騎士団長のお見合い
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全5話
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ヴァント・ウルス・ヴェーレンヴァルヌングはフロストヴェアデン王国の騎士団長の1人である。騎士が騎乗する乗り物によって機械的に分けられた15もある騎士団のうち、ヴァントが率いるのは、第3飛行騎士団だ。飛行に使用するのは笊である。
「ざる」
お見合いの釣書を見て、ドナーレン・ブリッツァ・フリューリングは、菫色のどんぐり眼を見開いた。肩より少し下で切り揃えた亜麻色の髪は、まっすぐに伸びてサラリと音を立てる。色白で細面だが、どこかぼやけた顔立ちだ。背も高すぎず低すぎず、人の印象には残りにくい。
「笊だ」
隙なく軍服を着込んだ父、大魔法将軍ゲルハルト・フリードリヒ・フリューリングが重々しく頷く。
「あ、それで?」
「うむ。それでだ」
どっしりとした高級木材のローテーブルには、ヴァント団長の絵姿がある。父娘は、残念なものを見るようにじっとその生真面目な顔を見つめた。
堅物であることは、地味な令嬢から人気が出る。地味でありながらも強かな令嬢がたが、噂を聞いてパーティごとに接近を試みているらしい。
「そこから選べなかったのね」
「うむ」
常に生真面目な表情ではあるが、目下首都で流行中の灰青癖毛の垂れ目騎士である。金色混じりの焦茶色をした瞳は、神秘的だと人気が高い。しっかりとした鼻と形の良い唇、頬骨は張りすぎず、程よい筋肉が支える顎から発せられる声は命令時によく響く。
「か弱い系令嬢に人気だと聞いたけども」
「観賞用とやらだそうだ」
「笊だから?」
「笊だからな」
上背もあり、分厚い胸板に長い脚、逞しい腕だ。鍛え上げられた体躯は、日々魔物との戦いであちこちに傷がある。ワイルド好みの令嬢は、頬を染めてにじり寄る。
「積極的な女性は好みじゃなかったのかしら」
「彼女たちに人気な乗り物はなんだと思う」
ワイルド好みの令嬢たちは、見た目のいかつさを求めているのだ。一番人気は、何と言っても飛竜である。また、飛ばなくても馬には安定した人気がある。魔法の大鷲や炎の鷹などに乗る騎士たちも喝采を受ける。
「笊ではなさそうね」
「笊ではない」
しかも、正確には乗るわけでもないという。
「被るそうだ」
「被るのね」
「被る」
「騎士じゃないわね」
「正確には飛行兵団だな」
「そんな部署ないわね」
「わざわざ新設もしないだろう」
そもそも空飛ぶ笊を発明したのは、ヴァント団長である。見習い騎士だった13歳の時の出来事だ。稀代の魔法道具開発者にして聖剣遣いという、空前絶後の大天才なのであった。
「笊ね」
「笊だ」
多少残念であっても、天才でありさえすれば、夫としては給金もよく待遇もよく、婦人社会でマウント取り放題である。
「天才なのに」
「変人だからな」
学究肌の男は、尊敬してくれる女か、自らも上昇志向や探究心がある女が好きなものである。しかし、笊に目をつぶって、もしくは笊を絶賛してチヤホヤしてくる女研究者たちに、ヴァント団長は目もくれなかった。何だかわからないけど凄い、と目がハートになってしまう素直なお嬢さんにも興味がなかった。
「気難しいのね」
「気難しいというか、変人だな」
「女性嫌いとは聞かないけど」
女性嫌いで有名な別の若者は、態度が失礼だと悪評がたっている。
「むしろ礼儀正しい。惹かれ合い心許せる人でなければ、交際もしないという生真面目な男だしな」
「でも笊なのね」
「うむ。感覚が独特だから、気が合う女性が見つからないのだ」
ドナーレン嬢は眉を寄せる。
「なんでまた、この方から縁組の打診書が?」
「うむ。お前も変人だからな」
「酷いのね」
「酷くはない」
「まあ。やあね」
ドナーレン嬢は父の厳しい顔を睨む。
「少ないけど、魔法兵にだって女性はいるわ」
「少ないから変人だと言うのだ」
選考基準が厳しいからではない。人気がないために少ないのだ。魔法兵は、男女で能力差が全くない職業である。望めば人界防衛の最前線に女性でも軽々と立てるのだ。しかし、殆どの女性は望まないのである。
「みんな、快適に過ごせることを知らないからよ」
「いや、違う」
「決めつけないで下さる?」
魔法兵の生活は便利だ。野営地など必要がない。虚空に扉を開いて、毎日普通に帰宅する。昼夜問わずの魔物を斥ける戦闘にも困らない。自動迎撃魔法を設置して、自分は優雅にお茶など嗜んでいれば良い。
最もそれは、一握りの才能ある魔法使いだけが実現できる特権なのだが。
「お前とシャルロッテ・フリュストック嬢がいればある程度の人数は快適だが、もし男性と同数の数百名からなる女性魔法兵が入団したとして、お前たち2人で全てを面倒みられるわけじゃなかろうが」
「それはそうだけど」
「そんなだから、縁談も来ないのだ」
「また、暴言を」
ドナーレンは父に抗議する。
「事実だろ」
「事実でも、言ってはいけないことがあります。ロッテにも失礼よ」
「シャルロッテ嬢は、降るほどの縁談を尻目に独身を選択している。お前とは違うだろ」
