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一拭き目:掃除屋クティ・スイープ

「これ、いらない」


 クティは砂鼠のはく製をガラクタと書かれた箱に投げ捨てた。今では希少種となった小さなげっ歯類が無慈悲に不要品の烙印を受け、剥製の持主であるジャオウラ・サハフは青ざめて悲鳴を上げた。


「これは……ゴミ!」


 クティは今度は何の生き物の角かもわからない置物をゴミと大きく書かれた箱に投げ捨てた。再度の無慈悲な選別に、依頼人であるサハフの妻が清々したとばかりに鼻を鳴らした。


「これは…」

「それは駄目だ!」


 東国の鳥が描かれた花器にクティの手が伸びると最早手をこまねいてはいられないとサハフは、自身のでっぷりとした腹を覆い隠す程もある花器を取り上げてひしりと抱きしめるとクティに泡を飛ばし叫ぶ。


「これは行商人に一ヶ月頼み込んでようやく手に入れた貴重品だ! 東国のさる高名な巨匠の最後の作品で……」 


 花器を取り上げられたクティは依頼人である夫人の顔を伺う。

 神妙な顔で夫人はハッキリと「構わないわ、捨てて頂戴」と言い捨てた。


「あーいよっ、と」


 クティは肩を竦めると手近にあったランプの置物を天井高く放り投げる。

 サハフは言葉にならない叫び声を納屋の中に響き渡らえながら、花器を床に素早く置き、落下するランプをなんとかキャッチした。


「何をする! このランプはあの有名なガーレの修行時代の作だぞ!」


 クティは聞いちゃいなかった。

 サハフが手を離した花器を両手にとってしげしげと眺めるとハッと鼻で笑い、さる高名な巨匠の最後の作品をガラクタの箱へと丁寧に入れた。


「おい!」


 長年かけて収集した数々の骨董品達、そのほぼ全てガラクタ箱行きにされたサハフはクティの依頼主である自分の女房に食ってかかった


「なんだコイツは! この、バカは! そしてコイツを連れてきたお前も! これらの価値をまるでわかっとらん!」

「何よ! 全部納屋で埃を被ってるガラクタじゃない! そんなに大事ならちゃんと飾っておきなさいよ!」

「大事なものだからしまっておいたんだ! 女のお前にこれの価値が分かるか!」

「花の一つも飾れない花瓶のどこに価値があるっていうの」

「ほう、なら着れもしないサテンのドレスはどうだ? え? 衣装部屋の肥やしかあれは?」

「あれは!」


 火が付き始めてきた夫妻の口論だったが、ガチャンと乱暴に鳴る音を耳にして二人は揃って首を巡らせた。

 クティが埃を被って釘で蓋をしていた木箱をこじ開けた所だった。

「ご主人、花器ならここに立派なのがあるじゃないですか」

 箱の中身を一つ取り出してクティはニヤリと口の端を上げた。

 手のひら二つ分の大きさで、所々歪んで表面がでこぼことした、見るからに子供が作ったものだと分かる花器。 


「あっ」


 夫妻はそろって毒気を抜かれたように声を上げた。

 クティは片目を窄め、花器の歪な円形の底をよーくよく見てみた。

 虫が這いまわったような子供の字でメッセージが書いてある。


「高名な巨匠の品も勿体ないが、あんたの為に作られた世界にただ一つの花瓶に花を生ける方が小粋な趣味だと俺は思いますが……どうします? 」


 クティはつま先で今しがた開封した埃まみれの木箱を軽く蹴った。カチャンと音を立てたその木箱の側面には真新しい不用品と大きく書かれた文字。


「あんた中身を見ずに不用品って書いただろ」

「息子が小さな時に作ったものだ」


 サハフがハムのような手でクティから大事そうに花瓶を受け取った。

 「パパへ」と書かれたへたくそな文字を指先でなぞると、サハフはその日初めて顔をほころばせた。


「私が骨董好きだからといってよく造ってくれていた……大事に仕舞っておいたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていたよ」


