ドラムロールのビートにのって、オレは缶コーヒーの中で営業スキルを武器に戦う
帰宅し、カギを掛けたところで疲れがドッと押し寄せた。
やっと明日は休みだと、気が緩んでしまったのだろうと百々野都万利は思った。
25歳。
中小企業に勤める営業マン。
マッチングアプリで同じ肩書を検索したら、数百件ヒットするような平凡を絵に描いたような男。
この先オレの人生にもう楽しいことは起こらないだろう。
そんなことを毎日考えながら、外回りをしているときに、百々野に転機が訪れた。
オフィス街のコンビニの入り口付近で新製品の缶コーヒーの無料試供品を配っているコンパニオンがいた。
「気に入ったらSNSで宣伝してください」
「オレにフォロワーなんていないから宣伝にならないよ」
百々野の自虐にもそのコンパニオンは愛想よく笑った。
受け取ったその缶コーヒーがまさか自分の転機になるなど、そのとき百々野は想像もしなかった。
押し寄せる疲労感に抗いながら、百々野は封を開けた、その缶コーヒーを冷蔵庫から取り出した。
「やっぱり、量が戻っている」
その缶コーヒーはいつまでたっても飲み干すことができなかった。
ストレスの蓄積とコーヒーの復活する量に相関関係があることに百々野はあるとき気がついた。
そして、その缶コーヒーの非常識さには、さらに上があった。
コーヒーを飲み、開封したフタから中をのぞき込むとドラムロールが聞こえてきて、違う世界に飛ばされるのだった。
百々野はこれまで二回、違う世界に飛ばされた。
一度目は第三次世界大戦下のC国。
もう一度は大震災直前のN国。
そこで百々野は現実の自分ではない何者かになり、関わった人と懸命に生きた。
「あの人達にまた会いたい」
しかし、缶コーヒーをのぞけば必ずドラムロールが聞こえるわけではなかった。
百々野はまだその条件を手探り中であり、前回と極力同じ行動をトレースすることを心掛けた。
百々野は素早く裸になり、そして熱いシャワーを浴びた。
それから濡れた体をタオルで拭き取る前に、やはり前と同じようにおしりを平手でピシャリと叩き、「ホワッ!」と奇声をあげた。
浴室から出るといよいよ呼吸を整え、缶コーヒーを一気に飲み干すとその穴をのぞきこんだ。
「きた」
薄れていく意識の中で百々野は次第に大きくなっていくドラムロールの音を聞いていた。(了)