「言われて断るのも、断る人が居なかろうが独身でいるのも、なんとなく独り身のままでいるのも、みんな同じことだわ。選択肢の数は関係ない」
ドナーレンは猛抗議する。負け惜しみではなく、結婚という状態が目的ではないのだ。ドナーレンとて、良い人と巡り逢えれば家庭に収まるだろう。その後仕事を続けるかは成り行き次第だ。ドナーレンは、物事を流動的に捉える性質だったのだ。
「兎に角、婚期を過ぎたお前に初めて縁談が来たのだ。来月の見合いは、くれぐれも失礼のないようにな」
「別に結婚せずとも」
「あちらも同じ考えだ。よかったな。気があって」
ドナーレンは眼を剥いた。
「え?は?なんと?何故それでお見合いの席を設けましたか?」
「聖剣遣いは嫡流継承だからな」
「え、いま結婚しなくてもいい、って」
「しなくてもいいというか、ヴァント団長は、後継として魔法生命体を作ろうとしていてな。成功する前に至急結婚させたい、とあちらの親御さんから泣きつかれたんだよ」
「聞かなかったことにします」
命の創造は、禁術である。
「分かったら、おとなしく見合いしろ」
「私の方は、そういう事情なくてよ」
「あちらの奥方はマレーネが娘時代にお世話になった方のお嬢さんなんだよ」
「お母様の」
「恩人のお嬢さんだ」
「義理があるなら会うよりないわね」
「そういうことだ」
渋々承諾しかけるが、懸念はまだ残るようだ。ドナーレンは、テーブルに寝かせた絵姿から見上げてくる、神秘的な金茶色の垂れ目を眺めて口を尖らせる。
「でも、禁術を使ってまで結婚を避けたい方なのでしょう?」
「いや、別に結婚拒否ではなくてな。継承は人界のために必須なのだが、義務からの結婚は相手にも失礼だとかなんとか、頑なでな」
ドナーレンは怪訝そうに瞼をやや下ろす。
「そういうの、伺ったことあるわ」
「どういうのだ」
「ロマンチストな殿方は、義務からの婚姻だと反発して奥方を虐げるのですってね?」
「誰に聞いたんだ、くだらない」
父はばっさりと切って捨てる。
「義務に反発しているのとは違うんだ」
「心が深く通じ合わなければ、結婚どころか交際もお嫌なのでしょう?」
「それだけ誠実ということだ。真実の愛とやらを探してフラフラしている手合いとは違う」
「家のために妻を迎えても別の方を囲う、時代錯誤な不届者も噂に上ることが多いわ」
ドナーレンは、簡単には信用できない様子である。
「お前、そんな下品な噂をする輩とは交流するな」
「警戒は必要だって、ロッテが」
「ううむ。変なやつに騙されないためには必要悪か」
「そうよ。だから、この縁談はお受けできないわ」
「頼むよ、ドナーレン」
しばらくの押し問答の末、お見合いは執り行われることに決まった。稀少な魔法素材の供給が餌となったのは、父も娘も魔法兵だからこそである。
そんなこんなでお見合い当日。
「はじめまして、ではありませんが、ヴァント・ウルス・ヴェーレンヴァルヌングです」
「お会いしたこと、ございますか?」
「全体入団式にご参加なさいましたでしょう?」
「はい」
やはり、独特な感覚だ。
「でも、各団長紹介は一瞬でしたし、私のいた席からは豆粒のようにしか見えませんでした」
「私の方から見ても、おなじようなものです」
ドナーレンは困ってしまった。
「ええと、ふふ」
ヴァント団長と付き添いの父母は、その反応に慣れていた。全く動じない。
ヴァント団長は、ドナーレンに一目惚れもせず、邪険にもせず、生真面目で和やかな対応をした。だが、始終独特の感性だった。当然話は弾まず、ドナーレンはそれで縁談は流れたものと思っていた。
ところが1週間がすぎ、フリューリング家に封書が届いた。
「次の面談はいつ頃がよろしいでしようか」
聖剣継承者の紋章が入った、正式な書状であった。
「ドナーレン、どうする」
「義務は済んだのよね」
「断るか」
「そうね」
「嫌なら仕方あるまい」
「嫌ではなかったけれど」
「では、もう一度会ってみるか?」
「義務は済んだのよね」
「しかし、嫌でないならば」
ドナーレンは父をじっと見る。
「お父様」
「なんだ」
「ヴェーレンヴァルヌング団長のこと、けっこうお気に入りでしょう」
父は、んっ、と声を詰まらせる。
「いや、まあ、いい奴だぞ。変人だが」
なんだかんだ丸め込まれて、半年ほど交際が続いている。生真面目な団長は相変わらずで、大変礼儀正しい。
「お互い嫌ではないのですから、愛情が芽生える可能性を捨てきれません」
「可能性でいえば、まあ、そうですね」
「ドナーレンさんにどなたか現れたなら、勿論そちらを優先して構いませんよ」
「ヴァント団長も」
ドナーレンも不快ではないのだ。互いに名で呼び合う仲にはなっていた。その間にも、共に出席したパーティでは、様々な女性が団長に寄ってくる。しかし、ひとことふたこと交わしただけで、変人ぶりに辟易してそっと去ってしまう。
ドナーレンとも互いに恋心は芽生えず、婚約には至っていない。互いの親を立てて、交際とは名ばかりの友情を育んでいた。親とドナーレンの説得で、魔法生命体の創造は一旦中止となっていた。
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