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騎士団長の求婚

 ある昼下がり。2人は公園を散歩していた。2人とも、親だの友達だのといった保護者に指南されて、一応はデートらしくお洒落をしている。


「よくお似合いですね」


 ヴァント団長は、生真面目に褒める。


「ヴァント団長も」


 ドナーレンは礼儀上褒める。


「先日、ビーストフォグに調査任務で赴かれたとか」


 共通の話題は、主に機密性の無い仕事の話だ。調査任務の結果は全国民に公表されるので、散歩で話題にしても構わない。


「ええ。特に変化なく、小物を片付けて参りましたわ」

「それは何より」



「そうそう、こんなものを拾いました」


 ドナーレンが何かを取り出そうと小さなよそ行きバッグに眼を落とした時、軽やかな女性の声が聞こえてきた。


「ウルスおにいさま!」

「モニカか。ドナーレンさん、こちらモニカ・セレナ・モルゲンさん。父の友人のお嬢さんです」

「はじめまして、モルゲンさん」

「幼い頃からの知り合いなので、名前で呼び合っています」

「幼馴染なのね」

「モニカ、こちらは、」

「お兄さま!あたくし、首都についてすぐ、伺うって申し上げたじゃない。ひどいわ」


 モニカはドナーレンをいないものとしている。ヴァント団長が紹介しようとするのを遮った。


「モニカ、まともなご挨拶も出来ないのか?良い年をして、恥を知りなさい」


 ヴァント団長は険しい顔で嗜めた。


「酷いのね。お兄さまったら」


 モニカはむしろ嬉しそうに、うっとりとヴァント団長を見る。ドナーレンはその様子を見て、ヴァント団長は受け入れないだろうなと思った。堅物風の人物ならば、このような無礼で強かな娘を、無邪気で明るいものとして愛でるだろう。見た目も可愛らしく、華やかだ。


 だが、ヴァント団長は、本物の堅物だった。


「私たちは行くところがあるから」

「どちらへいらっしゃるの?」

「いや、まあ」



 ヴァント団長はドナーレンを促して歩き出す。モニカがついて来るので、足を止めずに一言告げた。


「私たちは、お見合いをして交際しているのだ。邪魔をしないでいただけまいか」


 ドナーレンは吹き出しそうになるのを必死でこらえる。モニカは馬鹿にしたようにドナーレンをチラリと見た。


「もう半年も経つのでしょう?」

「そうだ。ゆくゆくは婚約し家庭を持つ可能性がある」


 モニカは、雷に打たれたような顔をした。それから憎しみの滲む眼差しをドナーレンに投げる。


「ねえ、お兄さま、この先に最近評判のカフェがあるのよ」


 尚も甘ったるい声を出して、モニカは再びドナーレンをいないものとして扱う。これは流石にまずいだろう、とドナーレンはヴァント団長の様子を伺った。ヴァント団長は聖剣の継承者である。邪なものは本能的に浄化してしまうのだ。


 聖剣が行う浄化というのは、邪悪に染まったものを根こそぎ消し去ることであった。清められて正しい人間になる、などという生やさしい浄化ではないのだ。邪心も過ぎればその人間はこの世から、文字通り消されてしまう。跡形もなく。


 果たして堅物団長は深く深く眉間に溝を刻んでいた。


「私たちは、失礼する」


 硬い声で言い放つと、ドナーレンの手を取って足を早めた。残されたモニカは聖剣の気にあてられて、蒼白な顔を晒していた。



「知り合いが失礼なことを致しました」

「あ、あの、手」


 ヴァント団長は、ハッとして握った手を見た。それから少し口元を緩めた。笑わない人ではないのだが、不意打ちの穏やかな微笑だった。ドナーレンはその表情にドキリとしてしまう。


「もう少し、このままでいませんか」

「えっ?ええ、はい」


 更なる不意打ちの提案に、ドナーレンは訳もわからず同意してしまった。


「なんだか、良いものですね」

「えっ、あの、手、ですか?」

「ええ。手を繋ぐって、良いですねえ」


 ヴァント団長の瞳には、温かな親愛の灯りが点った。ドナーレンの鼓動は高鳴った。気恥ずかしくなり、目をそらす。それでも気になり、チラリと団長を盗み見た。


 目が合った。団長のタレ目は細められ、幸せそうにドナーレンを見下ろしていた。ドナーレンは、この人と過ごせば幸せになれるかもしれないと思った。



「そういえば、さっき、何か取り出そうとなさってましたよね?」


 しばらくチラチラ視線を交わしながら歩いていると、団長がふと思い出して質問した。ドナーレンは、細かいことを見逃さないで確認しておく団長の生真面目さが好きだった。人間として好ましいと思っていた。


