4話 何者かの気配
俺は2人に1つだけ嘘を吐いた。
旅の理由だ。
2人には世界を見るためとか適当な事を言ったが、それは嘘だ。
俺は運命から逃がれる為にあの家を出た。
俺は桃太郎。桃太郎はイヌ、キジ、サルをお供にして鬼ヶ島の鬼を退治する。それが桃太郎のお話だ。
今の所、俺の人生はそのお話通りに進んでしまっている。
俺が家を出る時も要らないって何回も言ったのに、ババアが無理矢理きびだんごを持たせてきたし。
さらに2年前から現在に至るまで、未だに鬼達は各地の村を襲い悪さを働いているらしい。
何度か国の兵士が鬼の討伐に出たらしいが、鬼に出会うことも出来なかったそうだ。
今俺のいるこの大陸はドーナツ型の形をしていて、大陸の中心部には超巨大な湖がある。そしてそのさらに中心にあるのが鬼ヶ島。
この大陸の国々は他所の大陸の国々と交流をしていない。正確には交流を禁止しているらしいが、そのせいで船を持つことも三大国が批准している条約で完全に禁止されている。
飛行機はそれぞれの国が数機ずつ所有しているらしいが、それら全てが食料や医療品などを移送するためだけに使われているらしい。
国が完全に管理し、飛行時間から飛行ルート、搭乗する人員も数か月前から完全に決められていて、正当な理由なくこれを破った場合、先の条約によってそれに関与した人間は死刑または終身刑。さらにその血縁者までも懲役刑に処されるというのだから驚く。何故ここまで徹底して他大陸に国民を行かせたくないというのか。
結果、国の兵士達は鬼ヶ島に攻め込むことも出来ず、次に襲われそうな村に当たりをつけて待ち構える事しか出来ないのが現状なんだと。
ちなみに鬼ヶ島の鬼達はどこの国にも所属していないからと言って、勝手に自分たちで船を造って乗り回しているらしい。鬼って器用だな。
と、このように国の兵士たちは役に立たず、このままではいずれ俺が鬼退治に出向かなければいけない流れになってしまう。
何故俺が見ず知らずのこの世界の人間の為に、身体を張って、文字通り命懸けで鬼を懲らしめにいかなきゃならないんだ。ただでさえ前世で早死にしたせいで、死への恐怖が強いというのに。
そこで俺は行動に出た。
家を出て旅に出る。
勿論行き先は鬼ヶ島の反対方向。目標は海。
桃太郎として生まれてからずっと山の中で暮らしてきて海の幸を食ってなかったし丁度良い。
鬼退治なんて国の専門家に任せれば良いよ。俺は生まれたてほやほやの2才児だよ? こんな俺に鬼ヶ島に攻め込めだなんて正気とは思えない。児童虐待ですよ?
俺がやらなくてもきっとどこかの誰かが何とかしてくれるさ。
だからもう鬼の事なんて忘れてしまおう。
ジジイとババアも俺に自由に生きろって言ってくれたし。
あー、楽しみだなぁ海の幸。
俺が家を出てから2週間が経った。
移動手段が徒歩ということもあり、目的地である海にはまだまだ辿り着きそうもない。
この世界には車や自転車もあるそうだが、俺はまだ見たことが無い。
ずっと歩き続けているこの森林地帯を抜けたら、どこかの町で買おうと思っている。
そのためにはどこかでお金を稼がないといけないが……。
それにしても歩いても歩いても森から抜け出せない。
ジジイからコンパスを貰っていなかったらとっくの昔に迷子になっていた気がする。
ババアに見せてもらった大陸地図では、家は大陸の西側にあった。だから俺は三蔵法師よろしくひたすら西へ西へと歩き続ける。
今生の身体は随分とタフなようで、こんなに歩き続けてもちょっと筋肉痛があるだけで、疲れも一晩寝れば完全に回復してしまう。快適すぎるぞこの肉体。
というかふと冷静に考えてみると、俺は桃から生まれたわけだが、それは果たして人間と言えるのだろうか?
ジジイとババアも桃から人が生まれるなんて聞いたことが無いと言っていたし、似たような事例もまず間違いなく存在しないだろうと語っていた。
まぁ俺が人間かどうかなんてのはどうでもいいか。前世よりも身体の性能は遥かに上だし文句は無い。
一つだけ気掛かりなのは、俺の身体の成長が早すぎるという点だ。生まれて2年でもう身長は120㎝くらいある。これは成長も早ければ老いるのも早いという事なのではないだろうか。
もし寿命がめちゃめちゃ短いとかだったらすっごい困る。
せっかく生まれ変わったのにまたすぐに死ぬとか俺呪われ過ぎ。
ま、寿命の事なんて今から考えても仕方が無いんだけど。
それよりも今はもっと重大な問題がある。
水が尽きたのだ。
最後に水を補給できたのは5日前。
周りを見渡しても木、木、木、草ばかりでとても水を確保できそうにない。
これまでは川があったらそこで随時水を補給していたのだが、とうとう次の川が見つかる前に水が無くなってしまった。
ち、俺の豪運なら適当に歩けば川が見つかると思ったんだけどなぁ。
というのも俺は昔から死ぬほど運が良い。
がりがり君を買えば必ず当たりが出るし、死ぬ直前に受けた模試でも鉛筆を転がしてその通りにマークを記入しただけで東大A判定になってしまったほどだ。
他にも商店街のくじ引きを引けば特等が当たるし、雪が積もった日に適当に雪玉を投げたら、たまたまいた窃盗犯に直撃して警察に表彰されたこともあった。
このように俺の幸運エピソードは枚挙に暇がない。
だからこそ俺は地図も持たずに家を飛び出し、計画性もクソも無い旅をしていた訳だがまさかここに来て俺の幸運が仕事しないとは……。
生まれ変わったことで俺の幸運が消えたか? いやそもそも前世で死んだ原因も不運によるものだったな。
はぁこれどうしよ。流石に水が無いと死ぬよな? 最悪狩った動物の血でも飲むとしてもそれは出来るだけ避けたいよなぁ。いくらこの体が頑丈と言っても病気になる可能性も結構あると思うし。
そうやって色々と考えていると、後ろになにかの気配を感じた。
この大きさ、熊か? いやそれにしては線が細い。人間……なのか?
俺は後ろを振り向かずに、そのまま歩きながら気配だけでそう推測する。
向こうは完全に俺に気付いている。俺から見えない様に木に隠れながら付いてくるし。
現時点での俺の気配察知能力が機能する距離はおよそ半径10メートル。
この範囲に奴が入ってくれたことでようやくその存在に気付けた。どうやら俺の後を追って来てる奴は大分気配を殺するのが上手いらしい。
ちっ、いつから付けられてたんだ? いやそもそも何で俺はこんな尾行まがいのことをされてるんだ? 全く身に覚えが無い。
どうする? こっちから仕掛けてみるか? いやでも明確に敵と決まった訳では無いしなぁ。
しばらくは向こうが動くのを待つか。