女魔王、城にやってくる勇者のために「初めてのハンバーグ作り」に挑戦する
ブルグ王国に魔王ネイラが魔族を率いてやってきた。
ネイラは美しい女魔族だが、恐るべき腕力と魔力を併せ持ち、たちまち魔界を制覇した実力者である。
王国は勇者の血を引く若者レッセンに、これを迎撃させようとする。
激闘が予想されたが、ネイラはレッセンを一目見るなり――
「こんなかっこいい人間がいるとは……攻めるのはやめだ!」
こうして人間と魔族は一戦も交えることなく和解。
ネイラの命令で魔族のほとんどは魔界に帰還した。
だが、ネイラを始めとするわずかな魔族は王都近くに魔王城を建設。「人間を守る」という名目で同盟を組み、しばらく滞在することになった。
ネイラの強さは凄まじく、はっきりいって彼女がいるだけで、もはや他国はブルグ王国に手出しすることはできない。
というわけで、ブルグ王国としても彼女の滞在は大歓迎であった。
こんな冗談みたいな経緯で、人と魔族の共存が成り立ってしまったのである。
***
王都近くにたたずむ魔王城。
女魔王ネイラはそわそわしていた。
ネイラは金髪のロング、紅い瞳を持ち、長身で、漆黒のロングドレスを纏った美女である。容姿は人間に近く、頭に二本の角が生えているぐらいしか人間との大きな差異はない。
さて、なぜそわそわしているのかというと――
「今日は初めてレッセンが我が城に来てくれる……。ああもう、楽しみ!」
レッセンに惚れているネイラとしては興奮するのは当然であった。
すると側近を務めるメルドという魔族が近づいてきた。
トカゲのような頭を持ち、身長は低め。しかし上級魔族であり、その実力は魔族でも指折りである。
「ネイラ様、勇者を招くにあたり何か用意はしてあるのですか?」
「手料理を作ろうと思っている!」
「ほう、手料理! 何を作るのですかな?」
「ハンバーグだ」ネイラがニヤリとする。「レッセンの好物らしいのでな」
「なるほど、好物でおもてなし……悪くありませんな」
「だろう!?」
普段は凛々しいネイラが乙女のような顔になる。
「すでにキッチンに材料や器具は手配してある……。が、私は料理というものをほとんどしたことがない」
「それはそうでしょうな。ネイラ様の御立場では……」
「というわけでメルド、お前にもハンバーグ作りを補佐してもらう。よいな」
「かしこまりました……」
メルドは丁寧に頭を下げながら、こう思った。
(不安しかない……!)
***
キッチンには材料と器具が用意してあった。
材料は、牛豚ひき肉、玉ねぎ、パン粉、ミルク、鶏卵、塩、コショウ、油。
器具は、フライパンとボール、スプーンにフライ返し、それに包丁とまな板。
エプロン姿のメルドがうなずく。
「ひとまず準備は万全ですな」
同じくエプロン姿のネイラは――
「う、うむ!」
「あまり緊張なされぬよう!」
「わ、分かっている!」
ネイラは用意していたレシピを見る。
「まずはみじん切りにした玉ねぎをフライパンでキツネ色になるまで炒める、か」
「ではさっそく始めましょう」
「……」
「どうなさいました?」
「みじん切りってどうやるんだ!?」
「えええええ!?」
顔を引きつらせるネイラに、メルドも驚く。
「そこからですか!?」
「そこからって……普通書いてあるものだろう!? 『玉ねぎはこうやってみじん切りにします』って! 何も書いてない! いきなり『みじん切りにした玉ねぎを炒めろ』だ!」
「まあ、これはあくまでハンバーグ作りのレシピですから……基本は抑えてる人向けというか」
「基本ができてない人だっているんだああああああ!!!」
仕方ないので、メルドがやり方を教える。
「まず、玉ねぎの皮をむきましょう」
「どうやってむくんだ、これ!?」
「ええと、玉ねぎの頭の部分を切って、そこからむくんです」
