私は一人じゃない
──私は父が好きだ。
「花音の父です。迎えに来ました」
「あ、お父さん。かのんちゃん、パパが来たよー」
「せんせー、かのんちゃんがおもらししちゃったー!」
「うわーん!」
──私は父が大好きだ。
「花音?」
「うわーん!」
「大丈夫だ花音……」
「うわー! かのんちゃんのパパもおもらししたー!」
「お父さん!?」
──父はいつも私の傍に居てくれた。
「かのんちゃん、お父さんお母さん沢山見に来てくれてるけれど、いつも通りで大丈夫だからね?」
「こ、これから……か、帰りの会を……は、は……」
「あ! かのんちゃんがもらした!」
「花音……!」
「かのんちゃんのパパももらした!!」
──父に何度励まされたことか。
「二年、柳沼花音さん。曲はショパンの闘争曲第四番、閉店ワゴンセールです」
「あ、足が……」
「花音……?」
「花音さん、ピアノの方へどうぞ」
「…………」
「あ」
「花音!」
「……パパ!」
「大丈夫だ花音。大丈夫だ……いつも通りでいいんだ」
「お父さん大丈夫ですか?」
「やれるか?」
「……うん!」
「よし、行ってこい!」
「花音ちゃん衣装が……てかお父さんもズボン大丈夫ですか?」
「すみません、すぐに拭きます」
──父はいつでも父だった。
「アドバンテージレシーバー」
「ココで決めるよ花音!」
「…………」
「花音、あそこ。お父さん来てるよ」
「花音頑張れ!!花音頑張れ!!」
「相変わらずズボンビチャビチャだけど、あんなに本気で応援してくれるお父さん見たこと無いよ。あと1点頑張ろう? ところでスカート濡れてるけど大丈夫?」
「──心の涙だから大丈夫!!」
──父が居たから私はここまでこれた。
「作文コンクール大臣賞受賞おめでとう!」
「ありがとうございます」
「それでは柳沼花音さんに大臣賞を受賞した作文を読んで頂きます。タイトルは『酔っ払いは何故訳の分からない物を拾って帰ってくるのか』です」
「……」
「花音さん、どうぞ」
「…………」
「──な、なんですか貴方!?」
「花音の父です」
「……パパ」
「花音、大丈夫だ」
「お父さん、すみませんがお帰り下さいませ」
「私は花音の父だ!」
「ズボンを濡らさないで下さい!!」
「緊張するとこうなるんだから許せ!!」
「誰かー! 男の先生五人くらい来て下さい!」
「離せ! 花音! 頑張れ!」
「……パパ」
──パパ……
「本日は柳沼花音ピアノソロコンサートへお越し頂きまして誠にありがとうございます。ショパンを始め、ベートーベン、ドボルザーク、チャイコフスキー等、数々の名曲を心ゆくまでお楽しみ下さい」
「…………」
「先生、大丈夫ですか? 顔色があまり優れませんが……」
「大丈夫。トイレはさっき行った。こんなにお客さんが来てくれたんだから、しっかりやらないと」
「先生、お時間です」
「ああ」
──愛してる。
「…………」
「先生?」
「どうしたんだ、弾かないぞ……」
「花音!」
「誰ですあなた!? 部外者はステージから降りて下さい!!」
「……パパ」
「お父さん!?」
「大丈夫だ花音。弾いている間、ずっと傍に居るぞ!」
「パパ……!」
「何方か存じ上げませんがピアノから降りて下さい!!」
「パパ……ありがとう!!」
「どうゆう訳か知らないけどズボンビチャビチャのコイツをピアノから引きずり下ろせーーーー!!!!」
──私は一人じゃない