7話 イヌの獣人に出会ってしまった
「普通、人の腹を枕にするか?」
「ちょうどいい高さだった……」
俺達は今、サヤカが住んでいる村に向かって歩いていた。
村に着くまでは暫くかかる。だが急ぐ旅でも無いしのんびりと行こう。人と話すのも随分と久しぶりだ。村に行って話を聞いてみるまでは、昨日のサヤカの証言を完全に信じることは出来ないが、お喋りくらいはしても罰は当たらないだろう。
「そう言えばサヤカって――」
「サヤって、呼んで……?」
「え、なんで?」
「親しい人は、みんなそう呼ぶ……」
「いやお前とそこまで親しくなった覚えないし」
「ひどい……」
俺の言葉でサヤカはなんだかちょっと落ち込んでいるようだ。
表情はあまり変わっていないが、目付きに変化がある。いつもは人を何人も殺してそうな目をしているが、今は銀行強盗でもしでかしそうな目にランクダウン中。
「事実だろ? 俺ははっきりと物を言うタイプだ」
「これから、仲良くなるし……」
これからって言っても、俺は村で水と移動手段を確保したらすぐにまた旅に出るんだがこいつは何を言ってるんだろう。村に行ったら俺が定住したくなるとでも思ってるのか? まぁいいや。
「話を戻すけど、サヤカってなんの獣人なんだ? 見た所キツネっぽいけど」
「むっ、それは酷い……!」
今度はサヤカの目が100人は人を殺してる大量殺人鬼のように鋭くなる。いやそんな殺人鬼には出会ったことないけど、それくらい今のサヤカは怖いということだ。
なんか地雷を踏み抜いたっぽい?
「え、違うのか?」
「当然。あんな性格の悪い生き物と、間違わないで欲しい……」
「そ、そうなのか。確かによく見たらサヤカの耳や尻尾はどことなく気品があるような……?」
サヤカの発言的に種族をキツネと間違えるのはかなりのタブーだったらしい。知らなかったとは言え、ここまで感情を露わにしているサヤカは初めて見た。
しょうがないから適当にヨイショして機嫌を直しにかかる。
「そう、分かる人には、それが分かる……。桃が分かってくれて、良かった……。でないと――――」
いや分かってない、分かってないよ俺! そして分かってなかったらどうなってたの!? 怖すぎるよ!
「あ、あぁ、そんな神々しいのにキツネなんかと見間違えるとはな。どうやら俺は大分寝ぼけていたらしい。悪かったな。それで、サヤカの種族は一体なんなんだ? 俺に教えてくれ」
「うん、実はわたしは、誇り高き、イヌの獣人なの……!」
誇り高きイヌ!? イヌって誇り高い存在だっけ??
というかちょっと待て、イヌって俺が今出会いたくない動物トップ3の内の1体だぞ!? 残りは言わずもがな、キジとサルだ。
昔話通りの桃太郎ルート回避にはこいつらに出会わないのが一番の近道だと俺は考えている。
……獣人だからセーフか?
いやいや冷静に考えろ? 絵本の桃太郎ってイヌもキジもサルも皆喋ってたよな。きびだんごを桃太郎におねだりしてたし。
しかしこの世界では当然だが動物は喋らない。知能も低く、動物自体のスペックは前世の世界と何ら変わらないのだ。
そんな動物達を引き連れて鬼退治に向かってもまともな戦力になるとは到底思えない。ということはもし昔話通りに話を進める場合、俺は動物ではなく獣人を仲間にして鬼ヶ島に行くのが正解という事になる……気がする。
なんてことだ……! 俺は家を出て鬼ヶ島に向かわなかったことで、桃太郎としての運命から逃れられた気でいた。しかしどうやらそれは間違いだったらしい。こんな森の中でジジイとババアを除いて、この世界で初めて出会った奴がイヌの獣人。桃太郎としての宿命を感じずにはいられない。
だがまだ大丈夫なはず。俺はきびだんごをあげていないし、サヤカだって俺の旅に付いて来るなんて毛ほども考えていないだろう。うん、まだ平気。
「……どうしたの?」
俺がいきなり考え込んでしまったせいだろう。サヤカが心配そうに俺を見る。
「……いや、サヤカがイヌの獣人と知って驚いちまってな」
「ふふふ、高貴な、イヌの獣人に出会えたのだから、それも仕方ない……」
どんだけイヌの獣人であることに誇りを持ってんだよこいつ。
「それで今から行く村って、色んな獣人がいたりするのか? ……例えばキジとかサルとか」
もしいるようなら行くのやめよっかな。水は喉から手が出るほど欲しいが、このままいくといつの間にか鬼退治パーティ結成しちゃいそうだし。
「いない……。村にはイヌの獣人と、人間がちょっといるだけ……」
良かったぁ。