「なるほど、なるほど……」
ネイラが皮をむきながら、つぶやく。
「レッセンもこうやって私のドレスを脱がせてくれないものか」
「なにバカなことを言ってるんですか」
「うぐ……!」
冷静に突っ込まれ、ネイラは口ごもった。
「無事、皮はむけたようですね。次はそれを半分に切るんです」
「ふんふん」
「ここからちょっと難しいですよ。まず半分にした玉ねぎに縦に切り込みを何度も入れるんです。そして、側面から切り込みを二、三度入れる。それを縦に切ってみじん切りにしていくんです」
「全然分からん!」
ネイラはパニックに陥った。
「こればかりはなかなか言葉ではね……。玉ねぎは半分ずつになってますし、まず私がやりますから、それを真似して下さい」
「助かるぞ、メルド!」
たどたどしく、ネイラはなんとか玉ねぎを切っていく。
だが――
「目が、目がァ~!!!」
玉ねぎが目にしみ、ネイラは叫ぶ。
「お約束ですし、絶対やると思ってました!」
どうにかみじん切りを終え、玉ねぎをフライパンで炒めていく。
「キツネ色になるまで炒めて下さい」
「キツネか……魔界のダークフォックスぐらいの色でよいな?」
「薄い茶色になるまで炒めて下さい!」
メルドの機転で玉ねぎが黒焦げになることは免れた。
「炒めた玉ねぎは一度置いておいて……次はハンバーグのタネ作りに入りましょう」
「いよいよ本番というわけか」
「そうなりますね」
ここでネイラは――
「フハハハ、ハンバーグよ! この私が作り上げてくれる! 覚悟するがいい!」
メルドは拍手する。
「凄い! 魔王っぽい! 最高!」
「心のこもってない拍手はやめろ!」
気合も入ったところでタネ作り開始。
「まずはパン粉とミルクをボールに少量ずつ混ぜ、ふやかします」
「この程度、楽勝だ」
「さすがにこの作業に手こずるようであれば、魔王辞めてもらいますよ」
続いての工程に移る。
「いよいよひき肉を入れます」
「よーし、行け! ひき肉!」
「あと、先ほどの玉ねぎ、卵を入れ、軽く塩コショウします」
ここでネイラが、卵を持ち――
「片手割りに挑戦してみるか」
もちろん、失敗した。
「殻が中に入っちゃった!」
「絶対やると思ってました」
「まあ、私にはこれがある。山をも浮かび上げられる我が魔法――“絶対浮遊”!」
この魔法で無事、殻を取り除いた。
「こんなことに大魔法を使わないで下さいよ……」
メルドはため息をついた。
ボールに入った材料を手でこねて混ぜていく。
ネイラは楽しそうだ。鼻歌まで出てしまう。
「なんかこう……料理してるって気分になるな!」
「あー、分かります」
混ぜ終われば、いよいよ成形である。
混ぜたタネをハンバーグの形にしていく。
「ハートマークにしてみるのはどうだろうか?」
「奇抜なことはやめておきましょう。初めてのハンバーグ作りですし」
「はい……」
ネイラの案はあっさり却下される。
基本通りの楕円状のタネをいくつか作り、フライパンで焼いていく。
「焼き色がつくまで、弱火でじっくり焼いていきます」
「いい匂いがしてきたな」
「ところで、勇者は今どこへ?」
ネイラが自らの能力である“千里眼”を発動させる。
「王都を出たところを歩いている。あと20分ぐらいで着くだろう」
「ちょうど食べ頃に来られますな。さすがネイラ様、タイミングもバッチリです」
「そう褒めるな」
ネイラは照れる仕草をする。
だが――
「ネイラ様、ちょっと焦げてませんか?」
「あっ!?」
ネイラが慌ててフライ返しでハンバーグをひっくり返すと、かなり焦げてしまっていた。
「し、しまった……! 見逃していた……!」
「なんで千里眼があるのに、ハンバーグの焼き加減は見逃すんですか!」
「それを言うな!」