 そう言って大事そうに埃のかぶった木箱を抱えるとサハフは荷造り馬車の荷台へと丁寧に運んだ。

 久しぶりに父親の顔をした夫を眺め、依頼人である夫人は目を細めて笑った。


「夫があんな顔を見たのは久しぶりよ」


 引っ越しが決まってから、夫妻は持ち物をどう処分するかで喧嘩ばかりしていた。三つ隣の海沿いの町に住む息子夫婦と同居するための荷造りは、思った以上にうまくいかなくて、本当に困っていたのだ。


「長年住んだ家を離れるって言うのは、難しいわね。私達だけじゃ、思い出に囲まれて引っ越すのをやめるか……思い出に気がつくことなく捨ててしまっていたかもしれない」


 夫人は年月で彩った皺を柔らかくしてほほ笑んだ。


「ありがとう、クティ。あなたのおかげでいい旅立ちになりそうだわ」

「これが俺の仕事ですから礼なんていりませんよ奥さん、それより……」


 夫人の肩にぽんっと手を置き、クティはにっこりと笑った、獲物を見つけた獣のような笑い方だ。


「衣裳部屋があるって? もちろん打ち合わせの時は言い忘れたんですよね、ご依頼人」


 夫人はひきつった。

 新生活に不必要な物の整理が今回彼女が依頼したことだった。


「生まれる孫の世話にサテンのドレスは必要ないでしょう」


 夫人は思わず夫を振り返った。

 加勢の助力を期待したが、夫はにやりと笑い、親指を家の二階にくいっと向けた。衣裳部屋の位置だ。

 クティはさっと身を翻し家の中へと突撃する、背中から夫人の悲鳴が追ってきたが無視だ。


「ちょっとまって頂戴! あれは全部オーダーメイドで……いや、やめてー!」















 衣裳部屋のドレスや靴、アクセサリーに至るまですべてをガラクタとして処理し、生活用品も最低限のものだけを荷馬車に詰め込んだサハフは金貨が入った小袋をクティに渡した。