「ええ、これなんですが」


 団長は、自分の細かさを平然と受け入れてくれるドナーレンが好きだった。ドナーレンの隣は、居心地が良いと感じていた。


「小物を片付けた時に、中から出てきたんですよ」


 ドナーレンは、透明な魔法ジェルに包まれた赤黒い尖った石を見せた。ジェルは梱包材なので、拾ったのは中にある毒々しい石だ。


「ドナーレンさん!吐き気や眩暈はしませんか?どこか痛いところは?」


 ヴァントは突然顔色を変えた。ドナーレンの手から石をひったくると、聖剣の気で消してしまった。


「そんなに悪いものでしたか」


 ドナーレンは驚いた。体調の変化はない。


「はい。あれは魔王の核と呼ばれる石です」

「魔王?小物の中から出てきましたが。確かに見慣れないものではありましたけど」

「いずれ育って、王とも言えるような存在になる魔物の中に宿る石なんです」

「どうするのが正しい処理でしたか?」


 ドナーレンは、俄かに恐ろしくなって対策を聞いた。


「魔王の核は触らず速やかに聖剣の継承者へと通報することになっております」

「そんな。初耳です」

「普通は、我々騎士団が出向くレベルの汚染地帯や魔物の棲息地帯でしか見つからない物なんです」


 ヴァント団長の頬に力が入る。


「これからは、全ての国民に、いえ、人類全体に周知する必要がありますね」

「何かの予兆でしょうか?」

「分かりません。でも、ドナーレンさんが何ともなくて良かった」


 金茶色の瞳は、僅かに緊張が解けて和らいだ。


「ありがとうございます。梱包ジェルが良かったのでしょうか?」

「それはあるかもしれません。成分表を送っていただけますか」

「ええ、送ります」


 ヴァント団長は生真面目にひとつ、頷いた。


「これから報告だけして、その後食事でも如何ですか」

「そうですね。今は報告以外、できることもないでしょうし」



 そんなことがあってから、季節がひとつ過ぎ去った。手を繋ぐ幸せを知った2人は、友達以上の近さを覚えた。ヴァント団長もドナーレンも、ふとした瞬間に互いを思い浮かべるようになっていた。


「団長、梱包材みてニヤついてるよな。なんなの」

「ああ、彼女さんが改良した魔核梱包ジェルな」

「え、団長彼女いんの?」

「俺、こないだ手を繋いで歩いてんの見た」

「本部職員のミリーちゃんだろ?」


 したり顔の金髪の言葉を、目撃者は否定する。


「違う」

「え?二股?団長に限って?」

「は?ミリーちゃんどっから出てきた?大魔法将軍のご息女だよ」

「うわ、雷鳴魔女どのかよ!まじか?」

「あの魔法馬鹿で評判の?想像出来ないな」

「ミリーちゃん、グイグイ行ってたのになあ」

「団長も、満更でも無さそうだったよな」


 不穏な言葉に、目撃者は首を捻る。


「いや、そっちは社交辞令だろ。目付きが違う」

「目付きねえ」

「デレデレなんだぜ」

「ほんとかよ」

「それがホントなんだって」

「俺は信じる。梱包材を熱く見つめてるもんな、団長」


 魔法の笊を被ることに抵抗のない、ヴァント団長の部下たちが噂する。彼らはおおらかだったり適当だったり。とにかく生真面目過ぎるヴァント団長を煙たがりもせず、楽しく仕事に勤しんでいた。



 魔王の核は、その後各地で報告された。魔物の棲息地帯はこの国と接している。念のため世界中に調査依頼を出したのだが、魔王の核を見つけたという知らせはなかった。幸い今のところは、棲息地帯だけで魔物の存在が確認されていた。


「世の中に邪念が増えているのかしら?」

「どうかな。最近、首都の犯罪が増えてる。俺も本部職員に強引なアプローチを受けて困っているんだが、邪な奴が増えてる気はする」


 川を臨む木陰のテーブルに並んで腰掛け、2人は湯気のあがるカップを手に歓談していた。秋の果実をふんだんに使ったフルーツティーだ。ドナーレンは、お茶請けの細長いパイスティックをカサリと噛んだ。


「強引な?」


 ヴァント団長は一口熱いお茶を飲み、嫌そうに口を曲げる。


「よく利用する窓口でな、担当者は何人もいるのに、俺が行くと当番を押しのけて対応に出て来る」

「押しのけるの?」

「ああ、文字通りな。ぐいっと手で押すんだ。それで、他の人と話す時とは違うトーンで話しかけて来るし、プライベートな質問をして来るし、お昼の時間やよく行く店なんかも聞かれる」

「ふうん?」

「それどころか、偶然のフリをして行き帰りの路で、毎日声をかけて来るんだ」


 ドナーレンの目付きが鋭くなり、ヴァントは慌てて言葉を継いだ。


「はっきりと何かを言われるわけじゃないから、やめて下さいとも言えないんだ」

「その窓口、ヴァントが行かないとダメなの?」

「本人確認が必要で委任も出来ない支給品を受け取る為だからなあ」

「質問には答えてるの?」

「最初の頃は雑談だと思って答えてたんだが、今は誘って欲しそうだからなるべく会話を切り上げるようにしてる」

「そう」


 ドナーレンは複雑な表情で川を眺めた。



「ドナーレン」


 ヴァントは、何かを決意したような口調で隣の人の名を呼んだ。ドナーレンは不審そうに眉を寄せて振り向く。


「俺たち、結婚、しないか?」


 ヴァントは緊張で顔が強張っていた。ドナーレンは大きく目を見開く。それからみるみる顔が赤くなり、無言でこくこくと首を縦に振った。それを見たヴァントは、負けずに真っ赤な顔になり、彫像のように固まっていた。


 小鳥がテーブルに降りてきて、パイの粉をつついた。2人はハッと我に帰り、どちらからともなく微笑み合った。ヴァントの瞳に熱が溢れて、身体がドナーレンの方へと傾いた。ドナーレンは、戸惑いと嬉しさで何度も瞬きした。


 川風がふたりの初めての口付けを優しく包む。魔物の脅威を今だけは忘れた、平和な沈黙が流れた。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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