「まあ、食べられないレベルではありません。あとは蓋をして、肉の中に火が通るまで、裏もじっくり焼いていきましょう」
「うう、最後の最後でとんだミスを……」
程なくしてネイラお手製のハンバーグが三つ完成した。
時を同じくして、レッセンが魔王城に到着したとの知らせが入る。
「ネイラ様、勇者が来たようです」
「おおっ、来たか!」
ネイラの顔がぱあっと明るくなる。
「今のネイラ様、なかなか可愛かったですよ」
「褒めるな、照れるではないか!」
ネイラの平手打ちでメルドは勢いよく吹き飛び、壁にめり込んだ。
「ああっ、すまん!」
「私が上級魔族でなきゃ即死でしたよ……」
***
勇者レッセンが食堂に招かれる。
レッセンは二十歳の若者で、黒髪で勇ましい顔立ちをしている。
マントと青い礼服を身につけたその姿は、まさに“勇者”の称号に恥じない出で立ちである。
「お招きありがとう、ネイラ」
「いや、いやいやいやいや! ささ、この椅子にどうぞ!」
緊張と歓喜でまるで下っ端のような対応をするネイラに、メルドは呆れる。
レッセンは席に座る。
ネイラも向き合う位置に座り、メルドはその横に座った。
「今日は私がハンバーグを作ったんだ……。食べてくれるか?」
「ハンバーグ!? 喜んで頂くよ!」
よほど好物らしくレッセンは分かりやすく目を輝かせる。
まもなく給仕係の魔族によってネイラお手製ハンバーグが運ばれてくる。
かけられたデミグラスソースと色合いの似た、かなり焦げた一品だった。
「ちょっと失敗してしまって……。口に合うかどうか……」
ネイラが自信なさげに告げる。
レッセンはナイフとフォークでハンバーグを丁寧に切り分け、食べる。
ネイラの心臓の高鳴りがヒートアップする。
「ど、どうだ?」
「うん、美味しいよ!」
レッセンは笑顔を見せる。
「無理してないか? だいぶ焦げてるが……」
「いや、この焦げがちょうどいいアクセントになってると思うよ」
「本当か!」
ネイラとメルドも食べるが、その味は決して悪いものではなかった。
「おお……イケる! 私もやるものだな!」
「まあ、ハンバーグってそんなに難しい料理じゃないですしね。ソースもかかってますし」
「うるさい!」
主従のやり取りを見て、レッセンは笑う。
談笑しながら和やかに食事は進み、三人ともハンバーグを完食した。
レッセンは満足そうな顔つきだ。
「美味しかったよ」
「ありがとう……!」
微笑みを浮かべるレッセンに、ネイラは顔を赤らめる。
「こんなに美味しいハンバーグを食べたんだから、僕からもお礼をしたいな、よかったら今度ウチに来ない?」
「えっ、レッセンの家に!?」
「うん、今度は僕が色々とおもてなしするよ」
「行く! 絶対行く! 死んでも行く!」
「いや、死んだらダメだよ」
二人は盛り上がり、具体的な日時も決定する。
「じゃあ、来週にでも遊びに来てよ」
「ああ、その時はぜひ私のドレスを玉ねぎの皮のように――」
「ネイラ様!!!」
「うぐ……」
「何を言い出すんですか。そんな発言したら、このいい空気が台無しですよ」
「す、すまん」
レッセンは首を傾げる。
「なんて言ったの? 玉ねぎがどうとか聞こえたけど……」
「いや、えーと、玉ねぎは栄養もあって、目にもしみて、最高だよな、と申したのだ!」
「ふうん、だったらオニオンスープでも作ろうかな」
「おおっ、よろしく頼む! オニオンスープで火照った私の体から、玉ねぎの皮をむくように……いや、なんでもない!」
「……?」
二人のやり取りをメルドは呆れながら眺める。
ハンバーグはどうにか完成させた魔王ネイラであったが、彼女の恋が成就するのはまだまだ時間がかかりそうである。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。