 受け取った袋の中身に、掃除屋クティ・スイープはほこほこと満足げに笑った。


「まいどあり、憑きものが落ちたような顔してますぜ、旦那」

「ははははは! あそこまでコテンパンにやられたら自分の目利きの無さに笑ってしまったよ」


 肩をすくめて笑ったサハフは確かに清々しい顔をしていた。

 不用品扱いにした大事な大事な骨董品をほとんど強引に質屋に売りに行った時とはえらい違いだ。


「年甲斐もなく取り乱して、恥ずかしい限りだ」


 クティは肩を竦めて笑った。


「いえ、買い取り価格を聞いた時の恐慌状態からこんなに早く抜け出したのはお見事です」

「やっぱり皆びっくりするか?」

「そりゃもうひどいもんです」

「ははは、ウチはマシな方だったかな。あんたのおかげで路銀くらいにはなったし、孫に土産も買っていけそうだよ」

「お役に立ててよかった」

「ところで報酬はほんとにそれっぽっちでいいのか? 丸一日働いたんだ。もう少し……」

「いえ、これで結構ですよ」


 クティは金貨と数枚の銅貨が入った小袋を手でポンと弄んだ。

 報酬としてガラクタを売った額の半分と、ガラクタの中から一つだけ好きなものを譲り受けるのがクティ・スイープ掃除店の決まりだ。

 今回は黒地に銀糸の刺繍が施された古いコインスカーフ。

 気に入ったかのようにくすんだ金色の髪にそれを巻いたクティとサハフ氏は最後に握手を交わして門出を祝った。


「十日間の荒野越えはきつい、旦那方、どうぞ良い旅を」

「ありがとう、機会があればぜひ遊びに来てくれ、歓迎しよう。ほら! お前も挨拶をしないか! いい年こいて子供みたいに拗ねて……」


 夫の声に荷台の荷物に埋もれるようにして座っていた夫人が不満げに顔を出した。

 クティがドレスもアクセサリーもすべて売ってしまったことが気に入らないのだ。夫人の計画では売り払うのは夫のガラクタな骨董品だけのはずだったのに。

 面白くない顔を見せた夫人にクティは苦笑して「ちょっと失礼」と軽々と荷台に飛び乗った。

 鏡台とチェストの間に埋まっている夫人にクティは目を細めて囁く。


「奥さん、まだ俺のこと怒ってます?」

「当たり前でしょ、全部持っていくつもりだったのよ。思い出がたくさん詰まっていたんだから」

「旦那の骨董品は捨てても?」

「そうよ! 他に何を楽しみにしろっていうの? 知らない土地、世間知らずの嫁! 骨抜きの息子と旦那! おしゃれでもしないとやってられないわ」

「イライザ・サハフ。あんたはサテンのドレスで満足する女じゃないだろ?」


 ぐっと声を落してクティは蟲惑的に囁いた。

 夫人の息を飲む音がすぐ耳元で聞こえて、クティはますます笑みを深める。


「そいつが住んでた家を掃除すれば、人と成りは大体わかる、納屋から狩猟用のブーツが出てきたよ、古かったけど大事に手入れされていた。ブーツはトランクに潜り込ませといたから、向こうに着いたら開けてみるといい」


 夫人の目が思わず荷台の上を滑った。

 結婚を機に仕舞い込んだ青春の遺物は、長いこと忘れていた彼女の大切な思い出だった。

 てっきり捨てていたと思ったのに。


「……主人は私が馬に乗れることも知らないのよ」

「そりゃいい、惚れ直させる絶好の機会だ」

「メルスィンの街は海沿いよ」

「海岸を馬で駆ける貴女はきっと素敵ですよ」


 わざとらしく、クティは夫人の手に口づけを落した。


「旦那様から奪ってしまいたいほどに」


 夫人の頬がさっと血色ばんだのを、夫のサハフは呆れて天を仰いだ。


「ウチのかみさんを誘惑するなよ小僧、残るとか言い出したらどーするんだ」

「だったら悪い虫が本気になる前に出発したほうがいい、奥様お元気で。また家の中が旦那のガラクタだらけになったらいつでもお呼びください、火遊びのお相手も是非に」

「馬鹿もんが!」

「あはははは」


 クティがひょいと荷台から飛び降りると、追いかけるようにイライザ・サハフは顔をだし、そっと手を伸ばして、クティが報酬として受け取り、頭に巻いたスカーフのコインを撫でる。金貨がしゃらんと音をたてた。


「そのスカーフのコインは幸運を招くのよ」


 夫の方のサハフが馭車台に座り、馬が嘶くと馬車は石畳の上をゆっくりと走り出す。

 荷台の上から夫人が手を振った。


「新しい気持ちで出発できるわ、ありがとうクティ! 元気でね」


 サハフ夫妻の荷馬車はメインストリートを通って人の波の中へ消えいく。

 新しい門出を、クティは馬車が見えなくなるまで手をふり続け、そして――


「見つけました、クティ・スイープ」


 新たな客がその手に縋りついた。


「初めまして、私はオウル・アーク」


 金の刺繍で品よくあしらったマントのフードを男はパサリと脱いだ。

 鼻をくすぐる優しい花の香りの向こうから現れたのは、モリオンのように黒い髪を肩まで伸ばし、鼻筋がスッと通った、品のある顔立ちの青年だった。

 眉間に皺を寄せ、濃い隈を作るくすんだアメジスト色の目を真っ直ぐに向けると、オウル・アークは言った。


「あなたにこの街の掃除を依頼したい」




ここはアルバ・マキシナ。

燦々と降り注ぐ太陽と乾いた風に削られていく、荒野と砂漠に挟まれたかつてのオアシス。


人呼んで、夢見乙女の箱庭の街ーー





キャラクター説明


クティ・スイープ

年齢、18歳

性別、男

身長、155センチ

好きなモノ、女の子(特に年上、または人妻)

嫌いなモノ、物を大切にしないやつ

悩み、身長が伸びない。






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[良い点] 骨董好きの旦那、衣装好きの妻。趣味が合わず、喧嘩ばかりしている夫婦の前に現れた掃除屋クティ・スイープが、二人の毒気を抜いていく展開がとても面白かったです。 ただ掃除をするのではなく、依頼主…
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