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16話 森田先生

図書室に入ると森田先生はもうきていた。


短く切りそろえた髪にメガネ。

柔らかい物腰と優しい目。

理科の先生で放送部の顧問もしている。


ちなみにオレは、この先生の誘いで放送部に所属していた。


ほぼ幽霊部員だったオレは知らなかったのだが、妹の話だとうちの放送部は、NHK全国高校放送コンテストの創作ラジオドラマ部門で決勝まで勝ち残ったらしい。


惜しくも優勝は逃したが、森田先生の指導によるところが大きかったのだそうだ。


「先生、おはようございます。」

オレは久しぶりに学校で誰かにあいさつをした気がして、気恥ずかしさのあまり、顔をそらしてしまう。 


そんなオレの様子を知ってか知らでか、森田先生は、運動場を眺めながら小さくうなずいてくれた。


「おはよう持田。まあ、すわろう。」

ふり返った先生が笑顔で席をすすめてくれた。


オレは先生と向かい合うかたちですわる。


目の前の先生に緊張して思わず視線を下に落とす。 


「そうだよな。すまん、すまん。」

先生はそう言うと、席を左隣に一つずれてすわり直してくれた。


「持田これでいいか?」

オレなんかに気を使ってくれた先生の優しさと、ちゃんと向き合えない自分の情けなさにうなずくことしかできない。


「お前、少しやせたか?」

気まずい感じをいなすように先生がたずねてきた。


「まあ、少しは…」

下を見ながら答える。


「ともかく、元気そうで安心したよ。」

顔は見れなかったけど、笑顔で言ってくれていることは伝わってきた。


しばしの沈黙。 


それをかき消すかのように、外からQueenの“We Will Rock You”が流れてきた。


「今年の一年の集団演技はQueenの曲で踊るらしいな…。」

遠い目で窓の外に視線を移す先生。


オレもつられて窓の外に目をやってしまう。


「なあ、持田。“可視光線”って知ってるか?」

突然の問いかけに、思わず視線が先生の顔に移る。


「“かしこうせん”ですか?」

言葉の音と漢字を頭の中で一致させながら繰り返す。


「人間は限られた範囲での波長しか視ることができない(可視光線)。この世界は人間には見えない波長であふれかえっているのにな。」


自嘲気味な先生の発言に少し戸惑う。


「見えない波長って、紫外線と赤外線のことですか?」


「おっ、そうだ。よく知ってるな。他にも、電波、エックス線、ガンマ線なんかもあるがな。」


久しぶりに先生にほめられたオレは、むずがゆい感じに体を少しくねらせる。


「優秀な持田にもう一つ質問だ。“脳のフィルタリング”って知ってるか?」


きました。

第二問。

オレは調子にのり始める。


「脳が必要な情報かそうでない情報かを判断するようなことですか?」


「その通りだ。脳は体重全体の2%ほどしかないが、人体全体のエネルギーの20%を消費する。だから脳は余計な処理をしないで済むように、フィルタリングをかけて、不必要と思われる情報は認識しないようにしているんだな。」


うれしそうに答える先生に、オレもうれしい気持ちになる。


「つまり、我々人間は、目が捉える可視光の範囲や脳のフィルタリングによって、非常に限定的な範囲しか見ていないし、見えていないんだよ。」


えっ、それってもしかして、今オレが見てる“モノ”はこの世界のほんの一部ってこと?


(そうっす。)

突然スラが会話にわりこんできた。


(多分っすけど、人間はこの世に存在する“モノ”の1%も見えていないかもしれないっす)。)


まじか…


(先生の言葉を借りるなら“人間は非常に限定的な範囲しか見えないし、見ていない。そしてその非常に限定的な範囲だけを認識して「これが全てだ、これが現実だ」と解釈していることになるっす。)


長くて具体的な説明をありがとう、スラ。


(どういたしまてっす!)


どうもスラのほうも、先生の話に興味津々らしい。


「例えば、直径1センチの範囲しか見えないメガネでゾウの足だけを確認した人はきっとこう言うだろう。『ゾウって木の幹みたいなモノだよ。だってこの目で見たもの』と。たしかにその人の認識できる範囲から考えるなら、そうとらえるのが自然かもしれない。でも、それは真実じゃない。」


たしかにそうだ。オレは目に“見えていること”ばかりに心を奪われて、大部分の“見えていないこと”に意識を向けてこなかった…


「持田。先生はな、見えていないことにこそ“真実”が隠されているんじゃないかと思っているんだ。青臭いと思うかもしれないけど、科学を学べば学ほどその確信は強まっていく。

だから持田。見えていることだけに心をうばわれるな。見えないことを想像して努力を重ねろ。きっとそこに、お前の望む何かがあるはずだ。」

先生は言い終わると、少し照れたように窓の外に視線を移した。


そしてそのタイミングを見計らったようにチャイムが鳴る。


ゆっくりと席を立ち上がる先生。


「そうだ、持田。体育大会もし参加できるなら、参加してみろ。嫌かもしれんが、今見えていない何かを見つけられるかもしれんぞ。」

そう言うと軽く手を挙げて図書室を出ていく。


オレはこみ上げてくるものを我慢しながらその後ろ姿を見送った。


(いい先生っすね。)

だろう。オレの自慢の先生だ。


(泣いてるっすか?)

うっせえ!


(おいらも泣いていいすっか?)


おまえ、もしかしてケンカうってる?


(ちがうっす。本当に感動しているっす。)


そうか…

体育大会参加してもいいかもな。


(そうっすよ!参加しましょうっす!天音さんの演技も見れるっすよ!)


おまえ、そっちが目的だろう。


(はいっす!)


スラの返事に笑みがこぼれる。


オレは外から聞こえるQueenの曲に耳を傾けながら、先生がおいていってくれたプリントの課題に取り組み始めた。

16話を書くにあたり、小森圭太さんのブログ「量子論と脳科学ベースの引き寄せ理論」の中の、”見えていないし、見ていない”から引用させていただきました。

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