やり話題を変えてやった。
「んん?雷電の話はもういいのか?」
残念そうなザジ。
もういいです。お腹がいっぱいです。これ以上余計なものをぶっこまないでください。
「わかった。告白したらどうなるかだが、寿命マイナス50年だ。ちなみにキスした場合はマイナス100年。」
さも当たり前のように答えるザジ。
告白したら寿命マイナス50年?もしオレの寿命が50年以下なら、告白した瞬間に地獄行きじゃん。
「その通りだ。」
その通りじゃねえよ。むりむり。魂をもっていかれるだけならまだしも、こんな条件絶対にのめない。
「別に断ってもらってかまわんよ。悪魔と契約したい人間は、他にもたくさんいるからな。」
ライオン男のくせして駆け引きか?
「悪魔が人間ごときと駆け引きなんてせんよ。ただオレ様は事実と条件を伝えるのみだ。お前さんは勘違いしているようだが、オレ様を呼び出すきっかけになったのは、お前さんの魂の叫びだ。何を犠牲にしてでも“もてたい”と思って、オレ様を呼び出したのではないのか?」
核心をつくザジの言葉に心が揺れる。
そうだ。おれは“もてたい”んだ。
この地獄のような毎日に別れを告げて、新たなモテモテライフを満喫したいんだ。
告白?
できなくてもいいじゃないか。
もててるんだから。
好意を持たせる言動をしない?
もててるなら、何もしなくても勝手に好きになってくれるはずじゃん。
「伊蔵、えらく前向きに考えているようだが、嫌なら断ってもらってかまわないんだぞ。」
急に親身になってきやがった。
まさに悪魔のささやきだ。
くそう。
わかっているのに断るための言葉が出てこない。
「もし、この条件をのむことができるなら、オレ様はお前の願いがかなうよう助けてやる。」
そう言うとザジが手を差し出してきた。
「握手をかわしたら契約成立だ。一度交わした契約は解除できない。それでもいいならオレ様の手を握れ。」
オレは躊躇することなくザジの手を握る。
次の瞬間、ザジが目の前から消えた。
そしてオレの意識もそこでプツリと切れた。